全てを敵に回した女の昂揚

 完成したら、離れた場所からそのお城をジッと見ているんです……。波はすぐ傍まで押し寄せるけど、お城は崩れません。当たり前ですよね、だって私がそういう場所に作ったんだから。……でもぉ、そのは来るんです。流され、崩され、跡形も無くなる時が。


 分かりますか? 来るはずの無い、でも予見は出来た……。お城は無くなります、一生懸命作ったのに、長い時間を掛けて作ったのに……呆気無く、頼り無く、情け無く……あぁ、鶉野さん。本題はここからです。


 手を取り合い、何かを創り上げるのが好きな人達っていますよね。けれども……残念ながら私は、この人達みたいな性質じゃないんです。私は、一人でヒッソリと、


 そう、観察が大好きなんです! 


 砂のお城だってそうです! 波を被れば壊れてしまうのは分かっている、でも、私はこの目で観察し、『やっぱりそうだったんだ』と納得したいんです。正確に言えばですよ、『事象の結末を予測し、実際結果との乖離』を確かめるのが大好きなんです! 大抵は予測と結果は一致しますけど、時々起こるんです。乖離が! この瞬間に立ち会えた時、私はとーっても嬉しくなるんです!


 人生論とか、自己啓発とか……本屋さんにはそういった「自身の経験を分け与える」本が沢山売っていますよね? 私、どうしてもこんな感じの本に嫌気が差すんです。だって、その人がAという経験をしたからBになったとしても、他の人はCになるかもしれないでしょう? あたかも「Bになるのが当然だ」みたいな顔をされるのが、どうにも私は気に食わないんですよ……。


 教訓、格言、法則(数式は除きますよ)――本質は「押し付け」ですよ。ううん、全部を否定する訳じゃないんです、「私が当事者になった場合、果たして結末は一緒なのかな」……これなんです。試したがりなんですね、私ったら。


 色々試してきました。全部を話したら切りがありませんよ。私は予測を打ち立てては、結果との一致に溜息を吐いたり、乖離を見出して喜んだりしました。


 けれども、けれどもですよ……やっぱり私も普通の女子高生、この女子高生ってのは厄介な生き物ですよね。ちょーっと他人と違う事をしていたり、妙な趣味を持っていたら、すぐに仲間外れ! 色々と困る事も多いので、私は私の「趣味」を隠して生きてきましたが……。


 ここ、花ヶ岡の《賀留多文化》を見ていたら――そんな事、


 どうなるんだろう、忌手イカサマは絶対禁止とされているけど、もしそれが「他人にバレずに使える」と分かった時、偉い子ぶっていた生徒達はどうするんだろう?


 どうなるんだろう、公明正大を打ち立てる《金花会》が、今までに勝ち得た信頼と実績を後ろ盾に――荒唐無稽・無茶苦茶・支離滅裂・残虐無道な制度を敷いたらどうするんだろう?


 どうなるんだろう、どうなるんだろう……どうなる、どうなる? 一体この学校はどんな「変質」を遂げるんだろう!?


 あぁ…………! 鶉野さん、分かりますか? 私、凄く震えているんです……知りたい、どうなるか知りたくて知りたくて堪らないっ……!


 分かって下さい、鶉野さん――私は今、過去最大の「探究心」に悩まされているんです!


 あの日、《金花会》を訊ねて目付役登用試験を受けたのも、忌手イカサマの技術や道具を販売したのも、全部全部、何もかもが「興味」があったから! 最初は湧いた興味を潰していくだけで満足していましたけど……《三つ子の魂百まで》とはよく言ったものです、私の身体の奥の奥、そこから込み上げて来る「探究心」が、私を狂わせてしまうんです!


 そこに現れてくれたのが――鶉野さん、なんです!


 私は顧客を、そうですね、大体は持っていますが、鶉野さん程に上手な方は見た事がありません。まぁそうでしょうね、他の顧客は花石を稼ぎたいだけの、正直言って守銭奴以下のクズ女ばかり。


 でも! 鶉野さんは違いました!


 忌手を使って復讐――それもあのに――してやろうだなんて、こんな面白い人が他にいます!? 仇を潰せば後はどうでもいい、生徒会に捕まろうがどうなろうが知った事では無い――あぁ、もうどういう事でしょう!


 一世一代、鶉野さんの復讐劇はですよ、きっととなりますね。


 ごく近い将来、まぁ二ヶ月以内が打倒でしょうか……目代小百合を呼び出すか何かして、《問い証文》を書くのでしょうね。のように。貴女は負ける事なんて欠片も思っていないでしょう、それがまた凄いのですが。


 貴女は大胆な方です。正々堂々と忌手イカサマを使い、彼女を出し抜く事でしょう。あぁ、それは勿論ご安心を。ちゃーんと私が《目付役》として出向きますし、その時ばかりは


 さて、貴女は見事に勝利を収めるのです。恐らく、次のような文章が全校に行き渡るでしょうね。「私、目代小百合は、去年神聖な《札問い》の場に代打ちとして呼ばれたにも関わらず、忌手イカサマを使用し、更には敗北して依頼人を転校させました」……とまぁ、こんな感じです。校内放送なり《花ヶ岡新報》なりを使って告知する――そうですね? それも大丈夫です、私が根回ししておきますから……ウフフ。


 でも……どうして私と鶉野さんは利害が一致するのか? 疑問に思ったでしょう。するんです、シンプルにしっかりバッチリするんですよ! 鶉野さんは復讐を果たして気持ち良い、私は――「《金花会》の全否定」が見届けられて嬉しい! ほら、ね?


 だってそうですよ、鶉野さんっていう《金花会》にとって「最も忌み嫌われる人間」と、《目付役》っていう「賀留多文化を公正に支える人間」が繋がっているんですよ。腐敗どころの騒ぎじゃないんですよ。しかも後者は《造花屋》でもあるんです、もうシッチャカメッチャカですね……!


 あぁ……ごめんなさい、大分話が逸れましたね。どうして私が羽関さんに対して、鶉野さんの事をお喋りしたか、これですよね。でも、もうちょっとだけ、私のお話に付き合って下さいな。すぐに教えますから。


 さっき、私は「予測と結果の乖離」に喜びを感じる、と説明しましたよね。実はですよ、鶉野さんの計画についても「予測」はしているんです。当然、貴女の計画は実行されるだろうし、目代小百合に敗北さえしなければ、めでたく完遂も出来る事でしょう! 私も成功を願っていますし、鶉野さんは一番のお得意様です、これからもご贔屓にして欲しいのですが――。


 私、やっぱり駄目なんです。どうしても「乖離」が起きて欲しいんです。


 予測と結果は地続きであっては面白く無い、一見は平坦に見える道でも、実は微かな斜面があって、が起きていなくては面白く無いんです!


 赦して下さい、鶉野さん……。私個人としては、鶉野さんの計画が成功して欲しいのに、もう一人――もう一人の趣味に生きる私が、どうしても「乖離」を求めるんです!


 分かってくれなくとも良いんです、ううん、分からないのが普通です……。


 きっと、花ヶ岡の賀留多文化や《金花会》はですよ、ずーっとこの先……私のような人間が現れなければ、フラフラと危なっかしいにしても、今の状態を保つと思うのです。平穏な環境は過ごしやすいです、でも楽しくはないです。もしかしたら、私は辛いものが好きな人達と似ているのかもしれませんね。人体に決して良い影響を与えないであろう激辛グルメを、汗を垂らして涙を流し、真っ赤な顔で食べていくじゃないですか? 何で食べるのか? それは美味しいから、楽しいから、趣味だから! ほら、私と一緒です!


 最初に予測した「鶉野さんが復讐を果たす」という結末……。


 もう一つ。「鶉野さんが大失敗する」という結末……。


 二つ目の結末は、見たいと思ったら余りに失礼だと思いました。鶉野さんの一年間を、あっと言う間に――ゴミ同然にしてしまうんですから!


 我慢しました、一生懸命我慢しました……!


 でも駄目なんです、もう我慢の限界なんです! 最近、新しい「駒」も手に入ったし、欲求を爆発させないと死んでしまうかもしれない!


 そこに――そこにですよ、が来てしまったんです!


 鶉野さん、ハッキリ言いますけどね、私に彼女を紹介したのは全くの悪手でしたよ。あんなにフワフワとしていて意思も弱く、おっかなびっくりの前後左右も分からない一年生ひよっこ、でも賀留多の実力はそれなり、しかも《靖江天狗堂》の親族だなんて……。


 この矧名涼が、放って置く訳ありませんよね!?


 断言します、鶉野さんは決定的致命的、絶望的なミスを犯しました。


 私の中で燃え盛る好奇心の炎に、羽関さんというガソリンをぶちまけたんですからね。考えて下さいよ、炎にガソリンを注いだ人間が、「勢いが増したのは他人のせいだ」とほざく資格あります? ある訳ありませんよね。


 はぁ……ここまで一気にお話しましたけど、ある程度は分かって貰えたかなって思います。羽関さんに計画の事をお話して焚き付けたのは謝りますけど、私にこんな事をさせたのはであるという事、よーく自覚して欲しいんです。


 一つだけ、誤解して欲しくない事があるんですが、何も私は「鶉野さんの破滅」だけを望んでいる訳じゃ無い、、どちらも望んでいるんです。ふざけていません、これは本当の事なんです! 何と言ったら理解してくれるのでしょうか……正直私も分かりません。小さい子にありがちな、好きな異性に意地悪をする、とか? ううん、違いますね……とにかく、私は矛盾の綱渡りをしている状態なんです。


 言うなれば――私は鶉野さんの味方であり、敵でもありますね。でもご心配無く、道具の注文は受けますし、わざと粗悪品を掴ませるような事はしません。今まで通りのクオリティ、品揃えをお約束します!


 真剣に貴女の味方をします。そして……真剣に、貴女の敵になりたいんです。


 でも、貴女だけに敵対するのではありません。もし……「安定を崩壊させる人間」を敵と呼ぶべきなら――。


 私は、このなのでしょうね。


 花ヶ岡の安息を予測すると同時に、結末の乖離、要するに「争乱」を望んでしまう……つくづく、面倒な人間だと思います、私は……。


 現在、私はあるを《金花会》に提案しています。……ほら、目代小百合の腰巾着ですよ、あの女は一見改革に意欲的な感じがしますが、その実、全く逆です。古いものを無意味に有り難がる、つまらない女です。けれども……そういった類いの人間こそ、叩き付けられた「理解の及ばない改革案」には匙を投げてしまう。今頃、友人に相談でもしている事でしょう。どうしたら良いか、何が正解か……なんて。


 この制度、今は鶉野さんに教える事は出来ません。もうちょっと煮詰まってから、折を見てお話しますよ。でも、これはお約束しましょう。この制度が採用されれば、花ヶ岡で悪事を働く人間は「死」あるのみです。当然ながら、肉体的にではありませんよ? 概念的な「死」が、実に簡便な手続きを以て悪人を裁いてくれるんです!


 どうでしょう? 私は私利私欲で動いているように見えますけど、実は花ヶ岡の今後も心配しているんですよ? 多分。


 …………さぁて、と。鶉野さん。ここまでお話したら、貴女が訊ねたい事はぜーんぶ話しちゃったと思います。そろそろ帰りますねぇ、妹と服を買いに行く予定があるんですよぉ。


 とにかく、私が言いたい事は、鶉野さんとはこれまで通り……仲良くしたいって事です。こんなに楽しい方ですもん、見届けたいじゃないですか!


 あぁ、私って幸せです! だってこの学校は――「興味」で満ち溢れているんだから!


 それじゃあ、鶉野さん! また月曜日に!

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