第6話:月は今日も昇る

 五戦目、六戦目、七戦目、八戦目、九戦目と回を追う毎に、龍一郎の「体内」は回復していき、逆に宇良川の内臓を切り刻み始めた。


 七戦目、宇良川が光札を狙っているように感じた龍一郎は、すぐに三光へ掛かる光札を場に縛り、もしくは取り上げてから、自分は即座にタネやタンを拾い集めて役を作成、「勝負」と宣言し始めたのだ。


 宇良川は彼の変化を読み取ったらしく、最早相手の取り札に構わない様子で次々と札を集めた。


 八戦目、九戦目は(どちらも出来役が無く終わる事)となった。


「……次は一〇戦目、私が八文、近江君が一二文。ここからが面白いわよぉ……」


「全くですね……そうだ、一つ賭けませんか」


「賭け……? 花石は駄目よ、だって金花会が……」


 いやいや、龍一郎はかぶりを振って答える。


「それは分かっています。賭けるのは……『命令権』です。負けた方は勝った方の願い事を、何でも一つ聞く……どうですか、駄目ですか?」


 願い事を何でも聞く――宇良川は目をパチパチとさせてから、「貴方、おかしくなったの?」と上目遣いに龍一郎を見やる。


 しかしながら龍一郎は「いいえ」と冷たく言い放つ。


「単なる発破を掛けるだけです。……宇良川さんなら喜んで受けると思ったのですが……」


「……凄いわねぇ、近江君って。破滅的で男らしくて……勿論、お受けするわよ」


「さすがは宇良川さん」


 相手を挑発、あるいは冷静さを欠かせる言葉を投げ掛ける行為三味線を、龍一郎は卑怯と知りつつあえて使用した。


 金花会が絡んでいない非公式の対局ならば、如何に自らの沼へと相手を引き込むかがミソだ――宇良川との対局により、彼が獲得した野試合での戦術であった。




  松に短冊 桜に幕 桜のカス 藤に郭公

  芒に雁 芒のカス 桐に鳳凰 桐のカス




 場札の《桜に幕》を短冊札で仕留め、彼女の欲しているであろう《松に短冊》は龍一郎の起こした《松に鶴》が攫っていく。


「……これからですよ、これからぁ」


 宇良川は場札の《桐に鳳凰》を取り、起こした《藤に短冊》を《藤に郭公》へぶつける。


 彼女の戦法が一〇戦目の今、再び龍一郎へ牙を剥いたのだ。


「宇良川さんの言う通り、これからですよね」


 龍一郎の次なる一手は《梅のカス》を場に捨てる、というものだった。


「次の手番で、俺は赤短を貰います」


 宣言通り、龍一郎の手には《梅に短冊》が出番を待ち構えていた。続いて彼の起こした札は《菊に盃》、速攻役の要である。


「この札が最善ねぇ」


 宇良川は《菊に短冊》によって盃を奪取、《紅葉に鹿》を起こして終了となった。


「頂きますよ、赤短」


 パシンと打たれた《梅に短冊》。この時点で龍一郎は六文を勝ち取ったが――。


「こいこい」


「こいこい? 本当に良いのぉ?」


 二言にごんはありません。龍一郎は更なる追撃宣言を伝えると、山札から《桐のカス》を起こし、二枚のカス札を手に入れる。


「吠え面掻いても知らないわよぉ、近江君」


 首の皮が繋がった……宇良川はそう言いたげに薄ら笑いを浮かべ、《紅葉に短冊》を鹿にぶつける。彼女の起こした札は《牡丹のカス》であった。


「……ふぅ、何とか大丈夫そうねぇ、これなら。教えてあげますよ、私……牡丹の札を二枚持っているんですよぉ。そしてぇ……その内は……意味は分かりますよねぇ?」


 六文役が次の手番で完成する――龍一郎は蠱惑的な笑みを浮かべる宇良川を見やった。




 残り一手、その間に役を完成させなければ、この局は負けて終わる……。




 嘘を吐いているようには思えない――熱の籠もった視線を投げ掛けてくる宇良川に、龍一郎は笑いつつも……刺すような眼光を向けた。


……素敵よ近江君」


「ありがとうございます、褒め言葉として受け取ります」


 最後まで勝負は捨てちゃいかん。賀留多ってのは、より楽しんだ方が勝つもんさ――。


 亡くなった祖母の言葉だった。


「もう勝てないもん」と涙ぐむ幼い日の龍一郎は、敗北の色濃い勝負にも全力で当たる気構えを、そして真剣に物事を楽しむという姿勢を――その金言によって養った。


 婆ちゃん、ありがとう――彼は手から《柳に燕》を捨て、鎮座する山札に手を掛ける。


 部室全体に彼の、更には宇良川の呼吸音と鼓動が響き渡るようだった。最上段、その一枚を掬い上げ、ゆっくりと龍一郎は起き札を検める。


「……んっ」


 興奮、怯え、恐怖、不安が混ぜ合わさったような声を上げる宇良川は、瞬きすら忘れて龍一郎の手を見つめている。


 ニッと口角を上げた龍一郎は、対面する彼女を見据えたまま――場札の《芒のカス》を目掛けて、起き札を叩き付けた。


「残念ですが、月が昇るのは止められないらしい」


 芒の生い茂る八月の十五夜、黄金に輝く巨大な満月は近江龍一郎の手によって、札の山からボンヤリと昇ったのである。


「……ふぇ……?」


「三光、六文。赤短、六文。宇良川さんの身体、これでバラバラですよ――」

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