白紙の僕

しろん

左上

ああ、今朝もカーテンの隙間から眩い光が差し込んでくる。

近くの木に止まっているであろう雀が「チュンチュン」とまるで僕の今の気持ちを全く無視しているかのように鳴いている。


僕は赤川 零。東亜大学一年。大学近くのアパートで一人暮らしをしている。


流石にこれ以上ベッドの中にいると、講義に遅れるので、渋々、体を起こし、朝のニュース番組を見ながら着替えを始める。


それから一時間。ようやく重く厚いドアを開ける。その先には青く澄んだ青空、それに同化するように建つ高層ビルの数々。


大学までの道のりの僅かな時間は僕の貴重な時間。僕だけの時間、何をするにも僕の自由。僕はこの時間が大好きだ。


「おっはよ~!」


あぁ、終わった。


「もぉー、朝からテンション低いなぁ。」


君が高すぎるんだよ、という言葉は心の中にしまい、講義へと向かう。


彼女の名前は遠山 咲良。ある日、空席が目立つ講義で、わざわざ僕の隣に座ってきた変わり者。僕は彼女の考えていることがよく分からない。彼女は世間的に見れば可愛いのだろう。よく、色々と誘われているのを目にする。


講義の席に座ると、当たり前のように隣に座ってくる彼女。今日は少し踏み込んでみようか。


『君は何で僕の隣なの?別に他の人でも良いんじゃない?』


「いやー、零には誰にも分からない魅力があるからね~。」


『でも、僕、モテたことないよ。』


「うん、大体分かる。でも、その魅力に気付いてるのは私だけだから。」


そういうことらしい。やっぱり彼女はよく分からない。僕がモテないっていうのは当たり前。目が隠れるくらいまで前髪を伸ばしてたら、女の子は誰も寄ってこないだろう。だから、このスタイルにしているのに、まったく、こいつは...。


講義が始まる一分前。前方のドアが勢いよく開かれた。


「あっぶね~!」


「どうせ、夜中までゲームしてたんでしょっ!」

間髪を入れずに咲良が突っ込む。


そうやって言い争う咲良とある一人の男。

こいつが南川 蓮。

何でも咲良とは幼なじみだそう。

大学までずっと一緒であることが二人の関係がただの幼なじみでは無いことを表すのだろう。

かと言って付き合ってはいないそうで、まったくどうしたものだろうか。


「零~。こいつなんとかしてくれよ~。」


『嫌だよ。面倒くさいし。』


「ちょっと!面倒くさいって何よ!」


と、いつものやり取りを交わし、やっとの事で講義が始まる。


この講義の先生は非常に面白い。世の中のあらゆる事柄について、様々な視点から分析する。今日の講義の内容は、これまたたまげた。


人間には色がある。当然、私にも色があるし、今、この講義を聞いている君達にだって色がある。その色は唯一無二の存在だ。君だけの色。そんな色を意識して、生活してみると、世の中が変わって見える。


うん、実に深い。


「ねぇ、私ってどんな色!?」


「俺も俺も!」


まったく、君たちは自分で考えるという選択肢は無いのか。


『咲良は赤。とにかく真っ直ぐだから。僕の苦手なタイプ。』


「もぉー、最後の一言は余計です~!」

と、顔を膨らませ、睨む咲良。全然怖くないけど。


『蓮は青。咲良みたいに真っ直ぐかなって思ったら、たまにでる優しさがあるから。』


ちょっと褒め過ぎたかな。こいつはすぐに調子に乗るから。


「咲良、俺には優しさがあるんだって~。」


「ばーか。零はなんっにも分かってないんだから!」


また、言い争う二人。もう見飽きた光景。個人的にはこの二人が混ざってできた紫色が一番好きだ。他のどんな紫色よりも綺麗だと思う。早く一緒になって欲しいのだけど、今の関係が二人には一番いいのかもしれない。


「そういえばさ、零は何色なの?」

と、咲良。本当にこういう所だけは鋭い。

仕方ない。答えるとするか。


『僕は白色。つまり無地。ただ、ぼーっと生きてるだけ。だから、咲良も蓮も僕に関わってても、何にも生まれないよ。』


「もぉー!すぐそういうこと言う!」


「ほんっと、お前はもう少し俺らを信用しろ!」


えーっと、なんか怒られてます。


「そうだ!じゃあ、私達が零に色を付けてあげます!」


「おー!それはいい!良いか、零。そういう事だから、これから一緒に過ごすぞ。勝手に一人で帰ったりすんなよ。俺たちはもう、友達だ。」


友達、か。僕は20年近く生きてきて、友達という存在を知らない。別にいじめられていた訳では無い。一緒にクラスメイトとよく喋ったりもした。でも、そいつらは友達では無い。


こいつらなら、友達になってもいいのかも知れない。


僕の左上が紫に染まった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白紙の僕 しろん @siron

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ