第2話:魔境、金花会
「まずはこの集いについてご説明を。……毎週金曜日の放課後、この教室にて開催される打ち場でございまして、賀留多闘技を存分にお楽しみ頂く、というものです」
「でも……この高校は花札を決着の付かない揉め事解決の為に使うって……」
「それも正解でございます。ですが、ここにお越し頂いている方々は、純粋に賀留多を愛し、打ちたいという方ばかり。揉め事の代わりにちょっぴりの……
あちらをご覧ください。斗路は一〇人の生徒が車座になって座る区画を指差した。
「あんなに大人数で打つなんて……」
「あれは小松札、という地方札を使用する《シリンマ》という闘技でございます。一六種の勝負札を競り合い、なめ札(山札の一番下にある札)とどちらが強いかを競う……という単純ですが、その実、読みとリスク分散の多少が絶妙に絡み合う素晴らしい技法です」
初めて耳にする技法を龍一郎は眺めている内に、どうやら闘技が終わったらしく「やった!」と喜び合う二人が、場に置かれた碁石のようなものを山分けにした。
「あの石……確か購買部で使っている人がいたな……」
正解、と横のトセが赤い七宝繋ぎ柄の巾着袋を鞄から探り出し、中から花ヶ岡高校の校章が刻まれた石を取った。
「この学校で通貨にもなる石、《
龍一郎は花石を見つめて……眉をひそめた。
校内で金にもなるというこの石を取り合い、毎週金曜日に開かれる賭場を、何故に教師達は黙認しているのか? 石を巡るトラブルは起こらないのか?
素朴だが本質を突くような疑問が沸々と浮かび出す。
「良いんですか、ギャンブルって……絶対教育の場に相応しく無いような……」
真面目さんだねっ、とトセが龍一郎の肩を叩く。斗路も責めるどころか「仰る通りです」と嬉しそうに首肯する。
「学び舎に相応しいか否か……を問われれば、大抵の方は相応しく無いとお答えになるでしょう。元々、この学校は他者を思い遣り、胸襟秀麗と和風慶雲を尊ぶ婦女子を育成する場として立ち上がった訳ですが、如何せんガス抜きも必要だったのでしょう。伝統遊戯である賀留多遊びを暗に認め、ちょっとした賭博要素も目を瞑ったのでしょうね」
「うーん……やっぱりトラブルとかありそうですよ。『イカサマしただろう!』とかいちゃもんを言ったり……」
その為に――斗路が龍一郎を抱き留めるように、両手を開いて笑った。
「私達、《
治外法権――龍一郎の脳裏にこの言葉が過ぎった。
生徒手帳を開いて「校則一覧」のページを開くと、確かに『何人も公然と賭事、もしくは本校の生徒としてあるまじき行為を働く事を禁ずる。違反した生徒は厳重に処罰する』とあった。
「そこの公然……というところが、言い方を悪くすれば抜け穴でございます。私達はただ、放課後に集まり、石をやり取りして遊ぶ……偶然その石を欲しがる生徒会購買部が、商品と交換してくれる……無理矢理なようですが、これもまた、本校の伝統でございます」
龍一郎は教室を見渡した。斗路の言う通り、騒ぐ者はいても声を荒げたり、ましてや取っ組み合いになる者はいなかった。
皆が闘技の前には「よろしくお願い致します」と一礼し、終われば「ありがとうございました」と再び一礼する。大勝ちしたらしい生徒は他の者を連れて「皆でケーキを買おうよ」と教室を出て行く……勝者も敗者も、全員が笑顔に溢れていた。
「キチンと整備が行き届き、不正も行われない打ち場なら、人間というものは礼儀正しく真摯に遊び、互いを敬うのです。勝つ為には技量と運、どちらも高水準で肝要となります。技術が足りなければよく学び、運が足りなければ各々の験担ぎを編み出す……そこに邪気はありません、純粋な向上心のみが場を制します。この打ち場は、まさに奇跡と言っても過言で無い『誠実さ』で成り立っております」
腕を組み、眉をひそめたままの龍一郎だが……反対に、彼の中で「面白そうだ」というシンプルな感情が芽生えていた。
「私達の精神にご賛同頂ければ、来週からすぐにご参加出来ますよ。お金は必要ありません、毎月二〇個の花石をお渡し致します、貯めて大勝負に挑まれるも良し、少しずつ賭けて遊ばれるも良し、そのまま購買部で使われるも良し……デメリットはございません」
「無料ですか? カジノみたいに一定のレートで交換とかあるのかなって……」
「御座いません。お金が絡めばそれこそ問題が発生しますから。それと……花石無くしてこの場を囲む資格はありませんから、ご理解の程を」
斗路は受付の机から一枚の紙を取り出して三つ折りにし、封筒に入れて龍一郎に渡した。
「お渡ししておきます。入会のご意志がありましたら、ご署名の上、ご自身の下駄箱の中に入れてください」
「で、でも……俺、男だし……まだ入るかどうかは分かりません……」
関係無いよそんなの。トセが龍一郎の顔を覗き込み、彼の目をジッと見つめた。
「打つのに男女も無いからね。それに……」
面白そうだ、って顔に書いてあるよ。嬉しげな顔でトセは龍一郎の内心を見抜いた。
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