第5話:打ち手名

 日本人という人種は、実に「ランキング」なる序列決めを好んできた。江戸時代に遡れば証左に困る事は無く、の形で世に溢れていた。


 力士は当然の如く、白米のおかず、料理屋、鰻屋、温泉に仇討ち、中には街角の美人に至るまで……。


 どの界隈でも「順位を付ける」事は何とも楽しく、番付表を眺めては文句納得の言を交わす人間は少なくない。「他より優れている点」がハッキリしている程、番付表の出番は自然増加していく。


 当然――花ヶ岡高校にもが存在した。「何年何組の誰々が強い」「その隣のクラスの誰々はもっと強い」などと一般生徒が好き勝手に決める場合が多いが、当校の賀留多文化を仕切る組織、《金花会》もまた、彼らのようにランキングを独自に作成、発表している。




《花ヶ岡賀留多戦力序列》。様々な名称変更の末、現在はこのように落ち着いた。




 噂話に頼る個人的ランキングとは違い、それなりのプロセスを経てこの序列は決定される。闘技戦績は勿論の事、品行方正から実施技法の数、聞き込みなどを行う専門の生徒――《審査役》によって、で金花会に張り出されるは書き換えられた。


 序列の席は一〇名分となっている。表内で上下をしたり欄外へ弾き出されたり、はたまた目出度くランクイン……などと激しい動きを見せるこのシステムは、「一位から三位に居続ければ、《打ち手名》を授与する」という一面も持つ(なお、金花会に属する生徒は序列に参加しない。よって二つ名も持ち合わせない)。


 賀留多の戦力向上に励む多くの生徒は「通名」を貰う事、《名持ち》を目指して修練を続ける。しかしながら打ち手名を賜るには大変な努力、不条理にも運気が必要となる。


 打ち手名を授けられた瞬間から、金花会の序列に載る事は今後無くなる。賞金として花石の贈呈なども例が無かった。


 アナタは賀留多が強いです。だから《打ち手名》を授けます。以上――。


 大変に簡素な報奨制度であったが、故にその実力は「折り紙付き」となり、代打ちの依頼が舞い込む事も少なくなかった。金花会が「誰々が二つ名を貰いました」と触れ回りもしないが、噂はまさに韋駄天の如し。間も無く校内に知れ渡り、は影のように付いて回った。


 一月現在、新たに交付された《賀留多使用免許証》を所持する生徒の中で、正式に存在する二つ名は以下の通りであった。


・株羅刹

くちはみお久見

・素手喧嘩柊子

・眠り獏

・甘棠お七

・鉄砲水

・百戦蜈蚣サンザ


 そして昨年の一二月、終業式間近に《二つ名》を授かった生徒がいた……。




「あんたねぇ……」古市は大きな溜息を吐き、サンドイッチの包み紙を名残惜しそうに丸めた。


「そりゃあ、私はあんたに殆ど勝った事無いけどさ? 実績ってものが無いでしょうに?」


「……ボクだって——」


「口でなら何ぼでも言えるでしょって」


 ムスッと頬を膨らませ、溜渕が俯いた。友人に自身の実力を理解してもらえない歯痒さを感じ取ったのか、それまで呆けた表情で聞いていた楢館が手を打った。


「そうだ、溜渕。お前、龍一郎とやってみりゃいいじゃん」


 えっ――と声を揃えたのは指名された二人であった。


「いや、ぶっちゃけ俺も溜渕が強いのかどうか知らないし。金花会に行っている姿も見た事無いし」


「お前はすぐに花石を使うから行けないだけだろう」


 羽関の厳しい指摘が飛ぶ。ちなみに現在の楢館が所有する花石は二個だった。


「それはさて置き……だ。俺達三人と打つよりは、実際にで戦っている龍一郎の方が、実力を測るのにはピッタリじゃん?」


「ふぅん……まぁ、楢館にしてはを言ってんじゃない?」


 いつしか溜渕と闘技を行う流れに、しかし龍一郎は何処か気乗りせずにいた。


 現在進行形で虐められているを心配しつつも、男女隔て無しに会話と食事を楽しむ自分。一方で関わりの無いを助ける為に、自らが「狼藉者を賀留多で成敗する」と名乗り出た事が、後々に災禍を招くのではと後悔もしていた。


 無関係の人間が抱く悩み嘆きに怒り、我こそはと戦う精神を……龍一郎は大切にするあまり、有事に取り出せない雁字搦めの宝物へと昇華してしまっていた。ガラスケースに厳重にしまい込まれ、幾重にも施錠した刀は意味が無い。抜けない刀は唯の品であり、敵を討つという本意は埃にまみれるばかりだった。


 花ヶ岡では賀留多こそが平等の矛であり、盾であった。




 避けられぬ不幸に泣く誰かを助ける為、俺は代打ちになった。そうだ、梁亀さんを助けようとしているのも、代打ちの精神に照らせば何ら不思議な事は無いじゃないか。


 以前の俺ならばすぐにでも駆け付けて、下らない連中を賀留多で打ち倒してやっただろう。なのに、どうして今回は二の足を踏んでいる? いや、むしろ助けようとした事を


 何故、何故、何故――……彼女のに、問題があるのか…………?




「近江……?」


 俄に顔を上げた龍一郎。妙に冷たい汗が一筋、こめかみから流れていった。心配そうに彼を見つめる溜渕は、やがて眉をひそめ、申し訳無さそうに呟いた。


「……近江、ボクとやるのが嫌だったかな」


「い、いや! 別にそういう事じゃないんだ」


「そう? ボクならきっと、近江を満足させられると思うよ」


 照れながらも胸を張り、彼女が何か語を継ごうとした瞬間、昼休み終了のチャイムが鳴った。五時間目は体育であった。


「うぉ、もうこんな時間かよ。飯食ったら体育って意味不明な時間割だな」


「概ね同感だ――近江、準備したら行くぞ。話の続きは後でだ」


「あぁ、ちょっと待ってくれ。それじゃ、また放課後にでも――」


 龍一郎がジャージの入ったトートバッグを手に取り、歩き出そうとすると……溜渕は後を追い掛け、彼の袖を掴んだ。


「どうしたんだ一体」


「放課後、時間ある?」


「あるけど……話の続きか?」


 作戦会議だよ――溜渕は笑い、次のように語を残し、体育館へと向かって行った。


、でね」

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