第21話 大剣使いの少女の戦闘録・対タマコロ戦

 未踏破エリアは、いくつかの階層が作られている。

 たとえば、普通に外層――つまり、上陸地点から第一層へ向かおうとしても、同じところをぐるぐる回るよう、外層からは抜けられない。

 しかし、抜ける方法もあるが、ここでは例外としておいた方が良いだろう。何故なら、その方法を取ったところで、次の階層へ無断侵入が成功しても、実力差に殺されるだけだからだ。


 必要なのは、名声だ。


 単純な話、それは実力とイコールなのだが、有名になればなるほど奥の階層へ行くことができる。

 では、どうやって名声を上げるのか――手段は、二つ。

 一つは時間をかけて、戦闘を繰り返すこと。外層ならば、それなりに強い魔物を相手に、数十回も繰り返せば、いつの間にか行けるようになるだろう。

 もう一つは、次の階層の相手と、戦闘をすることだ。

 これに認められれば、その時点で突破できる。

 ちなみに純一郎の名声は、外層レベル。無断侵入はできるので、それをしても構わないのだが、そこはそれ、純一郎の運回りと呼べるものは――悪いのだ。


 第一層へ向かおうかと思った直後、彼女は姿を見せた。


「おお?」

「――」

 肌で感じる威圧に似た気配から、五層から六層の存在であることを、直感的に理解した。最奥部は七層、それだけで彼女の単純な強さがうかがえよう。

「これはまた、珍しいンじゃねェか? 外層に人間がいるッてだけでもそうだが、お前、三層くらいまでは突破できるくらいの実力はあるだろ」

「……さあな。まだ試してないから、ここにいるんだ」

「違うだろ、そうじゃねェな――」

 乱暴そうな言葉遣いとは裏腹に、彼女は。

「――そうか! 狐やら猫やがら育てたッてガキがいたな?」

「チッ……」

「なんだよ不機嫌そうなツラすんなよー。面倒だろうし、あたしが遊んでやろうッて言ってンだぜ?」

「そりゃどうも。障害物の少ない場所でってのが気に入らないだけだ」

「ああそっか、お前からじゃあたしの接近に気付けねェから、避けることも難しかったか。悪いなあ」

「いいさ、手間が省けたのは確かだ」

 知性のある妖魔ようまならば、会話によって戦闘を避けることもできる。しかしこの場合は、むしろ喜ぶべきだろう。

「よし、じゃァやるか。人間が相手だし、一応殺さねェようにはするが、真に受けるなよ?」

「戦闘に想定外なんてのは、つきものだろ」

 吐息を一つ、そして。

「小太刀、二本だ」

 刀をひょいと上に投げて消せば、二本の小太刀が落ちてくる。それを受け取り、二本とも左の腰にいた。

「へえ、面白いモンを使うんだなあ」

「こっちは壊されても、まだ納得できるからな」

 本来ならば、素手で迎え撃つべき相手だ。純一郎にとって全力とは即ち、躰を得物にすることだから。

 けれど。

 残念ながら、純一郎はまだ

 無手よりも得物を持った方が動ける場面が、それなりにある。

玖珠くす純一郎じゅんいちろう原茂はらしげだ」

「おう。あたしはタマとかコロとか、適当に呼ばれてる。繋げてタマコロでもいいぜ」

 言って、彼女が一振りの剣を出現させた瞬間、どっと噴き出た冷や汗と共に、二歩ほど距離を取って腰を軽く落とした。

 タマコロは、背丈が小さい。

 雪花せつかよりも小柄で、どちらかと言えば可愛らしい姿である。しかし、その右手に持たれたのは、1700ミリはあるだろう大剣であった。

 手が小さいためか、柄は細い。つばはなく、ひし形に近いものが柄との境目に存在しているが、中央が円形に空いていて、そこからほぼ直線であり、中腹部分からようやく先端へ向かって細くなっている。

 大剣そのものに、魔術的な要素はない。ないが、そんなものはどうだっていい。

「人間相手は久しぶりだなァ――」

 地面に先端を落とすようにした構えから、剣ではなく躰を前へ出す一歩を見た瞬間、純一郎は右の小太刀を引き抜いた。


 目の前を、切っ先が上空へ向けて通り抜けた。


 形状そのものは、投擲専用スローイングナイフを巨大化させたようなものか。重量もあり、速度も思ったよりはなかった。それでも、バターナイフのような気楽さで放たれる斬戟を、遅いと表現できるほどではない。

 だがそれ以上に。

 真横に振り抜かれた切っ先が、真上へと軌道を変えた事実に、着目すべきだ。

 全身を使って得物を扱う、なんてのは初歩である。踏み込み、力の移動、雪花が殴るのと同じで、あらゆる行動が全身移動だ――が、タマコロは文字通り、全身を使う。

 切りつけた剣の下に潜り込むような踏み込みから、剣を手放して切っ先を蹴り上げ、反動で落ちてきた柄を握るなんて芸当、それこそ、芸のようなものじゃないか。

 避けた切っ先が突きの動きを取る前に、一気に距離を取る。

「お?」

 行動だったため、あるいは戦闘の終わりに見る行為と類似する。だからタマコロも、追撃のタイミングを逃した。

 いや。

「逃げるのか?」

「――まさか。対策を練るんだよ、こうやってな」

 左で扱う小太刀を思い切り腰に押し付け、抜きにくくする。左手はだらりと前に垂らして、左肩を前へ出す半身。

 そして、右の小太刀を思い切り引く――それは、突きを前提とした。


 雨天流小太刀こだち二刀術にとうじゅつ射ノ型いのかた多陣たじんの構え。


「へえ……」

 そもそも、雨天流において構えとは、未熟の証左であった。

 あらゆる技を扱う雨天が、得物を持つことで技を絞り、そして、更に構えを作ることで技の選択を減らす――それは。

 流儀に反する、とまで言われた。

 けれど純一郎は、それを含めて未熟なれば、状況に応じて構えを取ることもある。

 刃を上へ、握りは最初から強く。


 厄介なのは初手でわかった。ゆえに、呼吸一つでさえ間違えられない。


 この戦闘において、先手と後手はほぼ関係がない。ないというか、いずれにせよ純一郎は後手に回ってしまう。

 区切りをつけてからの攻撃は、最短の突き。応じる純一郎は上下左右、いずれにせよ回避からの踏み込みになるが、その初動を見てから、タマコロは動ける。しかも大剣を軸に、おおおよそ対角線上へ移動するのだ。

 1700ミリは、はっきり言って大きいし長い。攻撃を当てるのなら、その障害物をどうにかしなくては、決して、届かない。

 遠心力と梃子てこの原理。

 その二つを基本としながらも、トリッキーな動きも混ざれば、やりにくくてたまらない。


 ――戦闘なんてそんなものだ。

 わかっているからこそ、感情を押し殺し、冷静さを頼りに、見極める。


 突き、斬戟、時には切っ先が地面に埋もれ、壁のよう目の前に立つ大剣を、基本的には足運びで回避する。二手先に封殺の流れを見た時だけ、空いた左手を使って大剣の位置を動かし、タマコロの動きを少し変えてやって、構えだけは決して解かない。

 対角線上に位置するタマコロを、大剣によって目隠しをされても、気配を頼りに把握して――そう。


 タマコロは思う。

 防戦一方の野郎が、一度もこちらから、引いた小太刀の切っ先を外してない。大剣を使って視線を切っても、それを感じるのだから、なかなかやる。

 だが、構えからして、一撃必殺だ。こちらが隙を見せた瞬間、踏み込んでくるだろう。


 そのくせ、には乗ってこねェし。


 戦闘時間が長引けば、体力という概念のある純一郎が不利なのは、よく理解している。その上、厄介なのが相手の誘いだ。いわゆる作られた隙であり、反撃を想定した致命的なもの。この見極めには、体力よりも精神力が必要になる。

 焦ってはならない。

 隙は作らなくてはならない。

 タマコロが剣よりも前に躰を出し、踏み込みとする行為すら、隙として捉えない。


 戦闘には流れがある。

 一連の動作が、更に繋がり、無数にある結末オワリまでの道筋を目指して、今の行動を決定し続ける。

 相手の意図を読むのはもちろん、流れも読み、それにどう乗るのか、あるいは作るのか――戦闘と呼ばれるものは本当に、思考することが多い。

 慣れはない。

 相手によって変わるし、慣れで動くと必ず穴にはまる。ならば、常に高速思考はしないといけないし、慣れはその思考の中で行う、判断速度だ。


 十二分を前後して、純一郎は頭痛を感じ始めた。


 既に長時間戦闘の域を突破しつつある。戦場と違って、近距離戦闘の持続時間なんてものは、五分も続けば長いのだ。それは思考の量を考えれば、当然の頭痛である。


 そして。

 大剣によって視線が切れ、相手が見えなくなったその隙間を、狙った。

 何度かブレるよう、揺れ動く大剣のフェイクを意識から除外。当たるか、当たらないかなど、期待もしないし考えもしない。

 ――やる。


《雨天流小太刀こだち二刀術にとうじゅつ金ノ行きんのぎょう終幕、始ノ章しのしょう射留いどめ〟》


 左足の踏み込み、引いた右腕から放たれた直線の高速突きは、大剣の表面へ触れる、そのまま切っ先は、大剣に吸い込まれた。

 それに気付いたタマコロが大剣を動かし、威力を反らす。構わない、だからどうした、刃が上を向いているので、貫いたまま上方向へ小太刀が抜けた。


 タマコロが柄を握る、姿が見えた。


追ノ章ついのしょう竹戻たけもどし〟――》


 踏み込みは再度、行わない。左の足が利いている間に二つ目、左手が二本目の小太刀を引き抜いて、突く。

 あたかも。

 タマコロの出現位置をかの動きだが、相手にも動揺がない。


 そして、相手が大剣を動かすより速く、純一郎の二度目、右足の踏み込みが大剣を強く震わせた。


《――終ノ章しゅうのしょう蚊帳取かやどり》


 それは、まるで四角形を描くような斬戟。

 両手で放たれたそれは、点での攻めから囲いへの変化、速度と力を乗せたそれを――。


「あ、っと、悪い」


 どさりと、地面に重量物が落ちる音を聴いたタマコロは、頭の後ろを掻きながら、吐息を一つ。

 右手に持った30センチほどのナイフと、大剣が音もなく消えた。

「やっちまったなァ……」

 最初から、純一郎がこちらを殺す気ではなかったのは、術式の反応がなかったことから理解はできていた。しかし、タマコロは間違いなく殺す権利を所持している。

 人間と妖魔とは、そういうものだ。

 相手がそれを放棄していたのだから、こちらもそれに応じるだけの度量はある。

 だから。

 妖魔としての特性ではなく、あくまでも大剣使いとしてやるつもりだったのに。


 ――大剣に傷をつけられて、思わず二本目を出してしまった。


 タマコロの本質は、鉱石のようなものだ。大剣もまた、タマコロ自身から作り出したものである。それを当たり前の刃物で、傷つけられたなんて現実に、思わず逆上――とまでは行かないにせよ、反応してしまったのだ。

 痛みはなかったが、さすがに無自覚ではいられない。

 そもそも、一つの戦闘においての技は、成立しないのがほとんどであるし、使わせないようにするのも、タマコロの戦闘だ。それを強引に成立させたのだ、純一郎への評価も上がる。

「強引ってほどでもねェか」

 二度目の突きは、回避できたが切っ先を目で追う余裕はなかったし、続いた囲いは間違いなく、タマコロの右腕一本を落としている。反撃を加えた結果、まあ力加減を少し見誤った感じもあるが、こうして純一郎は倒れたわけだ。

 ちなみに腕は現実に落ちていない。妖魔はその点が楽だ、死ななければ良いから。

 ただ――。

「チッ、しょうがねェか」

 言葉の割に、それほど嫌そうでもなく。

 小太刀を腰の鞘に納めてやると、タマコロは純一郎を持ち上げようとして、体格差に気付いて、自分の背丈の小ささに改めて自覚を持って、この怒りはこいつに向けていいんだろうかと考えて。

 襟首を掴むと、引きずるようにして移動を始めた。



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雨天流と仲間の戦闘録 雨天紅雨 @utenkoh_601

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