未来を奪うナイフは自分を傷つけない

ちびまるフォイ

自分を傷つけるよりも辛いこと

「あなたは人が憎いですか?」


「ああ、憎い。どいつもこいつも許せない。

 こんな世界で生きていることがムカついてしょうがない」


「それではこれをあげましょう」


渡されたのは刃先が透明なナイフだった。


「それは未来を奪うナイフ。

 1度刺せば、その人の未来の1日を奪い

 2度刺せば、その人の未来の半分を奪い

 3度刺せば、その人の未来すべてを奪います」


それをいったきり、消えてしまった。

手元に残ったナイフだけをただ見つめていた。


「未来を奪うナイフ……」


試しに、昆虫を捕まえてナイフを突き立てた。

体液が出ることもなく、昆虫が暴れることもない。


けれど、なんの傷跡も残らないままやがて昆虫は緩やかに死んだ。


「す、すごい! これが未来を奪うってことか!」


昆虫は寿命が特に短いので人間単位の1日を奪うだけでも死んでしまう。

ナイフの使い方を知ったことで思い切って人で試してみることに。


「あなた、どこへ行くの?」


「いや、ちょっとコンビニに。君は休んでいて。

 外は寒いからお腹の子にさわるといけない」


「早く帰ってきてね」


コンビニに行くと該当に引き寄せられる害虫のように、

ガラの悪い連中が入り口にたむろしていた。


その横を通るときに、ナイフを取り出して3度短く刺す。


「なんだよ、おっさん。なに人の背中じろじろ見てんだ」


「ああ、いや、なんでもない」


そそくさとコンビニに入って店内からガラス越しに成り行きを見守った。

刺されたリーダー格の男は居眠りするように静かに老衰で死んだ。

それを見たとき笑いを噛み殺すのに必死だった。


「プッ、フフッ……」


あんな連中の未来がなくなったところでなんら問題がない。

むしろ未来への被害を未然に防げたに違いない。これは慈善事業。


人への効果を確認してからは自分の中でルールを設けた。


ちょっとムカつく人間にはひと刺し。

有害な人間にはふた刺し。

明確に悪い人間には3度刺す。


こうしておけば、だんだん悪い人が減っていくに違いない。

こんなにも明日が楽しみになることなんてなかった。


「あなた、最近ずいぶんと外に出てるけど……何してるの?」


「浮気の心配をしてるのかい? そんなことするわけないよ」


「そう……」

「妊娠中はいろんな不安があるから心配しがちになるだけさ」


その日も外で淘汰活動をするために向かった。

けれど、その日は普段と違った。


「なんだ……? 誰かいる……?」


遠くに人影が見えたので目を細めて見る。

コンビニの横で泣いている人がいた。


「あの、どうしたんですか? こんな夜中に」


「すみません……息子が居なくなったのが信じられなくて」


「息子?」

「この子です」


写真には見覚えがあった。3度刺した不良だった。


「先日、ここで死んでしまったんです。

 これからは真面目に生きていくため、仲間と最後に会うって……。

 それがいけなかったんでしょうね、きっと何かされたんでしょう」


「真面目に……?」


「悪い連中との付き合いも辞めていくつもりだったんです。

 ちょうど介護職の仕事も決まったって喜んでました。

 これからは楽させてやるんだって……なのに……」


「……すみません……」


「どうしてあなたが謝るんですか?」


もうナイフを振りかざすことなんてできなくなった。

俺が見ていたのはごく一部分でしかない。


それなのに、その一部分だけで人の未来を奪ったりするなんて。


ナイフを持ち出すことを辞めた次の日だった。

おいてあった場所にナイフがなかった。


「おい! ここにあったナイフは!?」


「ナイフ……?」

「刃が透明なやつ!」


「そんなの知らないけど……。それより今日の病院だけど……」


「それどこじゃない!」


ナイフがなくなるなんて思いもしなかった。

誰にも話してなかったのにいったいどうして。


日が暮れるまで探した頃、そいつをついに見つけた。


「お前! それを返せ!! それは俺のナイフだ!!」


「お前の……?」


「こっちを向け! そのナイフ、俺から盗んだものだろう!」


「いいや、これは俺のものさ」


男が振り返ると、見覚えのある顔に驚いた。

自分とうりふたつ。いや、俺そのものだった。


「お前……いや、どうして俺が……!?」


「それがこのナイフの力さ」


別の自分はなれた手付きでナイフをくるくると回す。


「一度でもナイフを持った人間は手放すことはできない。

 手放したとしても、別の自分が現れて活動を続けるのさ」


「ふ、ふざけんな! そんなこと!!」


「お前だって最初は楽しんでたじゃないか。

 大丈夫、汚れ仕事は俺にまかせろよ。

 お前はただ自分の未来を生きればいいだけさ」


「おい待て!!」


別の自分は走りながらすれ違う人を何度もナイフで切り裂いていく。

傷も痛みも無く、寿命が減っていることに誰も気づきもしない。

運悪く2度3度傷つけられればすべての未来が消える。


「やめろ! なにしてんだ!!」


「あはははは! おもしろいな! 人の未来を好き勝手できるのは!」


別の自分はすでに暴走している。

全速力で追いかけると背中にタックルをして転倒させた。


地面に転がったナイフをすぐさま拾い上げると、

もうひとりの自分の喉元につきつけた。


もうひとりの自分はにいと笑っている。


「刺すのか? いいぜ、刺せよ。

 俺とお前は同じ人間。自分にそのナイフを使う意味はわかってるんだろ?」


「わかってる! でも俺みたいな人間を残すわけにいかないんだ!!」


俺は押さえつけたもうひとりの自分にナイフを3度突き立てた。

これで俺の未来は失われた。そして――


「どうして!? どうして消えない!?」


俺自身も、もうひとりの俺も死ぬことはなかった。

何度も何度も自分にナイフを突き立てたが何も変わらなかった。


「どうして……」


「ふっ、あはははっ! やっぱりお前、自分にナイフを使う意味

 わかってないんじゃないか!」


「なんでだ! どうしてお前は死なないんだよ!!」


「持ち主自身を刺したときどうなるか。

 ナイフが奪う未来は、そいつから生まれる未来の可能性さ」


「何言って……」


静寂を切り裂くようにして電話がなった。

妻からだった。


「もしもし? どうした? 病院じゃなかったのか?」


電話口の妻は静かに泣いていた。



「あなた……私達の子供が……死んでしまったの……。

 お腹の中で老衰なんて……いったいどうして……」


もうひとりの俺はただ笑っていた。

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