史氷ミフ江、調査せり

第1話:凶徒

 その週の金曜日、一六時過ぎであった。ミフ江、柊子、千咲の三人は二年五組の教室に居残り(看葉奈は目付役の業務の為、不在だった)、一冊のノートに視線を落としている。


「どうしたのよぉ史氷ちゃん。テストプレイするんじゃないのぉ?」


 使い込んだ八八花を切り混ぜながら、柊子はチラリとノートを見やった。当然ながら――ミフ江の創作技法が満載されたノートであったが……。


「……えぇ。お願いしたいですわ」


 常に身体から元気を迸らせるミフ江が、この日は妙に鬱々とした様子だった。異変をすぐに悟ったのは千咲だった。


「何か隠している。言って」


 友人が何かを悩んでいる事がとなる女、奴井千咲。ミフ江のぎこちない笑顔は放って置けるはずが無かった。


「もしかして」千咲が問うた。


。そうでしょ」


 数秒の間を置き、ミフ江が頷いた。


「ピンポン、ですわ。……どうにも、彼女が気になりますの」


 柊子が札を混ぜる手を止め、「らしくないわねぇ」とミフ江の頬を突いた。


「貴女はいつものように、技法をガシガシ創っていりゃ良いのよぉ。浜須さんの事で頭が一杯なのぉ?」


「そりゃあ、まぁ……。斗路さんの言う、《凶徒》、でしたわよね、その人達に彼女が狙われるかもしれないって聞いたら……」




 規則とは、解放区な思考を縛り、正し、平和を創り出す手段です。花ヶ岡ではこれが「賀留多文化」であり、《札問い》といった有無を言わさぬ紛争解決手段も確率しております。しかし……。


 浜須さんの調査を嫌がるであろう《凶徒》は、賀留多文化から追放された人達。要するに――です。




 浜須と出会った次の日、看葉奈の端的で衝撃的な説明に、ミフ江と千咲は押し黙ってしまった。


 花ヶ岡高校の校則に『札問いの取り扱いについて』と明記されている訳では無く、あくまで生徒達が勝手に用意した「自主的な法律」である。しかしながら花ヶ岡の生徒は九割九分が賀留多を愛し、花石の恩恵に与っている為、これらを統括する《金花会》の裁定は絶対であった。


 だが――校内で賀留多を打てないとしたら?


 花石をに受け取れないとしたら?


 札問いという最終防衛手段を奪われたとしたら?


 当然、その生徒は自らを「強化」するだけだった。


 賀留多を打つ為に地下――部室棟――に潜り、合法的な花石をで供給して貰い、種銭として博技を実施し、何食わぬ顔で「普通の生徒」と同じ生活を送る。


 表と裏の世界、が花ヶ岡にはあり……。


 自ら異界に足を踏み入れようとする者が浜須矢恵であった。


「大体ねぇ、凶徒なんて表に出て来られないじゃない。『誰々がそうです』なんて分かりっこないし、そもそもだろうし」




 柊子の発言には一部、誤りがある。


《凶徒》は金花会に姿を現さないだけで、普通の生徒として高校生活を過ごしている。打ち場で問題を起こしたり悪事を働いたりすると、大抵の場合は「後程呼び出しを受ける」為、大勢の前で糾弾される事は少ない。


 加えて、毎月支給される花石を下駄箱で受け取れるように依頼する生徒、金花会自体を利用しない生徒も多い点が、《凶徒》の判明を困難にしていた。この為に「貴女は《凶徒》なの?」と訊ねられても、多少の情報操作は必要であろうが、誤魔化し通す事が可能だった。


 自分は賀留多文化を追放された身である……露呈してしまえば大変な恥であり、日常を失いかねない。《凶徒》と認定された生徒は秘匿に秘匿を重ね、また一般生徒は看破、流布した後の「報復」を恐れ――知らぬ存ぜぬの態度を貫いた。




「浜須さんだってそこまでお馬鹿さんじゃないだろうし、《カクサレ》の手順とかを学び取ったら終わり、って事でしょうに」


 それに――柊子は微笑み、札を一枚起こした。《桐に鳳凰》であった。


「何かあったら私達がいるじゃない。みーちゃんも考えたわよねぇ、後ろ盾を付けるだなんて。しかも、のよぉ」


「トーチカだね」


「それよそれぇ! 偉い偉い!」


 頭を撫でられて頬を染める千咲。先日に見た戦争映画が彼女に特火点トーチカの知識を与えた。


 じゃれ合う二人を見つめるミフ江は……なおも不安げな表情を浮かべた。


「けれど……相手は《札問い》の効かない存在ですのよ? 幾ら後ろ盾があるとはいえ……流石に心配ですわ」


 やれやれ、と柊子は肩を竦め、更に一枚起こした。《松に短冊》だった。


「浜須さんはトーチカだけを仲間にした訳ではないわぁ――この私、がいるじゃないのよぉ」


 優しい、という言葉に疑問符が浮かぶミフ江。


「安心なさい。《凶徒》とはいえ賀留多を打つ者。そして私は。違法博技だろうが果たし合いだろうが《闇打ち》だろうが……」


 一点の不安も感じさせない顔の柊子は、ニヤリと笑んで言い切った。


「そこに札がある限り、浜須さんを護れるわぁ。勿論――貴女達もね」


「…………クサい台詞ですわね」


 でも、と千咲が言った。


「そうやって言い切れるから、柊子は強い」


 頷くミフ江。《凶徒》の影に怯えるような表情は……とうに消えていた。

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