第3話:不要論者
生徒会監査部。
花ヶ岡高校における全ての生徒活動が健全かつ、公平に遂行されているかを監査する部署――龍一郎の知っている主な活動内容であった。
監査部員に連れられ、辿り着いた場所はやはり「監査部室」であった。
「失礼します」
二年生がノックをして入室すると、「こちらへ」と彼を手招いた。恐る恐る彼女の後を追った龍一郎は、簡素なソファーに座っている女子生徒を認め……。
「ど、どうしてここにいるんだ……?」
「あ……リュウ君」
彼より先に監査部室に連れて来られたらしいトセは、すっかり生気を失ったような表情で彼を見上げた。
案内役の二年生は「お掛けになってお待ちください」と頭を下げ、奥にあるドアの中へと消えた。何かに呆れたような表情が妙に龍一郎の印象に残った。
ここは面談室を兼ねる部屋なのか――龍一郎は壁に掛かる校則の額縁を見やり思った。
「わ、私達……何かしたのかな」
「いや、心当たりは無い……本当に無いんだ」
トセは「あっ」と小さく声を上げ、何かを絶望したように俯いてしまった。
「おい、どうしたんだよ――」
ガチャリ、と奥のドアが開いた。目付きの鋭い女子生徒が二人を見下すような笑みを湛え、対面のソファーにゆっくりと腰を掛けた。
「こんにちは。近江龍一郎君、一重トセさん。私、監査部長の
呼び出してごめんなさいね……間瀬は沈黙する二人を見据え、ニヤリと口角を上げた。
「貴方達、代打ちをしているそうね」
「……はい、そうです――」
龍一郎の中で急速に肥大化し、蠢く何かが顔をもたげた。
まさか、まさか本当にあの事を――見過ごしていた不安が彼の中で膨張していく。
「とても強いみたい、特に近江君? 勝率は……協力者に聞き取りをしたところ、現在まで負け無しとか」
パラパラと書類を捲る間瀬は、「不思議ですね」と龍一郎を、そしてトセを睨め付けた。
「まるで賀留多を見透かしているみたい」
「そんな事、リュウ君はしていません!」
トセが声を張り上げ、間瀬を見返した。しかしながら相手は怯むどころか「リュウ君?」と首を傾げるだけだった。
「渾名ね。良い仲であると見えるわ? 庇うのも当たり前でしょうね……それに」
そんな事とは? 間瀬がトセをジッと見つめる。獲物を狙う蛇のような眼光が、実に嫌らしく不快だと龍一郎は思った。
「独自の調査によれば、我が校に賀留多を卸している靖江天狗堂……そこでアルバイトをする生徒と交友関係にあるとか」
「だからって……何か問題がありますか」
龍一郎は低い声で威嚇するように問うたが、間瀬は「問題ではありませんが……」と嘲笑するように目を細めた。
「私、賀留多は運が一番重要だと思うのよ。言ってしまえば運気の多寡を競うもの……さて、近江君。貴方はどうしてこんなに運が良いの?」
如何に反論しようかと思案する龍一郎に、構わず間瀬は「代弁しましょうか」と続けた。
「靖江天狗堂と通じている。シンプルで真っ当な疑い。そして……一番、質が悪い事」
「……そんなのって余りに――」
「一重さんも容疑者よ。経験も少ない二人が、どうしてここまで高い勝率を誇っているのか? イカサマどころの問題ではない、実は賀留多そのものから細工をしていた……我々としてはこう思えて仕方無いのよ。伝統である《札問い》をねじ曲げる行為……」
さてどうなるかしら。間瀬は背もたれに身体を倒し、艶めかしく足を組み直した。龍一郎は沈黙を破り、「でしたら」と強い口調で言った。
「斗路さんに聞いてください、あの人ならイカサマも看破出来ます。俺の時は殆ど目付役が斗路さんでした、おトセ――いえ、一重だってそうだろう?」
「……う、うん! 私の時も大体斗路先輩が来てくれたから――」
「口裏合わせをしていれば、そんな証言は何も意味が無いでしょう? それと、会計部の言葉は信用出来ないわ。賭場を管理する部署の、何処に信頼性があると?」
一つ、勘違いを正さなくてはなりませんね――小さく溜息を吐いてから、間瀬は髪を手で愛おしむように梳いた。
「何も私は貴方達を処罰したいなどは考えていない。ちょっとだけ協力をしてくれれば、こちらからの嫌疑は一切を無しとするわ」
「……嫌疑って、結局私達を疑っているんですか」
「ええ、勿論。その疑いを無くす為に、ここは一つ手を取り合おう……という事」
間瀬は書類を捲り、あるページで手を止めて二人に提示した。
「……間瀬さん、あんた一体何を企んでいるんだ」
龍一郎の眼光が鋭く光るも、真正面からそれを受け止め――微動だにしない間瀬は、書面をコツコツと指で叩きながら語った。
「絶対的な信頼で成り立つ《札問い》文化も、少しの疑いがあれば破綻も同然……。そこで私はある特効薬的対策を練った訳よ。――この花ヶ岡から賀留多を取り払う。争い事も賭博も全て消し飛ばすの。ここに署名している生徒は、皆が賀留多を不要と唱えているのよ? 彼女らは署名をしてくれたわ、それはもう快く、ね? 貴方達もここに署名をして欲しいのよ、そうすれば……全ては丸く収まるのだけれど」
全ては目代さん達の忠告を素直に受け入れなかった、俺達の責任だ――龍一郎は如何なる悪足掻きをしようかと画策している内に、トセが不要論者の署名を凝視している事に気付いた。
「……何かあったのか?」
リュウ君、これ……トセが一人の署名を指し示す。間瀬も「何か?」と首を傾げる。
「……何か、無理矢理署名させられたような感じがする」
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