サボタージュ

石燕 鴎

                   

「美しきは罪哉」そう彼女から電話があったのはゴールデンウィークの終わり頃だった。

「テレビ見た?テレビ?某国営放送のニュース!」

 彼女は矢継ぎ早に質問をしてきた。彼女は普段テレビを見るような人間ではない。なんせ、宇宙人がとかUMAとかツチノコとか探しているような人種だ。テレビよりもインターネットの方が見そうな気がする。

「さっき見たわよ。その次の番組見たくてかけてたから」

 私は彼女の語気に押されるように答えていた。普段彼女は静かに話すがこの時ばかりはまるで灯油に火を付けたような勢いであった。

「さるもねら!私もさるもねら見に行きたい!明日から学校でしょ?次の日曜日に見に行こうよ!さるもねら!」

「次の日曜日?いいけど都内からだと結構時間とお金がかかるわよ」

「気にしない!行くったら行くの!じゃあ詳しくは明日学校で!」

言いたいことだけ言うと電話は切れた。それにしてもさるもねら?さるもねらは病原菌ではなかろうか。彼女はおそらく、「ネモフィラ」と言いたいのであろう。

翌日、私は休み明けの気怠さの中、電車に乗っていた。誰も彼もが気怠さの絶頂にいるように私には見えた。そんな中、後ろからちょんちょんと指でつつかれる感触がした。振り向くと今日学校にもかかわらず、白いワンピースを着て麦藁帽を被った彼女がいた。黒い髪、長い睫毛、朱色の唇、私が知る唯一の実在する美少女がそこにはいた。思わず私はあんぐりと口を開けてしまった。

「さるもねら見に行こう!」

「え、いや、学校……」

「お母さんに聞いたらシーズン終わりかけなんだって!だから今日行こう!」

 彼女にとって幸いにも私達が乗っている電車は上野までいくのである。私は彼女に引きづられるように学校がある駅で下車せず上野に拉致されたのだ。

上野で電車を乗り換えると、乗り換えた電車は下り電車のためか、あまり人はいなかった。また、彼女との時間は静かなものであった。なぜなら彼女は駅で買ったおやつと柿の種、ジュースを膝に開け食べ始めたからだ。この自由奔放さが私の心を捉えて離さない、私は柿の種を一つ一つ丁寧に食べる彼女の所作を見て少し心臓の鼓動が早まった。彼女の学校外での姿は学校関係者は知らない筈だ。なんだか私は彼女と秘密を共有できる様な気がしてきた。

越県するにつれ、だんだんと街並みが変わってきた。都会の狭い住宅が見えなくなり、やがてその県の中心地へ電車は私達を運ぶ。歓楽街のような街を超えてやがて川を越えると水田が広がる地域へと向かう。水田地帯を超えると城が見えた。彼女は城にも興奮したようだ。下車する駅に着く。彼女は麦藁帽の縁を両手で握りしめて電車を降りた。

「いざさるもねら」

 私は電車の中で何度かネモフィラだと告げたが直前まで直らない。おそらく彼女の中ではさるもねらでインプットされているのだろう。

 私達はバスに乗り、やがてネモフィラ畑がテレビで放送されていた公園についた。彼女はワクワクしている様子で調子外れの鼻歌が隣から聞こえてくる。ちらりと隣をみると穏やかに、しかし楽しげに笑う彼女がそこにいた。彼女の一挙一動が私の心をくすぐる。私は彼女に普段迷惑をかけられる身ではあるが段々と彼女が好きになっているのかもしれない。公園の入口につくと案内板からネモフィラ畑を探す。歩いているとやがて蒼い花の群れが目の前に現れた。彼女は目をきらきらとかがやかせている。平日なのか道に人はいない。彼女は笑顔でくるくると踊り始めた。調子外れの鼻歌と共に。そんな彼女をあいくるしく、愛おしいと思った。


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サボタージュ 石燕 鴎 @sekien_kamome

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