彷徨える獣

 おぉ嫌だ嫌だ……陰気が渦巻いているのかな、呼吸すら苦しくなりそうです。


 ……随分と遅かったのね?


 あぁ、これはどうもすいません先輩。何せ新しい組織を立ち上げたばかりですからね、色々とやる事が多くって、エヘヘ。


 ……。


 それで、今日は何用で私を? 受験勉強はされなくて良いので? 確か国立の法学部を目指しているはずじゃ――。


 やってくれたわね。


 はて?


 やってくれたわねって言ってんのよ!


 ……ごめんなさい、話が読めません――。


 どうしてこの時期に! って訊いてんのよ!


 どうしてって……先輩に言われた通りに、私は事を進めただけですよ?


 免許があればが解体される事ぐらい、ほんの少し考えれば分かるわよね……貴女、私を嘗めているのね? 私達が卒業してから制度を敷けって、あれ程口酸っぱく言ったわよね!?


 あぁ、その事でしたか……。でもでも、考えて下さいな先輩。あんまり私が「四月から始めよう!」なんて言ってもですよ、理由を問われちゃ上手く切り返せないですもの。


 そんなの年度が明けてからとか何とか、貴女ならポンポンと出て来るでしょうに! すぐ軽口が飛び出す割に、そういう場面ではどうして——。


 それに、免許制度を提案こそしたのは私ですが、一気にコレを進めたのは播澪なんです。本当は私が中心になってやりたかったけど、ほら、新田目がいるじゃないですか。ウザったいあの女がどうも睨んで来るんですよ。だから致し方無く、私から手を離した……という訳なんです。


 …………あの女狐は何処まで私を――っ!


 そんな風に言わないであげましょうよ、幼馴染みの仲なんでしょう? コレを機に、また仲良くすれば――。


 うるさいっ! どれだけ私が貴女に期待をしてを授けたと思うのよ!? 貴女が期待に応えると思って、今まで私はひたすら待ち続けたわ、ソレが何!? 「予定より早まりました、ごめんなさい」で済む事じゃない、済ませて良い訳が無い! ソレを貴女は――。


 先輩、あのぉー……。


 はぁ!?


 いや、あの、私……


 ……っ。


 説明しましたよね、私は予定通りの制度施行を考えていた。けれど外的要因から無理だと判断して、手を離した……。制度自体は施行されたのですし、先輩の授けてくれたお知恵を使い、花ヶ岡の賀留多文化存続に寄与した――コレで良くないですか?


 ………………本当に、そう思っているの?


 えぇ。だって先輩、花ヶ岡を思ってのご助言をしてくれたんですよね?


 ……そんな訳無いでしょう? 私、一言でも賀留多文化を守りたいとか言ったかしら? 言ってないわよね、言う訳ないわよね!?


 はぁ……。


 札問いでどうしても勝ちたい生徒を勝たせた、ソレの何が悪いのよ!? 勝つ為には何でもするのが道理でしょう!? あくまで私は技を教え、道具を売っただけ、悪用するのはその生徒自体の問題なのに!


 まぁ、そうですかね。


 なのには――女狐は私を切り捨てた! 幼馴染みなのよ、家も近いし親同士の仲だって良いのに、どうしてあの女は平気で私を貶めるのよ!?


 あれ、先輩? 話がずれていませんか?


 ズレてなんかいないわ、私の行いは全てに芯が通り、間違いなど一点も無い! 袂を分かちはしたけれど、考え方までは変えられない、私達は似た者同士だったから当然よね! 免許制度に乗って来るのは予想が出来ていたわ!


 確かに、播澪は乗り気でしたね。


 だからこそ、自分が進めた制度が如何に危険で花ヶ岡を狂わせるか――気付いた時の顔が楽しみよ。大好きな賀留多文化を、母校を壊したのは自分だと自覚した瞬間、私の復讐は成就する!


 じゃあ、もう良いじゃないですか? 先輩の目論見は成功した訳ですし。あのぉ、もう帰っても良いですか? 友達と服を買いに行きたいんですけど。


 待ちなさい、本題はここからよ? 免許制度の早期施行は目を瞑るとして、貴女――? 


 へ? あぁ……そう言えばそうでしたっけ? まだ交付されていないんですか、申し訳ありません、すぐに手配しますから――。


 嘘ね。


 はい?


 のらりくらりと言い訳を並べ立てて、卒業まで交付する気は無いんでしょう?


 いやいや……まぁ隠しても無駄ですかね。あの人はアレじゃないですか、凶徒の中でもちょっとヤバいし、局内でも満場一致で「交付は危ない」ってなったんですよ。


 ソレをどうにかするのが貴女の使命――最初に言ったわよね?


 そりゃあ善処はしますが、というかしましたよ? でも無理な時はどう頑張ったって無理ですよぉ。第一、何であの女にそこまで固執するんですか? 目障りな行動、耳障りな発言、障りの権化のような劣等生ですよ?


 関係無いわ、貴女には。


 ふぅーん……まぁ良いけれど。妙にあの女を気にしたり、救華園を惜しんだり……で、話はソレだけですか? それじゃあ――。


 確約して頂戴。今ここで……私の目を見て約束しなさい。即座に免許を交付すると。


 ……ですから、両方の承認を得ないと無理ですよ。ご理解下さいな、先輩。


 もし一月中に出来ないのであれば、を全て校内に曝け出すわよ。


 ……へぇ? 私、悪い事しましたっけ?


 流石ね、悪党とは貴女の事を指す。この行いでたとえ私の身が危うくなろうが、もう卒業する身だから関係無い……けれど、貴女は困るでしょう? 今後も銀裁局の長として、賀留多文化とやらを守っていく……違う?


 …………いやはや、先輩には敵わないなぁ。それじゃあ約束しましょうか、一月中にしますよ。本格的な交付が始まるのは始業式後ですが、洛笈沙南禾にはそれから一週間近くを見て貰えればありがたいです。


 えぇ、お願いするわ。……違えたら、分かっているわね。


 勿論ですとも。先輩には敵いませんからね、私もそこまで馬鹿じゃあありません。――あぁ、それと一つ、お訊ねしても良いですか?


 何? 早く帰りたいんじゃないのかしら?


 エヘヘ、思い出しましてね。最近、ちょっと気になりまして、あのですよ。先輩は本当に知らないんですか?


 知る訳も無いでしょう、あの金庫を開けられるのは誰もいないのよ? それぐらいは貴女も知っているでしょう。


 えぇ、勿論ですとも。唯……手提げ金庫程度なら、まぁ無理して開ける事は出来るかな、と。


 面白い発想ね? やってみると良いわ、すぐに貴女の化けの皮を剥ぎに皆が駆け付けるわよ。


 その内にやってみましょうかねぇ、バールか何かで壊せるかな。まっ、力づくで知る価値があるのかどうか、それが問題です。どうせ大した事が無いでしょうし。


 ……。


 お話ありがとう御座いました、それじゃあ私は帰りますから。ではまた、良いお年を。


 ……。




 …………もしもし、私です。お久し振りですね、お元気でしたか? えぇ、お陰様で……。


 あの、今はどちらに? そうでしたか、では申し訳ありませんが、部室にご足労願えませんか? いえ、そうではなく……。


 どうしても私から貴女に、お渡ししたいものが御座いまして……。




 彼女は無知な羊飼い、在処もその価値も知らない純朴な存在。偶然手にした小石を投げて、暗い希望に打ち当てる。


 彼女の入り込む洞窟は狭く、広く、明るく、暗い。


 壺の割れる音が、乾いた福音が聞こえるように。彼女は求めるものを知らずに、だが求める。


 使徒の皮を被る魔鬼の女。上げた口角は爛れた槍、下げた目尻は蠱惑の斧。


 しかして彷徨う姫は知っている。


 槍も斧も届かぬ水底。暗い暗い底の底、温かな泥底に眠る箱の在処を。


 箱から飛び出す白地の三羽の鳥は、姫の身体に留まり、憩う。


 三羽の鳥は災禍を司る。されど災禍は光陰なり。火の温みに集まる者、その熱さを恐れ失せる者の如く。


 札の雪雨が降る学び舎、集い寄り合う学徒達。最早空想に鳥を飛ばす日々は過ぎた、その手を籠とし、肩に添え置く時来たれり。


 陽光降り注ぐ楽園は枯れ果て、看板だけを遺す荒野となる。注ぐ先を欠いた春陽の甕を、我に我にと手を伸ばす者あり。


 甕の握り手は至って人嫌い。飛び交う三羽の鳥の為、黄金の玉水を以て慈雨とし、目掛けてゆっくり注ぐであろう。


 故に、答えは唯一つ。


 小鳥を飼い慣らす者こそが、次代に覇を唱える者なり。


 故に、答えは唯一つ。


 その無口な覇者を捕らえ、もしくは手懐け、または友とす

る者こそが——。


 荒野に牙城を築く者なり。

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