エピローグ 世界平和のその後で
「ツバサ殿!」
「サクヤ様!」
朝日が照らす地上へと降り立った俺と朔也に、ドライとユマがはしゃいだ様子で駆け寄って飛びついてきた。
「ユマちゃんっ! よかったー!」
「ぐあっ…! 待てドライ、折れる折れる!」
微笑ましくユマを抱き止める朔也とは対照的に、俺は感極まったドライの胸板にぎゅうぎゅうと顔面を押し付けられて背骨にすさまじい圧をかけられる。世界を救った直後に、抱擁で倒れるとか冗談ではない。
「ツバサ、サクヤ……二人とも、本当にありがとう……っ!」
「うわあっ⁉」
「アルマちゃん!」
最後にばたばたと抵抗する俺とユマを抱きしめて笑う朔也、みんなまとめて涙ぐんだアルマが抱きしめる。押しくらまんじゅう状態になって、もみくちゃになった俺はなんだかおかしくて思わず笑ってしまった。そんな俺につられたのか、朔也もドライもアルマもユマも、みんな笑いだす。どうしようもないくらいに、楽しくて幸福だった。
ひとしきり笑って、俺は涙さえ滲んだ瞳で辺りを見回す。と、少し離れたところで所在なさげに寄り添う、南雲とリリとセツの三人を見つけた。朔也と顔を見合わせて、俺は手を伸ばす。
「南雲ちゃん」
「リリ、セツ」
呼びかければ三人はびくりとして、それからおずおずとこちらに近寄ってきた。
「いいの……? だってあたし……」
泣き疲れて真っ赤になった目で不安げに俯く南雲に、ぎゅうとリリとセツがしがみつく。南雲の不安を拭い去るように、俺達は南雲の両手をそれぞれ取った。目を見開いた南雲へと、俺達は笑いかける。
「悪いことしたと思ったときは、謝ればいいんだ。ちゃんと向き合って、伝えないと」
「大丈夫、ボク達は何も失ってなんかない。取り返しのつかないことなんて何もないんだから」
「……っ」
南雲は一度ぎゅっと唇をかみしめ、何度か躊躇いながらも――ゆっくりと深く頭を下げた。
「ごめ、なさい……」
零れたのは小さな、けれど精いっぱいの謝罪。
「ごめんなさい、あるじさまはわるくないの。おこらないで」
「ごめんなさい。セツたちもわるいの。ますたーはゆるして」
南雲に続いて、双子も必死になって言葉を重ねる。しんと静まり返った場に、ドライがおろおろと視線を彷徨わせた。南雲を救いたいと願っていたドライとしては、アルマとユマの反応が気になるのだろう。ごくり、と俺と朔也も固唾を飲んで見守る。
静寂を破り、許しを請う三人へ声をかけたのはアルマだった。心配するようなユマの視線に緩く首を横に振って、唇を開いた。
「ドライの時も、この役目は私だったんだけどな……ねえ、顔を上げてくれないかい」
困ったように笑いながら、アルマは南雲の顔をそっと両手で挟んで上げさせる。驚く南雲に、アルマはゆっくりと語りかける。
「君が……ナグモがしたのは大変なことだよ。たぶん私が許すとか、許さないとか判断していいレベルの話じゃないと思う」
「……」
アルマの言葉に、南雲の表情がすっと曇る。けれど、そんな南雲の頬をきゅっとアルマが両側から掴んで伸ばした。
「……っ⁉」
突然のアルマの挙動に混乱して目を白黒させる南雲を見て、アルマはくすくすと笑う。
「それでも、『好き』のために必死になって、こんな目が真っ赤になるくらいに泣いて、ものすごく慕ってくれる女の子が二人もいる……ドライの恩人で、サクヤとツバサが一生懸命になって助けた人なら、きっと悪い人じゃない。だから、いいよ」
「……っ! ありがとう……!」
ぶわり、と南雲の瞳に再び涙が浮かぶ。存外、泣き虫なのかもしれない。何も言わずに南雲の涙をアルマが拭うその光景を、俺がほっとしたような穏やかな気持ちで見た時。
「おにーさん達―! ありがとうございまーす!」
突如、そんな呑気な一声と共に俺の真横にあった空間が裂けた。
「はあっ⁉」
「セカイちゃん⁉」
何もない真っ暗なその隙間から、ひょこりと顔を出したのは淡い水色の長い髪と緑の煌めく瞳を持った子供――セカイだ。
「えっ……? なんで何もないところが裂けるっすか? えっ……?」
「この子はサクヤ殿達の知り合いなのか……?」
「うーん、なんか思ってたより人がいますねえ……」
突然の登場に驚く俺達を面倒くさそうに一瞥して、セカイはひょいと軽く腕を振る。途端、俺と朔也、南雲とリリとセツが白い光の輪に拘束された。
「えっ⁉ ちょっと待ってよ!」
「な、なによこれ!」
「ナグモ! みんな!」
慌てる俺達のことなど構いもせずに、セカイは再び腕を振る。と、光の輪がぐいと引っ張られ、俺達はあっという間に空間の裂け目へと放り込まれた。ふわりと久々な内臓が浮き上がる感覚が、俺を襲う。
「よっし回収―! お疲れさまでした! それじゃあ撤収しましょー!」
「圧倒的説明不足――――ッ‼‼」
うすうす気が付いてはいたがどうもこの子供、説明が足りない。絶望的なまでに足りない。最初にこの世界に来た時に状況が全然理解できなかったのは俺の適応能力が低いせいかと思っていたが、絶対にセカイの説明不足のせいもある。
それにしても、まだアルマとユマとドライとちゃんと話をしていないのに。さよならだって、まだ。
悲痛な思いで必死に遠ざかっていく裂け目の外へと俺が手を伸ばしたと同時に、裂け目へとアルマが飛び込んできた。
「みんな、待って! 待ってくれ!」
落ちながらもアルマは必死な表情で、手を伸ばして俺の手を取る。
「アルマ様……ってうっわあああ‼」
「ユマ殿。落ち着いてくれ、落ちてるだけだ」
続いて、ユマとドライも裂け目へと雪崩れ込んできてしまった。結局、全員集合だ。
「えっ、なんでみんな来ちゃったんですか? やだー制限人数オーバーなんですけどー」
「なんと、制限があるのか」
「あっちゃー」
みんなが口々に絶叫を上げる中、繰り広げられた呑気なドライとセカイと朔也のやり取りに、俺はさあと青ざめながら落下の恐怖で意識が遠のいていく。
「ツバサ⁉ しっかりして、ツバサー!」
薄れゆく意識でアルマの呼び声を聞きながら、俺はこれだけはと最後の力で指パッチンをした。
「翼? 大丈夫?」
やや焦ったような柔らかな声と同時に乱暴に揺すられ、俺ははっと目を開けた。眼前にあるのは、心配そうな朔也の顔だ。魔法少女のままの朔也の姿を見て、俺はばっと起き上がり慌ててベッドへと寝かされていた自身の姿を確認する。
「よ、よかった……指パッチンしてて……」
少しよれてしまってはいるが自らがまとっているのは見慣れた制服姿で――胸元の膨らみは跡形もなく消え失せていた。安堵に思わず零れた声も低くなって、すっかり元の身体に戻っている。
意識を失う前の自らの英断に感謝しながら、俺は改めて辺りを見ようと顔を上げて、見慣れた風景に少し面食らってしまった。どうやら俺達は無事に元の世界に来たらしい……というかここは俺の部屋だ。なんでだよ。
困惑しながら俺はポケットを漁って、向こうの世界ではただの光る板となってしまっていた携帯端末を起動する。いったいどれほどの間、異世界にいたのか、確認しようとしたのだが。
「なんだこれ?」
「あれ? これって壊れてる?」
表示された日時に、俺と朔也は思わず戸惑いの声を上げた。だってそこにあったのは、向こうの世界に召喚されたまさにその時刻だったからだ。
「それはねーぼくからのアフターサービスってやつです」
「あ、そうなの?」
呑気な様子でひょいとベッドへと顔を出したのは、セカイだ。ぎょっとする俺をよそに軽く返した朔也へと、セカイは得意げに頷きを返す。
「まあ、助けてもらったのでそのお礼ですー。まあ、今回のでぼく力使いすぎちゃったんですけどね。これくらいは」
「使いすぎたって……おい、それって大丈夫――」
セカイの言葉に何か含むようなものを感じて、俺がそれを口にしようとした瞬間。ふにょりとした柔らかな感覚が頭部を襲うと同時に、さらりと長く艶やかな黒髪が視界を覆った。
「ツバサ殿! 起きたのだな!」
「うっわああああ⁉」
一瞬遅れて、突如ベッドに飛び込んできた黒髪のやたらとスタイルのいい女性に抱きしめられているのだと気が付いて、俺は絶叫を上げて女性を引きはがす。と、女性の顔と服装にはどうにも既視感があった。しかしこんな知り合いはいないはず、とじっと女性を観察して。その頭のてっぺんにみょいんみょいんと動くアンテナを見つけた。
「お前……ドライ⁉」
「正解だ。ツバサ殿も本当に男だったんだな。実際に自分の身になってみないと、わからないものだ」
呆気にとられる俺に満足げに頷くドライに続いて、次々とベッドへと人がやってくる。
「ツバサ様、っすよね……オレは声がちょっと高くなったくらいで変わらないんすけど……」
「私も声が少し低くなったくらいかな。どうだろう、ツバサ」
全然外見に変化のない、ユマとアルマ。
「ツバサ、おきたの」
「きをうしなったの、ツバサだけ」
「こら、セツ。しーっ。その、おはよう。つ、翼くん」
髪が短くなったリリとセツと、懐かしい教室で見慣れていた姿に戻った南雲。
その全員が、なぜか俺のベッドへと乗り込んできた。
「なんでだよ! ベッド壊れるだろ! って朔也、お前もどさくさに紛れて乗るなー!」
「いやあ、みんな乗ってるからこのビックウェーブに乗り遅れるわけにはいかない! と思って」
「そんなビッグウェーブは起きてない! あと乗ってるのは俺のベッドだ!」
騒ぐ俺にも全員全く降りる気配がない。人のベッドの上がちょっと楽しいのはわかる、わかるがこれはシングルベッドなのだ。正直ぎゅうぎゅうでもみくちゃ状態である。
そんなすったもんだの状況の中、一人ベッド脇でにこにこしていたセカイがとんでもない爆弾を放つ。
「さっきおにーさんが寝てるときに言ったんですけど、こんなに大勢で境界を移動するのってキャパシティーオーバーでぼく力使い切っちゃったんですよね。だからぼくの力が回復するまで、ぼく達みんなこっちに居候させてもらいます。あと回復のお手伝いよろしくお願いしますね。力まだ渡したままなので」
「はあ⁉」
寝耳に水なセカイの話に慌てて自らの右手首を見れば、俺の手首には確かにしっかりと赤い痣が刻まれたままだった。つまり、世界を救ってそれで終わりだと思っていたが、まだ何かしなくてはいけないということなのか。なんだそれ聞いてない。待ってくれ、ということはまだ俺は魔法少女……?
あまりの事実の衝撃に硬直した時、がちゃりと不意に視界の端にあった扉が開く。
「お兄ちゃん、帰ってたの? お客さん?」
言いながらひょいと顔を覗かせたのはユマと瓜二つなマイリトルエンジェル、優愛だ。久々に見たその愛らしい姿に、俺が思わず頬を緩ませる。と、すぐにがちゃりと再び扉は閉められてしまった。
「……?」
いったいどうしたのだろうと俺が首を傾げた直後、優愛の大声が我が家に響き渡る。
「おかーさーん‼‼ お兄ちゃんが性別年齢問わずのハーレムの王に君臨した―‼‼」
「ちがっ……‼ 違うんだ優愛‼ 頼む、お兄ちゃんの話を聞いてくれ‼‼ お願いだから‼‼」
優愛の言葉に現状を思い出し、俺は思わず必死になって声を上げるがいかんせん現状が現状だ。まったく身動きが取れず、ただ優愛が階下の母親のもとへと走っていく音を聞くのみだ。これは酷い。
「こんな……あんまりだ……」
思わずがくりと肩を落として嘆く俺に、隣にいた朔也があーと声を上げて。ぽんと慰めるように、俺の肩を叩いて笑った。
「確か今日のうちの晩御飯うどんだったからさ、みんなで食べよっか」
俺はスーパーヒロイン! 鈴音 @kamaboko_rinne
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