第4話:治安部隊の長

 九月一三日。


 全校を挙げて開催される、「地域住民との連携、交流から生まれる学業外での人格形成及び種々の好ましい影響」といった小難しい建前を掲げる祭典――《仙花祭》、前日の事だ。


 普段は学び舎として機能する花ヶ岡は(内部で行われている賀留多闘技は別として)、誰もが笑顔に包まれる数日間だけ……手製のテーマパークのように生まれ変わった。


 赤青黄色の花飾りが施された校門を潜ると、まず目に付くのが巨大な横断幕である。屋上から吊されたそれには「ようこそ、花ヶ岡へ」とやはり巨大な筆で書かれていた。毎年新調する事が決まっている横断幕は、書道部の代表生徒が責任を持ってする。


 来校者は渾身の出来を見せる横断幕に圧倒されつつ、入校証の代わりとなる腕輪を貰って校内へと入って行く。玄関ホールでは生徒会に属する生徒(主に監査部であった)が待ち受け、展示物や出店の位置が記された地図を手渡す。純粋に土産を求めて来た客には購買部の方へ、各部活動やクラスの展示を観覧するなら奥の階段へ……などと、簡単な道案内もここで行う。


 特に目的は無いが、何かしらの展示物を見ようとやって来るを捕まえようと、各教室では説明係が声を張り上げて待ち受けた。理由は至極単純、最終日の「表彰式」で表彰される為だ。


 客は玄関ホールで腕輪を外す時、アンケート調査に協力すれば記念品を受け取れる(工芸部手製のペン立てなど)。この内容が「一番印象に残った展示物・出店は?」というものだった。展示物部門、出店部門、総合部門――三部門の内どれか一つにでも入り込むべく、多数の生徒は闘技中のような眼差しで準備期間を過ごす。


 しかしながら……これまでの記録を確認すると、例年凄まじい人気を博す空間がある。花ヶ岡らしさを全面に押し出した《賀留多講習会》であった。会計部率いるこの展示物(或いは出店)は、幸いな事に審査対象とはならない。余りの盛況振りに毎年優勝しかねないからだ。


 校内は外部の人間でごった返す為、当然「不測の事態」も起こってしまう。男女共学の道を取ったとはいえ、未だに女子生徒の比率がずば抜けて高い花ヶ岡に、不埒にも目的で現れる少年達もいた。折角の楽しい場を乱す彼らの取り締まりを一手に引き受ける部署こそ――《風紀管理部》の生徒達である。


 普段、風紀管理部は朝の挨拶運動や、校門前での遅刻取り締まりなどを主として働いているが、本質は「《仙花祭》期間中の治安部隊」にあった。


 空手道部、柔道部、合気道部、少林寺拳法部、剣道部、薙刀部といった「格闘系部活動に属する、品行方正かつ練度の高い生徒」だけが所属出来る特殊極まり無いこの組織は、一般生徒の振りをして……当日、校内を巡回して回るのだ。




 この日――猛者揃いの風紀管理部員達は、「長」の命を受けて大格技場に集合した。彼女達は年頃の女子高生らしく、翌日の《仙花祭》について楽しげに語っていたが……。


 不意にガラリ、と開けられた戸を見るや否や、即座に雑談を止め、入室して来る生徒を注視した。


「整列っ」


 一人の生徒が声を張り上げた瞬間、他の者は姿勢を正して部活動毎に整列し、教壇の上に立った少女を見つめた。やがて全員が整列し終えると、またしても同じ生徒が「一同」と号令を飛ばす。


に、礼っ!」


 全員が同時に一礼し、少し遅れて風紀管理部長もペコリと頭を下げた。


「み、皆さん……楽にしちゃって下さい……はい」


 部長の言葉に応じた部員達は、その場でゆっくりと正座した。




 和納万波実わないまはみ。二年生にして風紀管理部の猛者を束ね、空手道部主将を務める少女である。


 体躯は一五四センチメートル、髪をポニーテールに結わえ、常に不安そうな表情を浮かべる彼女は、その実――花ヶ岡に空手道部が設立されて以来の「天才」と呼ばれていた。


 おっかなびっくりの性格を補強するように……彼女の闘争方法は容赦を一切感じさせなかった。空手の実戦的技術を世に知らしめた祖父を師匠に持ち、必要とあらば「急所」すらも攻める姿勢を植え付けられた。


 また、和納の思考は実に「実戦的」であった。部内外での試合を除き、真に実力を発揮して戦う場所、また相手は大抵「登下校中」かつ「男性」である事を想定し、あえて制服のスカートを短めに折り込んでいた。


 これには二つの目的がある。一つは「単なるファッション」、もう一つは――。


 敵を油断させる「疑似餌」であった。




 皆が正座をして一分が経った。号令役の生徒が軽く手を挙げた。


「部長、そろそろお話を……!」


「あっ、そ、そうだよね、うん、ごめんね」


 和納は精悍な目付きを湛える部員を見渡し、申し訳無さそうに「本日は」と口を開いた。


「そのぉ、お集まり頂いてごめんなさい……いえ、ありがとうございます。えっと、皆さん。明日からは《仙花祭》が始まます! あ、いや……噛んじゃった。それで、去年は嬉しい事に『鎮圧事案』は一件も無かったです。これも全部、皆さんのお陰でして。はい、はい……」


 見る見る内に和納の顔が赤くなっていく。人前で発言するのが大の苦手であり、モジモジと身体を捩って目を閉じ、「で、ですからぁ」と続けた。


「今年も、一杯頑張りました、じゃなくって……頑張って、生徒もお客さん達も、皆で楽しく過ごせるように、気を抜かずに行きましょう! って事を伝えたくて……」


 ジッと部員は和納を見つめる。誰もが彼女の話を「真剣」に聴いている為で、決して威嚇によるものでは無かったが……。


「今年も交代交代で、各階五人ずつ……あ、あのぉ……何か皆さん、怒っています……?」


「部長、怒っていませんよ……!」


 小声で例の生徒が答えてやるも、和納は潮垂れた様子で周囲を見渡した。皆が武術を嗜む人種であり、沈着時と「闘争開始時」に放つ空気が似ていたせいもあった。


「…………皆さん、殺気が……あの、駄目ですよ、当日は殺気みたいなもの出したら、駄目ですからねっ。あくまでニコニコ、リラックスリラックスですから……」


 しかしながら、格技場で強張った笑みを見せたのは、和納一人だった……。

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