第7話
体育館の熱気は苦手だ。
「果乃、シュート!」
手から離れたボールは綺麗な弧を描いてリングに収まった。それと同時に試合も終了。
「ナイッシュー!」
「すごいじゃん!」
「パスがよかったから…」
「やっぱりバスケ部入らない?今からでも遅くないよー」
「それは無理だわ、こんな息切らしてるのに…」
そんなことないって!と笑うバスケ部のみんなだけど、私からすると、本当に奇跡のシュートで本物のまぐれ。緊張と応援と自分の高まり、2年ぶりのバスケはちょっと楽しい。
あれ、なんで熱気が苦手だったのかな。あの時常に息苦しさを感じていた体育館。なんか今日は一味ちがう、そんな印象だ。
「男子やってる!」
「花山、あれはモテるわ」
となりのコートからは歓声が鳴り止まない。みんなの視線の先には花山くんがいた。
180センチくらいある身長と華麗な身のこなしはバスケ部だっけ?と勘違いさせた。花山くんも中学まではバスケ部だったらしい。あくまでも噂で聞いだだけ。
「花山もバスケ続けたらよかったのにねー」
「やっぱりあの動きは元バスケ部?」
「そうそう。キャーキャー言われんの疲れたのかな?引退してから体育館に顔すら出さなかったよ」
夏子は花山くんと同じ中学だったから、結構情報が豊富。
「へー。…え、あっ!」
「か、果乃!」
花山くんを目で追いながら歩いていたが、ガシャン!と自分でも驚くほどの音を立てて、私はひっくり返った。
「いた‥痛すぎる…」
「大丈夫⁈」
周りにいた人が集まってきて、更に恥ずかしい。となりのコートの歓声すら、鳴り止んでこちらを見ていた。もう、恥ずかしくて顔あげられない。
うちのクラスの荷物を避けながら歩いていた時、荷物で見えないコードに引っかかるという、最悪のこけ方をしてしまった。
「わ、私ちょっと保健室」
「大丈夫?行ける?」
「いけるいける!」
痛い足を引きずりながら、恥ずかしさを隠すようにスピードを上げて保健室に飛び込んだ。
「先生〜は、いないか」
さっき球技大会見てたもんなあ…球技で怪我したわけじゃないし、見てもらうのが恥ずかしいし、丁度良かった。
「ええ。痛い…」
思ったよりも足擦りむいてるし…ついてないよ、本当に。ひとり嘆いてもだいぶ虚しいだけだった。
消毒をしていると、保健室に向かう足音が聞こえてきた。
「…今先生いませんよ」
「中川さん」
「花山くん…」
花山くんだ…。近くにいたのに遠くに感じた花山くんは今、目の前にいる。
「花山くん、どこか痛いの?」
「ううん、ちょっと休憩。」
「保健室は休憩所じゃないよ、花山くん」
キャーキャー言われて疲れたのかな?
「違うよ、中川さんが休憩所」
そう言うと、花山くんは私の隣に腰を下ろした。
「えっと…「果乃って呼んでいい?」
「え?」
覗き込むように私の顔を見る花山くん。ちょっと待って近い!綺麗な髪の毛にくっきりとした二重。ほのかに香る柑橘の匂いに一瞬クラっときた。
「は、花山くん!近いよ‥」
「千景だよ」
肩あたりを押し返すもまったく動きはしなかった。
「千景って呼んでほしい」
「ち、千景‥くん」
わわわわわ…なんで名前で呼ばされてんの私!友達ってこんな近いの…
「果乃ってずっと呼びたかったから嬉しい」
友達の定義がわからないよ
「ち、千景くん、わたし心臓が持たない」「俺も緊張してる」
「うそ…」
ほんとほんと、と笑い返す。絶対嘘!
「花山、いや、千景くん。バスケ部だったの?」
「そうだよ。中学まではね」
「すごく上手だったから。私も中学まではバスケ部だったの」
「…知ってるよ」
「え?どこか試合で会ったことある?」
「あるかもしれないし、ないかもしれない」
「確かに、会っててもおかしくないし、会ってても気づいてないのかも!あ、でも千景くんに会ってたら記憶に残ってる気がする、一回見たら忘れなさそうだし!」
あ…私、何を言ってるんだ…これじゃあいつも千景くんを見てるみたい。
「ふふっ、果乃っておもしろい。…これからの俺を見てくれたらいいよ」
「へ?」
「もう試合始まってるかな~」
「あ!試合!千景くん!行かないと!」
「そうだね」
サッと立ち上がる千景くん。空いた隣の席が少しさみしく感じる。出口に向かう千景くんの後ろ姿ですら眺めてしまう。いかんいかん。そう自分に言い聞かせている私がいて、この時点で千景くんに魅せられていることは明らかだった。
「果乃、試合。俺を見といてね」
そう言うと保健室を出て行った。
千景くんはたぶん友達との距離感をはかり間違えてる。
なのに、なんでこんなにドキドキするの?
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