殺し屋の殺し屋

@amucat2

第1話 きっとこれが最後の出会い

俺はきっと不幸になる運命なのだ。



ルターも言っていた。



人は産まれたその瞬間から歩むべき道が決まっていると。



俺は、その内の不幸な方に属しているらしい。



家から出て、十秒後に職質はお手の物。



歩いているだけで人から避けられる。



家では邪魔者扱い。



挙句の果てに、捨てられる。



追い出されて、行き着いた先には何があった?



こんなクソみたいな人生に、とうとう頭がおかしくなったのかもしれない。



右手に持ったスマホを持ち上げて、もう一度画面に表示されている文字に目を這わせた。



前髪が邪魔で、画面が所々見えないが大体の意味は理解できる。



右手を下ろして、文字の意味を何度も考える。




「はぁ…。月収100万円。しかも初任給」




怪しいにも程がある。



土日祝日の休日はもちろん!!!九時出勤六時帰宅!!!!



やけにビックリマークの多い広告。



きっと詐欺かなんかだ。



よくこの求人サイトもこの会社を掲載したな。



はぁ、と再び深い溜め息が口から漏れる。



目の前には、まわりのビルより低めな四階建ての新しめなビル。



太陽の光を反射している窓ガラスでその存在感は抜群。



だが、肝心の入り口がどこをどう探しても見つからない。



道に面している側が入り口っぽいのだが、よく見たら一階部分は一面ガラス張りで取手もない。



ガラスを押してみたが、開く気配はない。



中の様子はフロントの受け付けのような作りになっている。



きっと詐欺師達は俺から金が取れないと思っているのか。



詐欺師にも疎まれるなんて…。




「ダメ、か……」




見上げたビルが余りにも眩しくて前髪の奥で目を細めた。



『アナタも簡単にヒーローになれちゃう!!!!!この会社はブラック企業ではありません!!!ヒーローになりたい人はこの☆Hero  school☆へ!!!!』



これ以上は無駄だと思い、帰ろうと足を進めたその時。




「誰?」




鈴の鳴るような透明な声が背後からかかった。



突然の事で、ビクッとあからさまに肩が跳ね上がった。




「いや、その」




振り向く勇気が無く、その場で俯き必死に思考を働かす。



でも、コミュ障の俺には頭に浮かんだ文字を口にする事は出来ない。




「あの、もしかしてだけど…」




今度は、男の声が聞こえた。



ていうか、二人いたのか。




「この前、履歴書送ってきた…」




「、はっはい!」




「そっかー!良かった、じゃあ中入って」




「……」




やっぱ詐欺だ。



よかった、なんて。



このバカ、こんな広告に騙されてんのかよ?マジでウケるわ。



って、思ってるよ絶対。




「……分かりました」




言える言葉といえば、このくらい。



その声に従い、振り返るとガラス張りのドアが開いていた。




「……」




無意識のうちに眉間にシワが寄っていた。



銀髪に近い透き通った髪の少女とクリーム色の髪をした買い物袋を持つ青年らしき二人に続いて、ビルの中へと入っていく。



外からはよく見えなかったが、よく見ると天井にはシャンデリアがついている。



床は鏡の様に、全てのものを反射して写している。



受け付けのカウンターのように見えていたものは、エレベーターの入り口だった。




「ここが一階で、普段僕達は最上階四階で仕事してるんだ。間の二、三階は仕事仲間の部屋。あと、地下が二階まであって、地下は倉庫とかそんな感じであんまり使わないかな」




と、エレベーターに乗り込み四階に着くまでの間、青年が細かく建物の説明をしてくれた。




「まぁ、君がここに入るんだったらだけどねー。でも、この広告を見て来てくれた人は君が初めてだよ」




何とも言えない表情で肩をすくめている。




「僕達にとっては君がそのまま入ってくれたらいいんだけど」




金が取れるしな。



心の声が、聞こえてくるよ。




「あ、そういえば名前言ってなかったね」



エレベーターの階数が三階を示す。



「僕は桜凱叶。それでこっちの女の子は當間恵瑠。ただの人見知りちゃんだから気にしないで」




彼はそう零し、くすりと笑みを零した。



クリーム色の髪のお陰で、さらに柔らかく見える。



一方の恵瑠は、叶を盾に顔だけを覗かせている。



こんな汚い前髪で顔のほとんど見えない気味の悪い、クズ男怖がらない子はいないよね。



それが平常だし。



心に刺さった何かを無視して、音もなく開かれたドアから二人に続いて出る。



機械的な音が四階に到着した事を伝える。



静かにドアが開き、二人の後から重い足を引きずるように閉鎖的な空間から向け出す。



暫く鏡のような廊下を歩くと片開きの扉が現れ、それを押すと中の様子が見えてきた。



室内は黒と白を基調としたシンプルなデザイン。



大家族が過ごすには十分な広さがある。



壁にかかったテレビの向かい側に黒の革張りソファが置いてある。その奥にも大きな部屋があり、そこには大きなテーブルと椅子がセットになっており、その隣にはキッチンがある。

その他、ここでも生活は困らない程日用品が揃っている。



ここ、事務所みたいとこじゃないの?




「んお、叶おかえ……。誰ソイツ?新しい人形でも買っ「ただいま。みんなの注文通りアイス買ってきたから」」




叶がソファに仰け反りかえっているにダークブラウンに赤いメッシュが所々入った青年の言葉を一刀両断して、そそくさとテレビとソファの間にあるガラステーブルに袋を置いた。




「いや、カナちゃん。オレが聞きたいのは「ああ、大丈夫。朔羅のもちゃんと買ってきたよ」」




そう言って、袋から取り出したものは…。




「これ野菜じゃねーか!オレのアイスは!」




「僕が朔羅の盗み食いに気づいてないとでも思った?罰として、モリモリ野菜カップ全部食べ切って」




「ヤーダヤダーッ!叶ー、オレが野菜嫌いなの知ってて買ってきただろ!」




ゲームのコントローラーを放り投げて、子供のようにソファの上でじたばた手足を動かして暴れ回っている。




「……」




俺は、この状況でどうしたらいい?



どさくさ紛れに帰ろうかな。



その場で回れ右をしたその時、目の前に立ちはだかる黒い壁。




「志門さん!」




お久しぶりです、と叶が挨拶する声が後ろから聞こえた。



視線を上へとずらすと……。




「ッ、」




ハイエナが獲物を狩る時のような、鋭い瞳と視線が絡まる。



ボスだ。絶対ボスだ。



終わったな、色々と。



恵瑠と同じ銀髪の髪。



絶対的な黒い瞳が体の動きを拘束する。



瞬きすら、出来ないように。




「お前は?」




低く、尖った声。




「え、っと…。広告を見て来ました…」




自身でも聞こえるか聞こえないかの小さな声で告げる。




「……履歴書は?」




「、…?」




「……」




「……じ、事前に送ってあります」




「そうか」




履歴書…。



確かに書いて、送ってはあるけど。



なぜか、広告の所にそう書いてあった。



普通は面接の時に出すはずなのに。



考えれば考えるほどハメられた感がする。




「じゃあ、ここに座れ」




さっきまで寝転がっていた不良がソファーを指さす。いつの間にか不良は奥にある部屋へと移動していた。




「は、い…」




言える言葉なんてそんなもの。



一体今からなにを尋問されるのか。



そして、なにをされるのか…。




「志門さん、これを」




叶が引き出しから履歴書と思われる紙を取り出し、立ったままの志門に手渡す。



暫くの間それに視線を落とし、次に俺に視線を移す。




「そういえば、名乗ってなかったな。當間志門だ。ここの社長みたいな立場だ」




「は、はぁ」




「お前は、どうしてここに入りたいと思った?」




「理由、ですか……」




「……」




見下ろす瞳は鋭く、尖っている。



だがその奥には侮辱の意も、冷徹な意も宿してはいない。




「……何も、何も手元にないから」




残ってない。




「……」




「こんな、ウソみたいな広告でも……縋れるならって」




今更痛む胸が、嫌でも怖さを覚えている。




「俺を……救って、くれるかなって」




「……」




目の前の男から床へと自然に写り変わる。



詐欺でもいいから。



なんでも、いいから。



唇を噛み締める。




「……泊まる場所が無いんだったら、三階の部屋が空いてる。そこでも自由に使え」




「え、」




ほんの一瞬。



触れれば指を切ってしまいそうな空気が一瞬、陽が溢れるような空気へと変わった。




「ふふふ、採用ってことだよ。分かりづらいかもしれないけど、志門さんは優しい人だから」




「採用?」




「うん」




叶が当然、といわんばかりに首を縦に振る。




「……詐欺じゃ、なくて?」




「さ、詐欺!ブッははははは!んなわけねーだろ」




その言葉を聞き、不良が床で転げ回っている。




「サクちゃん、はやくコレ食べて」




「待って、今腹いてーから」




「サクちゃん……?」




不気味な笑顔を浮かべる叶に不良の顔が引き攣る。



渋々といった表情で、やっと野菜に手をつけた。



不良が野菜を口に運ぶのを見届けて、こちらを見やる。



「うるさいけど、これからよろしくね」




差し出された手を、不器用に握り返す。




「よろ、しく」




その行為が新鮮で、少し気恥ずかしかった。

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