第33話 選択肢って、一つしかなくない?

「それじゃ、今日からサキちゃんには本格的に冒険者の活動をしてもらうからね」


「・・・はい」


 セルジオの言葉を聞いて私は気を付けの姿勢で説明を聞く。

 ・・・今までのアレは冒険者としての活動じゃなかったのか不思議でならないんだが、それを口に出して聞くほど、空気の読めない子供じゃない。


「サキちゃんには冒険者の生活サイクルが分かって来たかい?」


「はい。えっと、ギルドで依頼を受けて、依頼日まで準備を行って、現場で依頼内容を達成して、ギルドで報酬を貰うんですよね」


 私はセルジオたちの行動を常に後ろから見て、気付いた事があった時はメモを取ってたので、大凡の事は何とか把握していた。

 といっても、あくまで理解しているのは行動だけなので、何でそうしないといけないのかはまだ分かっていない部分がある。


「そうです。依頼にはいくつか大まかな種類がありますが、基本的な依頼はここにあるクエストボードに張ってある依頼書から依頼を選んでいきます」


 そう言って、ディストはギルドの入り口から右側にある依頼書ボードを指さした。


「・・・凄くたくさんあるの」


 メイが驚くのも無理はない。


 そこには百枚以上の依頼書がびっしりと貼られていた。

 ボードの前には何十人もの冒険者が、そこに貼られた依頼書を見ながら、依頼書を手にとると受付に渡していく。

 受付はそれを受け取り、依頼を受ける冒険者のプレートを確認すると、いくつかの説明を行って依頼に向かう冒険者を見送っていた。


「この中から選んでいくんですね」


 今まではセルジオ達が私やメイを考慮して選んでいたが、今回からは自分で依頼を受けないといけないのだ。


「まあ、今のあんたに受けられるのはこれぐらいだけどね」


 その様子を見ていた私に、ミリアはそう言って三枚の依頼書を渡してきた。


 その三枚の依頼書とボードに張ってある依頼書を比べて、私はある事に気付いた。


「・・・これって、私は白い依頼書しか受けられないという事なんですか?」


 依頼書は様々な色紙が使われており、ボードには黄色や緑と言った様々な色紙の依頼書があったが、どれもが冒険者プレートの色と共通していた。

 そして、私に渡された依頼書は白い紙の依頼書だけだったのだ。


「ああ、依頼書の紙の色が、自分のプレートの色より上位の色だと依頼を受けることが出来ねえ事になっている。

 サキの嬢ちゃんに受けられる依頼は今のところ、初心者用の三つの依頼書だけだな」


 ヴィクターがそう言って私は依頼書の内容を見る。

 この世界の文字を読むのに苦労したが、生き物の絵やマークなど、文字が読めない人の為にもわかりやすいようにしてあり、大まかな内容は理解できた。


 その三枚の依頼書はこう書かれていた。


 討伐依頼:グラスウルフの討伐

 依頼報酬:一体当たり銅貨二十五枚

(魔石による討伐証明)

 依頼条件:品質『可』以上、五体以上

 受注期限:なし


 採取依頼:エイド草の採取

 依頼報酬:一本当たり銅貨五枚

 依頼条件:品質『可』以上、五枚以上

 受注期限:なし


 護衛依頼:リアリス村の護衛

 依頼報酬:一日当たり銀貨五枚

 依頼条件:4名以上、2週間以上の滞在

 受注期限:牛の月まで


「・・・全然内容が分からないんですけど」


 品質『可』とか、意味わからないし、何というか全体的に説明不足すぎて、これだけではどのような依頼なのか全然分からなかった。


「まあ、細かい内容は受付の人や依頼者に聞けばいいからよ」


「大事なのはそれぞれの依頼にはメリットとリスクがある事です。

 採取依頼というのが一番報酬が少ないのですが、基本的に一番リスクが少ない依頼と思ってください。

 逆に討伐依頼は採取依頼より報酬が大きいので稼ぐにはもってこいなのですが、実力が低かったり、運が悪かったりすれば死にます」


 ・・・簡単に死にますとか言われても、こっちはこの一週間で何度も死にかけたので、全然笑えないんだけど。


 オークボアに見つかって突撃された時は終わったと思ったし、コボルトの大群が襲いかかった時はメイを抱きしめる事が精いっぱいだった。

 どちらもチームのみんなが危なげもなく護ってくれたが、私としてはあんな危険な場所に自分から向かうのはごめんだ。


 でも確かに確認してみると、採取依頼と討伐依頼では報酬がかなり違っていた。

 採取依頼の報酬はエイド草一本当たり銅貨五枚、つまり宿屋に泊まるためだけでも、最低八本はとらないといけない事になっている。

 これがどれくらいの難易度なのかは分からないが、私個人が見つけて持ち帰れる量を考えれば、大した稼ぎにならないだろう。

 逆に討伐依頼は魔石が証明だという事だから、あの小さな魔石をギルドに渡せば、相場により少し高い金額で買い取れることになるから稼ぎが大きいのだろう。

 それでも、あの狼みたいな奴を二体も倒さないと宿に泊まれない計算になるけど。


「そして、この護衛依頼のような余り数の多くない依頼ですが、このような依頼は当たり外れのリスクが一番デカい依頼です」


「・・・護衛って、見回りをしたりする仕事ですよね? それなのに何で一番リスクが高いんですか?」


 どう考えても魔物の討伐が一番リスクが高いように見える。

 護衛の仕事がどういう依頼かよく理解していないが、討伐よりも報酬が大きいようにも見えるし、そんなに命の危険があるように見えないのに・・・何で?


「アンタみたいに訳ありが一番多い案件だからよ。見てわからないかしら?」


 私が疑問に思っていると、ミリアがハッキリとそう言って理解してしまった。

 ・・・反論できないのが非常に悔しい。


「この依頼は仕事内容に対してあまり書かれていませんよね?

 それは冒険者にとって割に合わない仕事である事を知られないようする為なのです。

 例えば報酬の一日当たり銀貨五枚ですが、これだけ見ればこの依頼は破格に思えますが、条件に冒険者四名以上と書いてありますよね?

 例えば五人チームでこの依頼を受ければ一人当たりの報酬が五等分されて銀貨一枚になってしまいますね?」


 ・・・あ、そう言えばそうだ。


「加えて村の護衛という事はその村まで遠征しなければなりませんし、期限までその村で宿をとらないといけません。

 依頼にかかる費用が報酬よりも上回る可能性がありますし、何よりこのような依頼は失敗すれば報酬が貰えないだけでなく、逆に罰金を支払ったりしなければいけません。

 加えて言えば、この時期は稲作の収穫の時期なので、魔物が活発に村の食料を狙ってくる時期です。

 それを聞いても、美味しい話だと思いますか?」


「・・・全然思えないですね」


 遠征というだけで既に不味い気がする。クレイはここにいないけど、この町以外には兵士や騎士がたくさんいるかもしれないんだ。

 なにより、メイを連れていくにしても、置いていくにしても、厳しい状況になるのは間違いないだろう。

 そもそもの話、魔物が襲いかかってくるかもしれないと分かっていて、護衛そんな依頼をやりたいとは思えない。


 でも、銀貨一枚という安定した収入を考えれば悪くないかもしれないけど・・・


「・・・因みにこの『リアリス村』って、ここからどのくらいの距離になりますか?」


「馬車を使っても丸一日はかかるね。因みにあの村に行く人間は少ないから恐らく徒歩になると思うよ。

 その場合は一週間はかかると思うけど・・・」


「はい、今のは聞かなかったことにしてください」


 移動費用で完全に収支が合わなくなった。むしろ、こんな依頼で受けようとする冒険者はいるのだろうか?


「まあ、今のはそういう可能性が高いというだけだよ。報酬ももしかしたら『一人当たり』の金額かもしれないし、護衛も形だけで自由に過ごしていいのかもしれない。

 まあ、そういう好条件は少ないけど、サキちゃんが選びたいなら選んでいいよ」


 ・・・いや、無理でしょ。そんなギャンブルみたいな依頼に付き合ってられないわ。


「・・・とりあえず、私はこの採取依頼というのを受けてみたいと思います」


 そう言って、私はこの中で一番稼ぎが少なく、安全そうな採取依頼を受けることにした。


「まあ、俺達もそれを勧めようと思っていたけどな。サキの嬢ちゃんには他の依頼をこなせるように思えねえ」


 ・・・だったら、どうして他の二つも渡したのかって話になるんだけど!?


「言っておくけど、これはセルジオが言い出した事だからね!?

 自分の身の程を知らないで、稼ぎの良い討伐なり護衛なりの依頼を受注するようモノなら、セルジオが止めていたわ!」


 ・・・つまり、私が間違った道に行かないように試したという事?

 それはありがたいけど、いくら私でも死地に向かって喜んで行くほど馬鹿じゃないと思ってるんですが・・・


「ちなみにエイド草がどういう草か分かってんの?」


「知っています。回復薬の原料に何度も使いましたから」


 クレイの店で何度も見てきた。何度も見て、十分に見飽きている。

 私が回復薬を作る時はこの草と水の比率を試すのに何度も苦労した。

 エイド草にも品質が良いものと悪いものがある。良いものは高品質な回復薬を作り出すことが出来るが、悪いものは一枚じゃ完成できず、魔力を無駄に流すだけで・・・思い出すと、あの頭が痛くなる苦悩が蘇る。


「あっそ、じゃあ私はセルジオと街をぶらついているからあんただけで行ってきなさい」


「え?」


 ・・・あんただけって、え?


「今日は一緒に来ないのですか?」


「・・・あのね、私達もアンタにずっと付き合っているほど暇じゃないの!

 エイド草の草原地には強い魔物はいないし、好戦的な奴もいない。

 これぐらいの仕事を一人で出来ない様じゃ冒険者を止めた方が良いわよ」


 確かに今後も冒険者を続けていくのであればそうなのだろうが、でも約束は?

 いや、クレイも毎日毎分毎秒護衛しろって言ってなかったけど、外は危ないんじゃなかったの?


「いや、俺は別について行っても・・・」


 と、セルジオが何か言おうとしたところでヴィクターが割って入った。


「今日は俺とディストだけで十分だ。お前とミリアは十分に休息をとってくれ。

 明日は俺らが代わりに休むからよ。そうしようぜ、な、ディスト」


「え・・・あ、ああ。そうですね。護衛はヴィクターがやりますし、採取のコツは僕が教えます。

 今回はリーダーの出番がないと思うので、この機にしっかり休んでください」


 ディストも察すると、ヴィクターの意見に同調した。


「えっと、サキちゃんはそれでいいかな?」


 セルジオは困った顔でこちらを見ていたが、私は空気を読むことにした。


「今日はミリアさんと一緒に休んでください。私の事なら気にしなくて良いですので」


 本当は着いてきて欲しかったが、ここで我が儘を言えば、今後に影響が出るかもしれない。

 ヴィクターとディストも私に着いてきてくれるし、しょうがない。


「・・・ほら、この女もそう言っているし、さっさと行きましょ!」


「え、えっと、頑張ってね」


 セルジオは罪悪感を表情に出しつつもミリアと一緒にギルドを出ていった。


 二人の姿が見えなくなって、ヴィクターとディストはため息を吐く。


「ふぅ、悪かったな。変に気を使わせてしまって・・・」


「いえ、皆さんの空気が悪くなるのはこっちとしても嫌ですから」


 ・・・それにしても、セルジオはあんな態度をとるミリアの気持ちに何で気が付かないのだろうか?


「ミリアも本当は悪いやつじゃないんだが、サキの嬢ちゃんがやって来て、少し焦っているんだよ」


「リーダーに限って、サキ嬢に手を出すとは思いませんが、念のため距離を置いた方が良いかもしれませんね」


「・・・そうですね。ミリアさんにこれ以上嫌われたくないですしね」


 私としてはあの二人のイチャイチャなやりくりを見てみたい。

 でも、私が近づけばミリアが勘違いして、ドロドロした敵対する場面になってしまう可能性がある。

 二人の事を応援したいのに近づけないなんて、何というジレンマ!

 ああ、神よ。恋とは難しいものなのですね!


「・・・何でサキの嬢ちゃんは嬉しそうなんだ?」


「まあ、いいんじゃないですか? 価値観は違いますが、悪い人じゃないんですから」


 私はセルジオとミリアを見送ったあと、採取依頼の依頼書を受付に渡した。


 これから、私の本当の冒険生活が始まるのだ。


「・・・リアリス・・・村?」


 その時のメイのいつもと違う顔に私は気付いていなかった。

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逃げた先は異世界でした~勇者と陣士の閑居生活~ Re:you @Reyou

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