Testament.

 ……こんな事を言うのは、まるで彼女を物品扱いするようで嫌なんだけれど。宇良川さん、彼女を同好会に置けばきっと――君達は安泰だ。救華園なんかじゃない、こういう淀みの無い場所でこそ、梁亀さんは輝ける……。


 彼女が輝き始めれば、周りの人間は幸福になる、私は確信している!


 今では日陰に甘んじているが、彼女は皆の上に立ち、分け隔て無く手を引いて前に進める人間さ。それこそ、なんだ。やがて出世した時、君達の恩を彼女は忘れないだろう。……後は察してくれ。


 宇良川さん、私はもうじきこの学校を卒業する。口は固い方だと思うが、色々と……嫌な事を見知ってきた。けれども私は喋らなかった、それが中江駒来の価値だと信じていたから。


 でも、もう……毒蛇が詰まった麻袋の、致命的な解れを黙っているような真似は……辛いんだ。


 私には信じていた友人がいた。心から信頼していた友人がいたんだ。


 けれど、私はまんまと欺されてしまったんだ。友人は最初から、私を――救華園をある目的の為に利用しようとしていた。


 友人も多分、私を信じてくれていたんだと思う、「きっと誰にも言わないだろう」ってね。核心は避けていたようだが、それは恐ろしい……嫌な未来を語ってくれた。少なくとも口の固い、或いは交友関係の乏しい人である私を選んで……。


 これは仕返しさ。


 私を欺した事への、ちょっとした意趣返しだ。


 ある日、友人は言った。「揺り戻しがある」と。どういう意味か訊ねると、いつものように笑って答えてくれた。




 ……今の花ヶ岡は確かに平和だが、振り子のように、平和とは対極――争乱が近い内に起こるだろう。


 かつて起こったような些細なものではなく、賀留多文化そのものを変質させてしまう規模、それはまさに恐竜を滅ぼした隕石のように。


 今日の仲間は死に絶え、昨日の仲間の死肉を喰らう日常が待っているだろう——。




 唯の悪い冗談だと思った。だから私は何の気無しに、「君が仕組んだのかな」と、冗談めかして訊いてみたんだ。そうしたら友人は……。


「まだ、仕込み中です」


 そう言って、嬉しそうに笑った。


 確信は無い、無いけれど――あの言葉はだと私は思う。


 君は三年生になる。上級生は下級生を導き、守り、繋ぐ存在なんだ。私には出来なかったけれど……君には素敵な、本当に羨ましいくらいの……仲間達がいる。


 何れ、仲間達を信じられなくなる時が来るかもしれない。そんな時は出会った頃を、共に過ごした一番辛い頃を思い出せばいい。きっと、君を正気に戻してくれるはずだ。


 花ヶ岡は不思議なところさ、賀留多が強ければ地位を築ける。けれど……築いた地位は仲間がいなければ守れない。保身はいつも嗤われるが、それでも悪じゃない。生物の本能は生存に向かうからね。


 仲間を増やし、守り、助け合う……。


 愚かな三年生から前途有望な二年生へ贈る、今後を生き抜く基礎にして鉄則だ。是非とも胸に留めてね。


 もし、君が少しでもあの子に気を掛けてくれるのなら――冬休みが明けてもきっと、にいると思う……。


 どうか、どうか……迎えに行ってあげて欲しい……。彼女は、梁亀さんは――孤独になんか、なってはいけないんだ。


 …………それじゃあ、さようなら。宇良川さん。


 君の息災を、そして姫天狗友の会の栄華を……心から願うよ――。

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