第8話 公衆の面前で飛んでみた。着地点は人の顔
「先生!こっち!」
繁華街端の上空で旋回する周防。
「先生……なんで濡れてるんですか?」
「聞かないで……」
顔を合わせた途端に罵りあう二匹の猫を無視して、周防の指差す方向を見下ろす。
「あの人です。でも……あの人って……」
「げ!あれ教頭先生じゃない!?」
周防が指を差した、繁華街をゾンビのように動きで女性を追い回している男を見て絶句する穂奈美。生徒の前プラスしらふと言う事でクサレ教頭とはさすがに口にしない。
「やっぱり……教頭先生ですよね?」
「あいつ……若い娘ばかり追いかけてるわね」
舌打ちしつつ苦笑する。なるほど、潜在意識の欲望に忠実に動くという事は、人間の本性が出ることでもあるわけだ。普段からセクハラまがいの視線は送っていたが、寄生された事で行動にでるようになったらしい。穂奈美は、自分がとり付かれたらどうなるのだろうかと思考を廻らすが、すぐに頭を振ってその考えを振り払う。
「でもまずいわね。こんな人目につくとこでやったら、思いっきり顔知られちゃうじゃない」
呻きつつ手を口へあて首を傾けた。このまま衆人環視の中に降りるのはかなりの抵抗がある。いっそ警察に取り押さえてもらったほうが早いのではないかと穂奈美は考えた。
「あ、それは大丈夫みたいです」
警察に御用になる教頭が少し気の毒な気もするが、一番無難だろう。と、穂奈美が提案する前に、周防がこたえ、その言葉尻を盗み時宗が続けた。
「その姿でいる間は記憶には残るが記録には残らない。機械には映らないようになっているから心配するな」
「そ、そう?でも記憶に残るんじゃ意味が無いんじゃない?」
半信半疑といった面持ちで周防と時宗二人の顔を見る。
「人間の記憶は曖昧だからな。記録に無いものはやがて記憶の霧に隠されてしまうさ」
「なんか……素直に安心できないんだけど」
納得しきれない顔で口を尖らす穂奈美。
「周防!あいつらがゴチャゴチャ言ってる間に、はやく虫を確保するんだ!」
周防の肩によじ登りながら、頭に手をかけて下の教頭へ向け拳を振る好真。
「あ、うん」
周防は促され、急降下で教頭への接近を開始する。
「穂奈美!」
「わかった!」
中学か高校生くらいの少女ばかりを追い回す教頭の奇行を、遠巻きに見物したり、止めに入ろうとしていた人間の視線が、突如上空から繁華街に舞い降りた珍奇な格好の二人に注がれる。
ざわめきとスマホのシャッター音の中、穂奈美は身体を屈め、頬を耳まで赤く染めながら俯いて教頭へと飛ぶ。
「こ、これは、はずいわ……。まるで羞恥プレイじゃない」
その騒ぎに教頭が二人のほうを向く。河川敷で穂奈美が倒した男と同じ目をしているが、動きはずっと早い。ゾンビのような動きだったものが、敵である魔法少女の接近を感じ取ってからは猿を思わせる俊敏なものへと変わった。
「こいつは当たりだ!」
「当たり!?」
「戦闘に特化した能力を身につけたってことだ!能力を使わせるな!」
穂奈美の背中にしがみ付きながら肩まで登り、耳に向って叫ぶ。
それとほぼ同時に教頭の身体が一回り大きく膨らみ、背広を内側から引き裂く、太く鋭い無数の棘が肩や背中から生えた。
身を屈めた教頭は威嚇するように奇声を発すると、ハリネズミのような体の棘を先行してくる周防たちへ向ける。
次の瞬間、無数の棘がホウセンカの種が弾ける様に周防へと降り注ぐ。
「うわぁっ!」
魔法を使おうとしていた周防は、棘の攻撃に体制を崩してステッキから転げ落ちるように落下した。
辛うじて棘は避けたものの、落下した勢いで転がり、電柱の根元に集められたゴミ袋へ背中から突っ込んで止まる。
「周防君!」
短く悲鳴をあげ名前を呼ぶ穂奈美。それに反応して呻きながら、散乱させたゴミ袋を押しのけて立ち上がろうとする周防に教頭が近寄った。
「時宗!何か魔法は!?」
「間に合わん、このまま行け!」
「了解!」
教頭に向けてバトンを加速させる穂奈美。
「時宗、しっかりつかまってなさいよ!」
怒りに瞳を燃え上がらせながら、地面スレスレの低空をソニックブームを出さんばかりのスピードで飛び、教頭の数メートル手前でバトンからジャンプし離れた。
バトンはそのまま速度を変えずに教頭のわき腹へ向けて進むが、察知した教頭は身体をバトンへ向け、身を屈めて猛スピードで飛んでくるバトンを両手で受け止める。
衝撃で脚がアスファルトにめり込み、革靴の底が外れて素足がむき出しになり皮がむける。だが、教頭は痛みを感じていないのか一向に気にする様子はない。
「よくもあたしの生徒を!」
間髪いれず、スカートを押さえながらバトンと同じスピードで飛んできた穂奈美が、バトンに気をとられていた教頭の顔面へライダーキックを叩き込んだ。
後方へ弾き飛ばされ、前転横転後転と激しく転がりながら、駐車してあったワンボックスの側面へ激突してめり込むと教頭は動かなくなった。穂奈美はその前へ、アスファルトを抉り、破片を巻き上げながら、着地から数メートル滑って停止した。
「宿主に能力を使わせる前に倒すなんてやるじゃないか」
時宗が、肩で息をする穂奈美に賛辞を送り手を叩く。
「うまくいってよかった。周防君を見てくるから、時宗は虫を」
「おう」
電柱にもたれるようにして、見物人に声をかけられている周防へ穂奈美は走る。
「あ!」
立ち止まり時宗を振り返った。
「どうした?」
瓶の蓋を開けつつ穂奈美を見る時宗。
「魔法……一度も使わなかった」
「なんだ、そんな事か。魔法を使わなくても穂奈美は強いじゃないか。それに、これから先に使うこともあるだろう。手伝いは続けてくれるんだろ?」
教頭の口に瓶を押し当て、引き抜いた毛で鼻をくすぐりながらニヤリと笑う。
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