第5話:Interest

 互いの呼吸すらが響き渡るような静寂の中、矧名は椅子に腰掛けた。いつも通り、誰に対しても向ける柔和な笑顔は……しかし、この時は妙に強張っていた。


 彼女を見下ろすように立つ鶉野は、「一応訊ねるわ」と、抑揚の無い声で言った。


「何故、私が怒っているか――分かるかしら」


 通常、矧名が何かを問われた際には「うぅん、何でだろぉ?」などと小首を傾げたが……。


「分かりませんね」


 一切の動作も無く、即答した。


「残念ですが、心当たりは無いのです。……鶉野さんの勘違いでは?」


――憶えているでしょう」


 矧名は何も答えない。鶉野は構う事無く続けた。


「彼女に教えてあげたそうね。私の事を」


 フゥ、と鼻から息を流す矧名。「えぇ」と素気無く返した。


「羽関さんと私、家の方角が一緒みたいで。バスでお喋りしたついでに」


「《造花屋》という人間は、確か顧客の秘密を厳守するはず。おかしいわね、貴女は《造花屋》ではないのかしら」


 いいえ――かぶりを振った矧名の髪が、フワフワと軽やかに揺れた。


「私のやっている事は、きっと《造花屋》と呼ばれるような事でしょうね」


「良かったわ。一応は自覚があったみたいね。……率直に訊くわ――」


 鶉野はその場でしゃがみ込み……矧名のにこやかな顔を、見上げた。


を彼女に伝えて、貴女は何がしたいの?」


 まさかとは思うけど――更に眼光を鋭くさせ、鶉野が続けた。


「何も考えていない、とは言わせないわよ」


 鶉野が問うてから、実に五分間――矧名は笑みを絶やさず、鶉野は刺々しい視線を以てして……互いに見つめ合った。


 さっさと答えなさい、何を黙っているの……などの催促は一切せず、鶉野は粘つくような空気の重みも気にせず、唯々、矧名を睨め付けた。


「………………ウフッ」


 常人ならば逃げ出しかねない静寂を、最初に破ったのは矧名の方だった。段々と頬を紅潮させ、彼氏から希望通りの贈り物を受け取ったように……。


「ウフッ、ウフフ……アハハハ……」


 嬉々とした様子で笑い始めた。


「鶉野さぁん……私が、この私がですよぉ? なぁーんにも、まぁーったく、いーっさい考えも無しに動くと思いますかぁ……?」


 鶉野は首肯したり、首を振ったりはせずに黙したままだった。


「言っちゃおうかなぁ、いや、鶉野さんに言っても意味が無いかなぁ? でもなぁ、私もアレだしぃ……ねぇ鶉野さん、知りたいですかぁ?」


 うわぁ、知りたそう! 矧名は艶のある視線で鶉野を見据え、勢い良く立ち上がると――両手を横に広げ、花畑を楽しむ少女の如き表情で……焼成室の隅から隅までを行き来した。


「うん、うんうん! 良いでしょう、鶉野さんには教えてあげますよぉ。……私、小さい頃に、砂浜でお城を作るのが好きだったんです。高波が来なければ水を被らない、ギリギリの位置……そこに、一生懸命お城を作るんですよ」


 矧名は興奮した様子で歩き回り、「こんな感じの!」と手でジェスチャーをして……。


 激流のように、自身のを語り始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る