近江龍一郎、入学す

第1話:入部予定、無し

「入りたいところ、全く無いな。この高校」


 春風吹けば、昼寝が捗る五月も中旬。


 一年生、近江龍一郎は三時間目と四時間目を使用して催される、部活動紹介大会に参加していた。元来がお嬢様学校である花ヶ岡高校では、一応は力を持て余す大和男の彼が気に入る部活動は皆無であった。


「俺、バレー部のマネージャーになろうかな。それとも茶道部で……フフッ」


 龍一郎の横で不純な動機を抱くのは、彼の幼馴染みである楢舘祐一ならだてゆういちという男だ。自宅から近いという理由で花ヶ岡へ進学した龍一郎と違い、楢舘は「彼女が作りやすそう」という親も泣きたくなるような信念で花ヶ岡にやって来たのだ。


「いや、無理だろそれ。茶道部はともかくバレー部のマネージャーは女子がやるだろう? 大体お前ルール知らないだろ」


「馬鹿野郎、俺だって知っている。オリンピックはいつも見ているんだ、熱心だろう?」


 四年に一度の祭典を見るだけで、果たしてバレーボールファンを名乗れるのだろうか? 龍一郎は首を捻った。


「龍一郎は何処も入らないのか?」


 バスケットボール部が走り回る姿を目で追いつつ、楢舘は声を潜めて問うた。


「あぁ、今のところはな……刺激的なものがあれば話は別だが……」


「――以上で全ての部活動の紹介が終わりました。今日から三日間、金曜日まで各部活動にて体験入部を受け付けますので、興味のある生徒は各自活動場所を自由に訪問してください」


 体育館にアナウンスが響く。かくして紹介大会は閉会となった。


 何処に行こうか。ねぇねぇ、一緒に行こう……などという、生まれ立ての友情と微かな警戒心が滲むような声が辺りに飛び交う。


「結局、楢舘は何処か行くのか?」


「とりあえずバレー部は行ってみるよ、なあに、土下座すれば入れてくれるさ」


 入学一ヶ月程が経ち、早くも土下座を解禁する男がかつていただろうか?


 龍一郎はある種の賞賛と多分の軽蔑を含んだ拍手を送りつつ、四階にある自身のクラスへと戻った。


「エレベーターでもあれば良いのに」


 無い物ねだりは楢舘の得意分野であった。




 入学間も無い頃の昼休みは、まだ顔見知り程度の級友と親交を深められる絶好の機会である。


 龍一郎も「女子に話し掛けられたりして」と鼻の下を伸ばした時期もあったが、五月も半分を過ぎると女子同士のが組織され、数少ない男子は教室の隅に追いやられてしまうのだ。


「このクラス、男子が俺と龍一郎と羽関だけって頭おかしいだろ。花ヶ岡は生徒だって沢山いるのにさ……一学年に五〇〇人近くいるんだろう? なのに――」


 楢舘が机を固めて作った群島を見やり、大きな溜息を吐いた。


「うるさいぞ黙って食え」


 ドスの効いた羽関卓治はぜきたくじの呼び掛けに、楢舘は不満たらたらの表情で白飯を頬張った。


 見た目はどうにもバイクで校内を走り回りそうな風体の羽関は、龍一郎達が花ヶ岡で知り合った数少ない男子である。


 龍一郎は彼と付き合うにつれ、侠気溢れる性格と意外にも……青臭い堅物なところを好んでいた。


「放って置け、そんな奴。部活、羽関は何処に入るんだ?」


「俺は入らん。図書局に入ろうと思うからな」


 眼光鋭い羽関は、旗の立っているコロッケに齧り付きながら言った。兎がピースをして笑っている旗が、妙に可笑しい。


「そういや本が好きなんだっけ。どんなの読むんだ?」


「……やっぱり、こう夜も眠れないような……フフッ」


 龍一郎と羽関は示し合わせたように楢舘を睨め付ける。


「小説が主だ。文章のみで表現する世界は、まだ未熟な俺を様々な扉の前に立たせてくれる。俺は本を愛している」


 カツアゲが得意そうな羽関はしかし、少しばかり微笑みながら二人に答えた。


 脳味噌を何処かに忘れて来たのでは、と疑いたくなる楢舘と比較し、龍一郎は彼の笑みが何と純粋で素晴らしいものかと関心していた。


 そんな折り、三人の近くでパシンと乾いた音が響いた。「わぁっ」と黄色い声が教室に満ちた。


「噂には聞いていたが、本当にが盛んだな」


 ハート型に切られた人参を齧りつつ、羽関が騒ぐ女子達を見つめる。


 実際、花札が遊ばれているのを龍一郎は四月の中旬から目にしていた。


「この花札、卒業生のお母さんが使っていたものよ」と自慢している女子を見受け、他世代に渡って花ヶ岡で遊ばれていた事を彼は改めて知ったのである。


「龍一郎は出来るよな? 花札。婆ちゃんに教えて貰ったんだろう?」


 熱中する余りスカートが捲れ上がっている女子を見据え、楢舘が言った。


「小さい頃な。最近はやっていないけど……遊ぶ分には出来るんじゃないかな」


 ふむ、と羽関が腕を組んで目を閉じる。しばらく経ってから羽関は二人に提案した。


「ちょっとやってみないか? 花札」

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