第9話 朝香4
「おはよう、朝香」
出勤した朝香が自分の席に着くと、真昼が笑顔でやってきた。
「おはよう真昼ちゃん」
「んー? なんか元気ないやん。もしかしてまた何かあったか?」
「ううん、大丈夫。ちょっと考え事」
真昼が心配するような表情をするも、朝香は笑顔を取り繕って誤魔化した。
「それならええけど」
「ありがとう。それに最近はつけられてもないみたい。飽きちゃったのかな」
願望混じりに朝香は言う。
ここ数日はストーカーからつけられている様子がなく、視線も感じない。
つかの間の平和な日々。
ただ朝香の頭の中では一人の男の存在が消えてはくれなかった。
「言うてもまだ二、三日やろ? 気張ってんのも疲れるやろけど、油断はしたらあかんで」
「うん、分かってる」
「ストーカーも人の子、雨に濡れて風邪ひいとるだけかもしれへんから」
そのままくたばってくれればええけど、とぼやく真昼に、朝香は曖昧な笑みを返す。
そういえばあの雨の日以降、雨川の姿を見ていない。
朝彼がいつも姿を見せる事務所の二階のカーテンは、今日も閉じ切っていた。
「まさか宮田みたいなもやしを、恐れとるわけちゃうやろうし」
宮田に送ってもらった日、あれからすぐに真昼に電話をした。
彼女は安心すると同時に怒ってもいた。
怒ったのは朝香に対してではなく自分にだ。
仕方がなかったとはいえ、最初から自分もついていけばそのような怖い目にあわせずに済んだのにと。
「ちょっと真昼ちゃん、あまり宮田さんを悪く言うのは……」
「あかん。あかんで朝香。ああいう奴に隙を見せたら。それともなんや、朝香はああいうのが好みなんか?」
「別に、そういうわけじゃないけど」
宮田は朝香を送り届けてくれた。
それからは次の日に少し話をしただけであり、それ以上のことは何もない。
「え、何? 僕の話?」
そんな話をしていると、本人が現われた。
「うるさいのがきよったで」
「うるさいのは水無瀬だろ」
「女子同士の会話の間に入ってくんなって意味で言ったんや。朝香もあんたには興味がないらしいし、はよどっかいけや」
真昼のあまりにもな対応に、宮田はため息をついて朝香の方を向いた。
「おはよう。例の件、最近は大丈夫?」
「はい。まあなんとか」
「よかった。またなにか力になれることがあれば言ってね」
それだけを言うと、宮田は背を向けた。
「そうそう。僕は朝香ちゃんのこと結構好みだよ」
思いついたように振り返り、笑顔を浮かべる宮田。
どうやら真昼との会話を少々聞かれていたらしい。
「あ、すみ、すみません……」
間接的に否定するようなことを言ってしまった朝香は、なんだか申し訳ない気持ちになり謝った。
「去れ! 私の朝香に近づくな! キザ男!」
小さく手を振って去っていく宮田の背に、真昼が暴言を投げかけていた。
午後になると、無垢が会社へと姿を見せた。
オフィスが騒然とするなか、彼女はきょろきょろと周りを見渡したかと思うと、一目散に朝香の元へ駆けてきた。
「やっほー! アサちゃーん。お久ー」
「お久しぶりです」
今朝のニュースでは行方不明のまま報じられていたが、その本人が至って何でもない顔で、目の前にいることに若干混乱する。
本当に噂通りの人のようだ。
「無垢さん、心配してましたよ」
ひとまず朝香は、無垢と手を取り合い再会を喜んだ。
彼女の失踪の理由を聞くのも、責めるのも別の人の仕事だ。
「むっちゃんて呼んでって言ったじゃん」
「あはは、さすがにここでは」
「えーじゃあ今度、一緒にご飯でも行こうね」
「はい。それは、是非」
和やかな会話をしつつも、朝香は委縮していた。
無垢との仲が良いことは嬉しい限りだが、彼女はアイドルという肩書に加え、ここではお客様だ。
いの一番に朝香の元へ駆けつけた無垢だったが、周囲には朝香より偉いたくさんの人たちがいる。
何気なく目を配ると、早く彼女を連れてこいと身振り手振りで訴えられていた。
「んー? 私とアサちゃんの仲を裂くなんてさいてー。まあいいや、そろそろいこっか」
「はい。ご案内しますね」
無垢も朝香への訴えには気づいたようだ。
朝香は内心安堵しながら、彼女を担当者の元へ連れていく。
その際、人だかりの中から離れた所に立つ一人の男が目に入った。
「…………え」
雨川だった。
彼は廊下の壁に背を預け、朝香の方を見ていた。
「な、なんで、ここに……」
咄嗟のことで、体が固まり声が出ない。
素早く周囲に視線を走らせ、真昼を探した。
「朝香? 大丈夫?」
朝香の様子がおかしいことに気付いたのか、真昼の方から近づいてきてくれた。
眉を顰めた真昼は、朝香の視線の先を追う。
「ん、あいつは――」
「おーい! お天気くーん! こっちこっち!」
真昼が視認したと同時に、無垢が大きな声で誰かを呼んだ。
朝香と真昼の方を見ていた雨川は、その声に反応を見せ、歩き出した。
「部長さーん。今日からこのお天気君も、打ち合わせに参加するから」
「お天気君? 芸人の方でしょうか……打ち合わせはまあ構いませんが」
「あ、心配しないで。彼の給料はあたしが払ってるから」
嫌そうな表情をする雨川の首に腕を回した無垢は、そのまま彼を朝香の上司の元へ連れていく。
一部始終を見ていた朝香たちは、何も言えずその光景を見送った。
「お天気君てなんやねん……」
隣でぽつりと真昼が呟いた。
なぜ彼がここにいるのか。
どういう経緯があれば無垢に雇われるようなことがあるのか。
ただの偶然なんてことがあるのだろうか。
「どうして」
朝香の小さな疑問の声は、喧騒の中に消えていった。
ストーク ストーク ストーカーズ 冷静パスタ @Pasta300g
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