第2話:奉仕部

 翌週の月曜日である。授業の合間に設けられた一〇分休憩の内にトイレを済ますべく、ミフ江が廊下の中央へ向かって歩いていた時の事だ。


「あの子、一年生かな」


「さぁ……何で入口に立っているんだろうね」


 擦れ違う他クラスの生徒の会話を耳にし、「変な人もいるものだ」と歩を進めていたが……目的地の一〇メートル手前で、彼女の足は止まった。


 主に二年生が利用するトイレの入口で、を目撃したからだ。加えて――その顔には見憶えがあった。リボンのカチューシャが揺れていた。


「あっ、史氷せんぱぁーい!」


 ミフ江が逃げる間も無く浜須が駆け付けた。廊下を行く生徒、教員までもが「何でここに一年生が?」と首を捻っているようだった。


「おはよう御座います! 浜須矢恵です! 憶えていらっしゃいますか!? ほら、広報部の一年生、浜須――」


「憶えています、憶えていますわよ! だから、その、両手を、掴んで、ブンブンしないで、下さい、まし!」


 両腕が抜けそうな程の激しい握手により、ミフ江は三時間目を前にして最早疲れ切っていた。


「どうして浜須さんがここにいらっしゃいますの? 授業で?」


 いえいえ! カチューシャが左右に動いた。


「次の授業は数学です! 教室移動は御座いません! 実はですね……史氷先輩にどうしてもお目に掛かって、お願いしたい事がありまして……!」


 浜須はミフ江を連れ、物陰に移動した。他者の目は無かった。


「今日の放課後、お暇ですか?」


 脳内手帳を開くミフ江。「掃除当番」とだけ書かれていた。


「無い、ですわね」


「良かったぁ! 是非とも先輩にがあります!」


 それは一体何処ですの――ミフ江が訊ねる前に「それは!」と浜須が答えを開示した。



「……奉仕、部」


 ミフ江は眉をひそめ、「本当ですの?」と囁くように問うた。快活な笑顔の一年生はゆっくりと頷き――。


「本当です」




 地域に根差す伝統校の誉れ高き校風、気高き生徒精神を、種々の高潔な奉仕活動を以てして一層強化を期待する――。


 以上が奉仕部の設立理念であった。主な活動内容としては近隣の公園に出向いての掃除、福祉事業施設への訪問、《仙花祭》にやって来た子供達の世話などがあるが……。


 奉仕部の活動は、現在ほぼ確認されていなかった。


 通常ならば、活動内容や実績を指定された形式の書類に纏め、生活局を通して代議員会に提出し、会計部から次年度予算を組んで貰う事となっている。この報告(、と呼ばれていた)が嘘偽り無くキチンと為されていれば、に応じた予算が配分される。


 但し、記載内容に虚偽を混ぜ込めば……当然ながら予算は大きく削られ、最悪の場合「活動費無し」という致命的打撃を受ける羽目となる。


 過去に二度、奉仕部は禁忌の虚偽報告を行い、その悪質さから「半永久的に活動費を割り当てない」との裁きを受けた。


 活動全てが手弁当、一切の後ろ盾と予算無し……。


 部名の通りの「完全奉仕」を余儀無くされた当時のは次々と退部していき(部長、副部長の両名が主犯であった)、「遊べればいいや」という不埒者が部室を唯の遊戯場プレイルームとして利用した。


 やがて奉仕部は「自己推薦書の外聞を良くする為」「暇潰し」「秘密基地感覚」で部員を集め、しかし本来の活動は殆ど未実施のまま――現在に至るのだった。


 誰が部長で、誰が部員で、最後に正式な活動をしたのはいつだったか?


 全て把握している生徒は限り無く、ゼロだった。


 彼らの拠点は過去の醜態から最も不便な「部室棟四階の奥(四階に部室を持つのは奉仕部だけだった)」、用務員の掃除も行き渡らない、室内灯も半分は点かないという劣悪な環境にあった(奉仕部たるもの、周辺の清掃管理は自身で行って当たり前とされた)。


 冠する部名には程遠く……奉仕部は他者への奉仕を行わず、ひたすらに自身の愉楽その為に動いているのだった。




 放課後。一四時頃から降り出した雨の音を窓越しに聞きながら、ミフ江と浜須の両名は部室棟一階を歩いていた。サラサラと流水の如く鳴る雨音は、各部室から聞こえる話し声を聞き取りにくくした。


「何度来ても不思議ですねぇ部室棟は! そんな雰囲気は無いのに、決して芯からは馴染めなさそうな感じがします!」


 などと言いながらも、浜須は次々と擦れ違う生徒に「お疲れ様です! お疲れ様です!」と快活に声を掛けた。横を歩くミフ江は……何と無く、居心地の悪さを覚えていた。


「おや? 先輩、具合でも?」


「具合はバッチリですわ……唯、何と言うのでしょう。だからか、疎外感が……ですの……」


 折角の高校生活、何か部活動に入れば良いのに!


 ひしめき合う部室の扉、部員、建物自体が――無所属の自分を責めるような気がしていたミフ江は、同時に「放課後は部室棟に入り浸る」という生活を思い浮かべていた。


「何を仰いますか先輩!」リボンを盛大に揺らす浜須。


「何らかの部活動に所属しているのは、全校生徒の四割なんです。残りの六割は帰宅部、という訳で御座いまして!」


「その内の半分は生徒会関連に所属していますわ……何だか、籍がクラスにしかないというのも寂しいものですわね」


 ゆっくり歩きながらも、二人はいよいよ三階へ差し掛かっていた。目的地まで残り一階である。

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