第9話 嗜好と性癖とどっとはらい
「気がついた?」
「あ……先生」
最初に会った河川敷。夕日に染められて空も水面も赤く染まっている。街のビル郡の向こうへ消えようとしている太陽は、昼に見るのとは違い、大きく溶け出しそうな色をしていた。
芝生に座った穂奈美の太腿に頭を乗せていた周防は、後頭部へあたる柔らかい感触と、顔の上の双丘を見て慌てて起き上がる。
「あ、ご、ごめんなさい!」
「よかった……怪我はないみたいね」
赤面しつつ動揺している周防を見てほっと溜息をつく。
「はい……。あ、教頭先生は?」
「たぶん病院かな?ちょっとやりすぎちゃったみたい」
穂奈美は乾いた笑いをもらしながら頬をかく。
「虫の方は時宗が回収したわ」
そう言って醜い言い合いをしている二匹のほうへ視線を送る。
「そうですか……。僕、役に立ちませんでしたね」
深く溜息をつき肩を落とす周防の背中を穂奈美が軽く叩く。
「そんなことないわ。今回はあなたが教頭先生の注意を引いていてくれたからうまくいったようなものだし。それに、二人いるっていう事は、単純に一人の二倍力がでるわけじゃないのよ?協力することによって、何倍も、何十倍も力を発揮できる凄い事なんだから。ま、あの二匹はどうか知らないけどね」
言い合いから掴み合いに変わった二匹を見ながら失笑する。
「はい……」
周防もつられるように微笑みながら頷いた。
週末明け、穂奈美は全身の筋肉痛に悩まされていた。少し身体を動かす度に激痛が走り、
古いブリキの玩具を思わせる動きで1日を過ごしている。一時的に身体能力を上昇させ、身体に負荷をかけた事が原因だと時宗は言っていた。
その時宗本人は結局穂奈美の家へ居つくことになり、飼われるわけではないという言葉とは裏腹に、昨夜からネコ缶をせびる等、飼い猫のような言動をしている。
周防も同じように筋肉痛に悩まされているらしく動きがぎこちない。だが、帰りのホームルームが終わった後、後席の生徒に自分から話しかけ、ゲームの話をしているのを見た穂奈美は笑みをこぼす。
少しずつ彼は変わろうと努力しているらしい。そう感じられて微笑ましかったが、彼の仕草が、心なしか女性っぽくなった気がしないでもなかった。
明るく社交的にはなったが、代わりにオカマっぽい仕草の周防を想像して失笑する。
「まさかね」
苦笑しつつ、生徒達へ挨拶を返しながら退室する穂奈美の左耳に、時宗から渡されたイヤリングが光っていた。
魔法少女29 なおさん @naosan99
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