留守中ビフォーアフター
自分としては「売り渡した」とすまなく思っていたのに、打ち明けると芽ちゃんいつになく大喜びしてはしゃぎ始めた。この子の場合価値観が独特でリアクションが予想が付かなくはあるけれど、ホッとして気が楽になっていいという単純な話ではない。
「喜んでちゃダメなのよ? 危ないんだから。前向きなのか捨て鉢なのかわからないわね」
「私がんばりますよ。どんな修行でもします。瞳さんみたいな神通力が身に付いたら、あのカッコいい感じになれるんですよね」
神を宿せば姿は超常の者へと移り変わる。祟り神と対決した時のことを言っているのだろう。
「カッコいい……? あ、ありがと。でもね、神通力は天からの授かりものだから努力で手に入るものじゃないの。いわゆる霊的な力なら別だけど。修行って言ってもひたすら
一度にたくさん説明してもわからないだろう。芽ちゃんはふんふん頷いて真剣に聞いている。この顔を撫でて抱き締められるような再会をできなかったことが残念でならない。
「
「自然と悲しいエピソードを放り込んでくるわよね。……誰? 同じクラスのあいつ? そう言えば私スクールカウンセラーだったわ」
「あのあの、復讐とかはいいので、瞳さんの同僚になる為の研修をお願いします」
非常に意欲的な神人に押される形で、基本的な部分を説明することにした。
人間の〝魂〟とは神の一部を分けられたもので、地上に縁を持つ神の威光をそこへ取り込むことで神の力を代理として行使する。必然的に神の協力を得られることと、その意思に添う使い方しかできない。簡単に言えば「気が合う神にしか頼れない」ということになる。
「ここまで聞いてわかったと思うけど、芽ちゃんはとっても有利。芽ちゃんの為に力を奮うことにまったく異存が無い神様が味方に付いてるんだもの」
それは本当に、とても有利。
人は死ねば誰しも神と成り得るので人心を持つ神はそう珍しく無いものの、一つの想いに固執していたり強い自我を抱えているなどして道具や部下のようには普通扱えない。何しろ神だ。
ところが芽ちゃんと懇意なあの神は元となる外法の呪術が術士の死によって変異したせいか、自分が何の為に在るのかさえわかっていない。気にしていない。精神的にはほぼ幼い子供だ。芽ちゃんがおねだりすれば、きっとそれを叶える。
「でも神様は前より力が弱くなってるんですよね? それに山から出られないくらいだから、遠出できるんでしょうか」
芽ちゃんが話した以上のことをわかっていて驚く。こんなに積極的になっているのを見るのは初めてだった。内容が内容だけに複雑だが。
「覚えがよくて助かるけど、だったら『祟り神を宿して大丈夫なのか』を気にしてほしいところね。……恐くないの?」
「あの神様が私に悪いことするわけないじゃないですか」
「その信頼があるからこそ、なのかしらね……。頭が下がるわ」
神の信頼を得るには通常当人の〝徳〟が重要になる。平たく言えば私欲を捨てた社会奉仕の精神だ。見ようによっては芽ちゃんはとても徳が高い。私よりも高い。
見込みはある。芽ちゃん自身に特別な力が無くとも、あの神が勝手に芽ちゃんを特別にする。
方針は芽ちゃんが神を〝使役〟できるようにすること。そうすることで不安以上の期待を持たれること。だが、本当にそうなられては困る。
芽ちゃんにもあの神にも非力なままでいてもらいたい。そうでなくては本当に危険な状況へ連れ回すことになってしまいかねないからだ。それだけは絶対に避ける。
(どんなに見苦しくたってゴチャゴチャ難癖付けて進歩を遅らせる。芽ちゃんの思う通りにしてあげられないのは不憫だけど……それがあなたの為だからね)
決心を固めて車を出る。芽ちゃんが持っていた買い物袋は中に置いて行かせた。温くなると傷む食材は無いらしい。
「さ、神様の所に寄って行きましょうか。また長く留守にしたことをお詫びして、社の再建についても話しておかないといけないし」
「神様からも瞳さんに話しがあると思いますよ」
ドキリとする内容。しかし芽ちゃんは上機嫌だった。珍しくニコニコしている。私が困るような事柄で彼女がこんな態度を取るようなことはないだろう。
理由は、すぐにわかった。
神社までの道はただの山道で、人が行き来した跡が剥き出しの土として伸びているだけだった。それも途中からは外れて茂みを避けて歩くことになる――という酷い有様だったというのに、明らかに人の手が加えられて歩き易くなっていた。
平らに
なぜこうなったかはさておいて、何をしたいのかはわかった。「神社っぽく」したいのだ。
「本当は鳥居が無くちゃいけないし、石段が良いのもわかってるんですけど。一旦はこんな感じで少しずつ進めて完成するのはずっと先になります」
「芽ちゃんがこんな重労働することないのよ! ちょっと、芽ちゃん?」
自分の仕事の成果を見せたかったらしい芽ちゃんははしゃいで先に行ってしまった。まだ復調していない状態では素早く追えない。痛む体に優しい道を喜ぶ心境にはなれなかった。
歩き辛い箇所には手摺りを立てて木に縄を渡し、御幣もどきはところどころに差してある。すぐに整えてある道が途切れること祈りながら歩くものの一向に願いは叶わなかった。
たった数日でどれほどの時間をかけたのか。肉類は安い日にまとめ買いして冷凍しておき「貧乏くさくてすみません」としょげる芽ちゃんが人を雇うはずもなく、そもそも仕事を頼むことができない性分だ。かと言って昼間は学校へ通う生活でできることとは思えない。
(まさか、夜中に眠らずに? そんな子が〝修行〟なんて始めたら、絶対に酷いことになる!)
少し急ぎ足でたどり着くと、目的地にあったはずの瓦礫がすっかり片付いていた。このうえはもう神社が建っていても不思議はないような気もしたが、さすがにそれはない。
更地になったそこへ芽ちゃんが立っていた。腕に抱くのは彼女の神様。どちらも「どうだ」と言わんばかりに誇らしげにしている。
そう言えばそうだった。人に頼れない芽ちゃんが頼りにできる存在。そこが肝心だった。
「すごいでしょう瞳さん! これぜんぶ神様がしてくれたんですよ」
「何を言う。芽が考えたことではないか。神様はちょっと手伝っただけ」
ちょろちょろと水の流れる音がするかと思ったら、更地の脇、丁度簡易トイレの横辺りに水場があった。
前に来たときにはこんなものは無かった。石で囲まれた澄んだ水溜まりから小さな流れができて溢れた水が傾斜を下ってゆく。
「それも神様が作ったんです。『えいっ』って念じたら水が湧いたんです」
同じことをやった人物は歴史上にも割といる。神通力に秀でていれば可能なことだ。神そのものならそれこそ朝飯前だろう。
「他のこともすごいんですよ。ねっ、神様?」
「うむ。八木、しかと見ていよ」
地面に下ろされた祟り神は土の中から顔を出している自身よりも大きな岩を撫でると、その岩が音も無くパックリと割れた。真っ二つだ。
「神様は触った物を切ったり潰したり消したりできるんです。だから木とか石を好きな形にするのも楽ちんでできるんですよ」
「芽は助かったか? 神様は芽の役に立ったか?」
「はい。私が学校に行っている間に参道をキレイにしてもらって助かりました」
幼子の手柄を褒めて「よくできました」と頭を撫でる。見たままの心温まる光景ならよかったのだが、まるで〝破壊神〟のような手際を目の当たりにした感想が「楽ちんで助かった」はズレている。
だが、芽ちゃん当人もまた褒められたがっているとわかる以上そうしないわけにはいかなかった。ここで「余計なことをするな」と怒鳴り散らせば祟り神が再臨しかねない。今ならわけなく倒せるとかいう問題ではなく、そんなことになれば総庁が別の神通力持ちを送り込んできて芽ちゃんまで危なくなる。
それに、単純に褒めて嬉しがる顔が見たい。
私を驚かせよう喜ばせようと思ってしたことなら、そうしなければ傷つけてしまう。それもまた無視できない問題だ。
「すごいじゃない芽ちゃん! 私がいない間にこんなことになってるなんて思わなかったわ。まだ業者の発注していなかったから手間が省けちゃった。あ、鳥居と拝殿は私に任せてね? 必要な儀式があるから、こればっかりは『ガワだけ建てればいい』ってものでもないのよ」
これ以上着手しないよう釘も差しておく。邪魔になるとわかれば芽ちゃんは勝手に動かないはずだ。彼女の神も芽ちゃんの意思を尊重する。
「それなんですけど。昨日知らないおじいさんが来まして」
「えっ、知らないおじいさん?」
思い至らずにいたが、誰からも忘れられていた神社でも整備された参道を見れば奇妙に思って立ち寄ってきてしまうこともあり得る。それが既に起きたらしい。
「そのおじいさん、商店街をまとめてる人だそうで、私のことを知ってました。その時はまだ神社の瓦礫があったから、『ここは本当は神社なんです』とか『私が管理人なのですぐに直します』とか話しをしました。あっ、神様はなんか人見知りしちゃって隠れてましたけど」
最もデリケートな部分が回避されたようだ。だが安心はできない。
「そうしたら今瞳さんが言ったのと同じように『こういうのには段取りがあるから』って言われました。それで今そのおじいさんが組合と相談して神社を建てるのにかかるお金を集めるってことになってるんですけど……。瞳さん、お疲れですか」
話の途中でつい屈み込んでしまった。
「……いいえ、トントン拍子で驚いただけよ。この調子なら本堂
法と科学が周知され宗教の教えでは集金をしにくい時代になっているというのに、なぜだか今回は集まってしまう気がする。私でも滅多に授からない神通力による予知だろうか。
(集まったお金、誰かが持ち逃げしてくれないかしら? この町モラルが壊れた人間がゴロゴロしてるんだし……。でも芽ちゃんは逆の人間も引き寄せるのよね。今回はそっちだわ)
地域の協力を得てすでに動き出しているのなら私の一存ではもう止められない。儀式の支度を遅らせるくらいがせいぜいだろう。
「それでこの神社の由来とか、サイジン? について質問をされたので神様の――昔話のお姫様の話をしました。……いけなかったでしょうか」
「いけないことなんかないわよ。むしろ神社の管理人としての務めを立派に果たして偉いわね」
隙あらば褒めていく。私にも懐いて頼るようになってほしいからそういうスタイルでいく。
ついでに自然なタイミングで頭を撫でて触れ合えると思ったのに、先を越されてしまった。
「祭神はその神社が
そんな心配は無用だとわかってはいても、その小さな手が芽ちゃんを真っ二つにしてしまう危機感は拭い去れない。「
(……何を考えてんのかしら私。この平和を守るのが私の役目でしょうが。しっかりしないと)
気持ちが緩んでいたようで、己に言い聞かせて引き締める。
「お年寄り世代には有名なのかもしれないし、民話の話をしたのは良かったわね。その中では鬼退治で終わっているからお姫様はその後もこの土地で平和に暮らし死後神格化されたってことにして……ならご神体も鬼退治ゆかりで矢じりとか――」
「待て待て待て」
いずれ近いうちに発表する場がありそうな由来を考えていると、神様が話を割った。不満そうに眉を曲げている。
「
この神は自分が何者かを知らない。それで話を聞いていて自分ではない別のものが祀られると勘違いを起こしたらしい。
昔山賊の根城だったこの山で呪術の
この神がその幼い娘そのものかどうかはわからない。少なくとも記憶はないようだ。「小さな女の子」という共通点はある。
「のう、芽や。姫様とは誰のことじゃ。近くにおるなら連れて参れ」
「えっと、それはそのう……」
ちらりとこちらを芽ちゃんが見る。自分が生贄にされた話を聞かせるのはどうか、とためらっているのだろう。
「いいわよ、芽ちゃん。私から話します」
そんなことは芽ちゃんにさせられない。嘘をつかせるだなんて。
「神様、あなたはスーパーヒーローだったんですよ」
膝を付き視線を下げて明るく言うと、芽ちゃんはかえって戸惑いを強くした。神様も怪しんでいる。
「すう……何と申した?」
「今様の言葉で失礼を致しました。『まこと剛なるつわもの』と申し上げました。昔々、鬼に苦しめられるこの地の民を救う為、遥か遠き地より現れた尊いお方があなた様なのです」
「おう! そうかそうか! 〝桃太郎〟みたいで誇らしいのう!」
喜んで自分を見上げる顔に芽ちゃんはなんと声をかけていいかわからないようだ。だが今は構っていられない。
「悪鬼羅刹め何するものぞとちぎっては投げちぎっては投げ、退治した鬼を積み上げてできあがったのがこの山です。天がその働きをお認めになり、以後はこの地を守護する神となられたのです。ははーっ!」
おおげさに平伏する。脇腹が痛んだがここは大一番だ。
神社の由来としての体裁だけなら血生臭いのは構わない。かつて祟りを起こした悪神であるという部分にも問題はない。が、生贄として呪術の犠牲になった経緯を明かせば現代人にも神の怒りが及ぶ恐れがある。この神を支える式は「この山に立ち入る邪悪を滅ぼす」が基礎となっているが、〝悪〟とは主観によって左右されるものだ。大ぼらを吹いて守り神のつもりでいてもらったほうがいい。
芽ちゃんの主観も影響するので、芽ちゃんにも言い含めておかなければならない。参拝者の中には彼女に辛く当たった人物も混じることになるだろうから。もっとも、芽ちゃんは自分に辛く当たることを正当な行為として認めてしまい恨みは持たないようだが。
「鬼退治をしたのならば、共とする者は犬猿雉が良いかのう」
相変わらず自分への関心が薄いようで、地面に降りて水場へ行き泥遊びを始めた。それ以上追及されずに済んでこれは助かった。
だが、気にもしない事柄の一つに大切なことがある。そしてそれを解決するのは私ではない。
それを横目に見守りつつ、芽ちゃんが耳打ちをしてきた。
「あの、さっきの話で本当にいいんですか? その……嘘だと思うんですけど」
過ぎるくらいに深刻な様子ではあるものの、であった頃に比べるとそれでも随分血色がよくなったように思う。これは間違いなく私の成果だと誇りに思う。
「いいのよ。昔話っぽくて神様も満足してるでしょ? それより、芽ちゃんにしてほしいことがあるんだけど」
「命懸けで期待に応えます」
瞼を閉じて祈るようなポーズは本当に命を捧げてしまいそうに見える。仮にそう言ったら本当にその通りにしそうだからこの子は怖い。
「神様に名前をね、付けてあげてほしいの」
瞼がカッと開いて、途端に涙で滲んだ。小さく首を振る動きが「そんな大役できない」と訴えてくる。
「その名前を一番たくさん呼ぶことになる芽ちゃんがつけるのが良いと思うの。そのまま神社の名前にもなるから他の人にとっても大切よ。あ、女性神だから名前のあとに『
汗をかいて前のように顔色を悪くしていた芽ちゃんが、急にハッとして納得顔になった。
「結局お姫様ではあるんですね」
感心する様子が微笑ましくて眺めていたら、視界の端で遊ぶまだ名前の無い神が弄ぶ泥人形が動いているのに気付けなかった。
格下少女のDo It Godself. 福本丸太 @sifu
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