第4話:ゆるふわ柊子

 さて、時は流れて月曜日となった。


「とりあえず」と金曜日の下校時に入れて置いた入会届は消えており、龍一郎の新たな一週間が始まった。


「最近、妹と《こいこい》で遊んでいるんだが、アイツ滅法強くてな……勝てないんだ」


 皆が愛する昼休み、羽関は溜息を吐きながら星形の海苔が載った白飯を突く。いつもながら彼のビジュアルと合わない弁当(妹の手作り)が可笑しかった。


「そりゃあ弱いんだろ、羽関が」


 身も蓋も無い言い方の楢舘は、先週の反省がどうにも効いていないのか、賀留多遊びに興じる女子を見つめていた。


「確かにそうだが……近江、何か戦術とかあるのか? アイツに聞いても『自分で考えなきゃ駄目だよお兄ちゃん』としか答えないんだ」


 しばらく考え込み、「例えば」と龍一郎は《八八花》を取り出し、三枚の札を選び出す。




  桜に幕 桜のカス 藤に短冊




「取れる札が無い、出来役もまだ遠い。そんな時だ……手札にこれら三枚があるとして、どれを出す?」


「……うーん、《桜のカス》だろうか。次に光札を出せば取れるからな」


「何か危ない感じだぞ、羽関」


 珍しく楢舘がキラリと光る意見を述べた事に、龍一郎は嬉しくなって自分の弁当箱からヒジキ(大量)を彼のパンに載せた。楢舘が「えっ、要らない」と辛そうな声を上げたが、龍一郎は空耳であると聞き捨てた。


「楢舘の推理は正しい。危険を冒す必要も無い場合、この時に出す札は《藤に短冊》がベターだ。藤の月札はタネ、タン、カスに絡むだけだからな。逆に三月……桜の月札を見ると高得点の出来役に絡んでしまう」


「……という事は……」


「開示されている三月の月札は三枚。残りは《赤短》《タン》に絡む危険な短冊札だ。この短冊札がもし……相手の手中にあったら? そこまで考えなくてはならない。視野を広く持つんだ。お互いの取り札と手札、場札、山札――を光らせろ」


 それと――龍一郎は札をしまいながら続けた。


「羽関がもう少しで高い出来役を完成しそうな時、妹にカスで上がられた事は無いか?」


「あるな、加えて《猪鹿蝶》が出来ているなんて場合もある」


「カスを嘗めない方が良い。塵も積もれば……って言うだろう、一〇枚を超えた時から、一気に文数が加速していく。カス札は一番多いからな」


 後一文あれば倍付けなのに……という時、後押しをしてくれる出来役は加算役、特にカスが多い。


 初心者にとって「光」の付く出来役は眩く見えるが、その実、鈍く――そしてしつこく輝くのは加算役なのである。


「なるほど……すまんな。これで妹を負かせる事が出来そうだ」


「妹さんも花札やるんだな、今更だけど」


「ああ、花札以外にも色々とやっているよ。アイツはあんまり人と話すのが得意ではないが、そういった遊びは上手いんだ。友人作りもそれぐらい上手なら良いんだが……」


「だったら、俺が友達になるぜ。任せろ」


 楢舘がヒジキパンを齧りつつ、素晴らしい笑顔で親指を立てたが――羽関は何かが気に食わないらしく、「考えておく」と素気無く言った。




 そして放課後。


 曇りがちだった空からは小雨がパラパラと降り出し、傘を忘れた龍一郎は雨宿りも兼ねて、トセとの約束を果たすべく三階へと向かった。


 時々向けられる上級生の視線を無視し、彼は天狗のキーホルダーが下げられた部室に到着した。


「失礼します」


 ノックを三回。


 返答は無い。


 ドアノブを回すと簡単にドアは開く、鍵は既に何者かが開けているようだった。隙間から中を覗き込む龍一郎だが、しかし室内には誰もいない。


 仕方ない、帰るとするか――龍一郎がドアを閉めようとした刹那。


「どちらさん?」


 不意に背後から声がした。彼は振り返ろうとした矢先、背中に何やらが当たっているのを認めた。


「動かないでくださいねぇ?」


 


 耳元で囁く声は柔らかな声質であったが……しかしながら、「刺さる」という言葉に嘘は微塵も感じられなかった。


 何だこの女……本当に刃物を持っているのか?


「そのまま、ゆっくりと……中にお入りくださぁい」


 為す術も無く、果たして龍一郎は室内へと誘導された。足の震えを抑えつつ、龍一郎は「何故ここに来たか」という問いに答えた。


「……先週、っていう女子に来るよう言われて……本当です、本当ですから!」


「ふぅん、《八八花》で好きな札は?」


「えっ……《柳に小野道風》です」


 沈黙が流れる。「はい、残念」と刺されるのでは……と龍一郎は顔色を真っ白に染めた頃、両肩を掴まれ、そのままグルリと回転させられた。


「ひぃっ!」


「ようこそ《姫天狗友ひめてんぐともの会》へ! 歓迎しまぁす!」


 そこに立っていたのは猟奇的殺人者でも暗殺者でもなく……フワフワとした印象の、ごく可愛らしい女子生徒であった。緩めのパーマが掛かった髪は、「今時の女子高生」という様相だ。


「ひ、姫天狗……?」


 そうでぇーす、と万歳しながら返答する彼女は、布に包まれた「尖った何か」を鞄にしまうと、龍一郎を椅子に座らせた。ギシッと音を立てるパイプすらが恐ろしかった。


「……今、刃物か何か……」


より、おトセちゃんのお勧め通りか……早速――」


 刺し合いましょう! 謎の上級生は戸棚から黒、赤の花札を取り出し「はい、黒を切って」と龍一郎に片方を手渡した。


「刺し合うって……これの事ですか……?」


「ピンポンでぇす! さてさて、一二ヶ月戦なんてクソまどろっこしい勝負はしないわぁ、一〇文取り合い、名付けて《五臓五腑ごぞうごふ》で刺し合います!」


「五臓六腑じゃなくてですか……?」


「六腑の一つ、『三焦さんしょう』は全身の気を巡らせる器官、即ち闘技の最重要箇所です。これは打ち手にとって宝も同然、しかしそれ以外なら……?」


 抜き取っても良いのよぉ! ニコニコと彼女は続けた。


「私は二年生代打ち、宇良川柊子うらかわしゅうこと申します。中には私の事を《ステゴロ柊子》と呼ぶ人もいるらしいですが、失礼な話よねぇ」


 はぁーあ、とアニメチックな溜息を吐きながら、宇良川は近くに置いてあった座布団を机上にドサリと叩き付ける。


「やりましょっか、近江君――」

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