第32話 やっていることは日本人と同じ

 私はセルジオ達のチームに付き添って生活することになった。

 本来、冒険者になったばかりの人間はその日に依頼を受注したり、同じような新人冒険者を誘ってチームを組むことに時間を使うと聞いていたが、私の場合は事情が違っていた。


「とにかく、サキちゃんはすぐに依頼をこなすより、外の世界に慣れてもらった方が良いと思う。

 初めての依頼を受けるのは悪いけど期限のギリギリまで待ってもらって、その間、サキちゃんには俺達と同行してもらって、冒険者の仕事がどういうものかを理解してもらいたいんだ」


 そう言われて、セルジオ達のチームと一緒に行動する事になったのだ。

 その意見に私は賛成した。私が冒険者として生きていくには余りにも知らないことが多かったからだ。

 この世界に来て一ヶ月は経っていたが、基本的にはクレイのお店に閉じこもっていたので、この世界について殆ど何も知らないのだ。


 だから、最初は彼らの後ろをついていくだけで、何をすればいいのか分からず、ミリアに怒られたりしていたが、自分の目で彼らを、周囲の様子を見ることに専念した。

 そう意識して二、三日経った頃に、少しだけだが、自ずと冒険者について分かった事があった。


 冒険者とはズバリ仕事なのだ。

 いや、他の人が聞けば当たり前に思うかも知れないが、何を言っているんだってツッコむかもしれないが、私にとってはこれが分かった事が遙かに大きな意味をする。


 冒険者は仕事。

 仕事とは社会。

 つまり、日本社会と同じようにそれぞれに工程や役割という者があるのだ。


 工程はまず、依頼を受注することから始める。仕事の内容や報酬、自分たちの実力や今後の予定を把握して、見合った依頼を受けるのだ。

 これがチームではセルジオが決断していたが、その際もきちんとみんなの意見を確認していた。


「今日の依頼なんだけど、オークボアの討伐に行きたいと思っているけどいいかな?」


「いいんじゃねえか? アイツらは突進だけに気をつければ問題ねえし、サキの嬢ちゃんを護るにもやりやすい」


「ちょっと、今さらあんなのを相手にするの!? もっと強い相手でも良いんじゃない?」


「この近場で僕達の実力に見合う場所はフォレス大林にしかいませんよ?

 そして、今のサキ嬢やメイの実力であそこへ連れていくのは危険すぎます」


 ・・・というような会議を事前に行ってから依頼を開始するのだ。


 ちなみにどうでもいいことだが、私はセルジオの勘違いによって、ヴィクターやディストなどの一部の人間から『サキの嬢ちゃん』、『サキ嬢』といわれるようになった。

 私がお嬢様に見えても不思議ではない美貌の持ち主なので仕方がないとはいえ、本当はお嬢様でも何でもないのだが、訂正すればややこしいことになるので、自分のあだ名だと思って突っ込まないようにしている。


 とにかく、クエストボードから依頼書をとって、受付に連絡を行うと、すぐには向かわずに、今度は道具の準備を行う。


 この準備時間にもしっかりと役割をそれぞれが担っていた。

 セルジオとディストは今回の依頼に必要な道具を調達し、ミリアとヴィクターは今回持っていく荷物の点検を行う。

 細かい役割があるようだったし、日によっては役割が変わったりすることもあるけど、基本的には全員で役割分担して準備を行っていた。


 僅か一時間程で準備を終えたら、セルジオがルートや所要時間などの最終確認を行ってから、ケルクの外に出て目的地へと出発するのだ。


 依頼の魔物が住む生息地へ向かうまでの移動にも役割が存在した。

 セルジオが先頭で皆の様子を確認しながら先導している間、ヴィクターは後ろから魔物に強襲されないように警戒しながら進んでいた。

 ミリアもたまに地図とコンパスを使って現在位置を確認したり、ディストは辺りを見渡し、魔物の痕跡などを発見すれば警戒するように伝え、それを聞いてセルジオがどうするか判断していた。

 何というか、それぞれの長所を生かして役割を果たしているという感じだった。


 それは戦闘に限っても言える。


 目的地について目当ての魔物を発見すると、セルジオが小声で声をかけた。


「いいか? オークボアは突進力が凄い。正面には必ず立ち会わないようにする事。

 確認できるボアは二体だけど、出来れば一体ずつ相手したい」


「じゃあ、どうする? 俺が標的タゲになっておびき寄せようか?」


「そうね。オーソドックスな作戦でいいと思うわ。ヴィクターが囮をしているうちに私がサポートでセルジオが撃破すればいいんじゃない?」


「それじゃ、僕は周囲を確認しておきますね。二匹目が気付いた場合は襲い掛かったり、逃げ出したりしないように矢で牽制しておきます」


「よし、それじゃ行くぞ!」


 セルジオが最後にそう言って、それぞれが役割を全うし、魔物を倒していった。


 セルジオが携えていた双剣で魔物を倒す役割だとすれば、ミリアは魔法を用いて相手を混乱させ、セルジオをサポートする役割をしていた。

 ヴィクターは盾や長い槍を使って先陣を切って攻撃したり、仲間に近づく魔物を盾で妨害していた。

 ディストは周囲を確認しながら、遠くから弓矢で牽制したり、道具を使って仲間に合図を送ってたりと周囲の場を整えていた。


 魔物を倒した後はセルジオとヴィクターが周囲に魔物がいないか見張りをして、ディストが魔物の剥ぎ取り、ミリアが魔物を燃やして処分していたのだ。


 そうやって、それぞれの役目を果たすことで、この人達は外の世界を無事に行き来しているように思えた。


 それが分かったから何が変わるんだと言えば、私自身は何も変わらないだろう。

 だけど、それが分かった事で、私のやるべき事が見えてくるようになってきた。


 彼らがそれぞれに役割を持っているように、私は彼らの役に立つことを率先してするようにした。

 はじめは荷物持ちや倒した魔物の剥ぎ取り、使った武器の手入れなど目に見える部分でやれることを行った。


 彼らの仕事に比べれば大したことじゃないかもしれないが、誰にでも出来るようなことでも、私が代わりに請け負う事で、その分彼らの負担が減って楽になるのだ。


 これが正しいのかは分からないけど、今の私にはそれしか出来ない。


 私には魔物を倒すことも、魔物を惹き付けることも、場を調えたりする事も出来ない。

 こんな誰にでも出来る事ぐらいしか自分の価値を示せない。

 だから、嫌な事でも我慢して率先してやった。

 メイも手伝おうとしてくれたが、これは私の問題なので自分の事だけに専念させた。


 おかげで、セルジオ達のチームに溶け込むことが出来て、少なかったが報酬の分け前を貰えた。

 色々と役立つ知識や危険な場所を教えてもらうことが出来た。


 荷物を持って歩くだけで足がパンパンで疲れるし、魔物の死体を思い出して肉が食べられなくなったし、雑用の仕事が手一杯で自分の時間が確保できなくなった。

 加えて宿屋には風呂は無く、水で濡らした布で拭くように戻ってしまったし、夜中に物音があれば眠れなくなってしまった。


 それでも、私は冒険者として上手く溶け込むことに成功したと言えるだろう。


 他の新人冒険者は宿にもロクに泊まれず、衛生的に悪い馬小屋で寒さに堪えながら夜を過ごしているのだろう。

 何も知らずに危険な依頼を受けて、何もわからないまま魔物に殺されているだろう。

 誰かに守られずに危ない場所で殺されたり、誘拐されたりすることもあるだろう。


 それに比べたら・・・全然マシだと思う。

 私はまだ生きていける。


 そんな事を思い続け、私が冒険者になって一週間が過ぎた。


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「・・・というような手順で回復薬を作っています」


「へー、こりゃすげえな」

「これで回復薬を購入せずに済みますね」


 私はヴィクターとディストの前で錬金術を用いて回復薬を作っていた。

 回復薬は依頼がある毎に毎回調達をしていたので、自分が作ることで負担が減るんじゃないかと思い、そう告げたのだ。


「品質も問題ないですね。応急程度ならこれを使っても問題ないでしょう」


 ディストは元々薬師ギルドに所属していて、薬草や薬物の知識が豊富なため、品質を確認することが出来るらしい。

 なぜ冒険者になったのかは教えてくれなかったが、お酒が入ると、薬師ギルドの愚痴が飛び交うので何となく察する事は出来る。


「本当は触媒にオケラ草というのを使えばもっと楽に生成出来るんですけど、店に戻って取り寄せることが出来ないので、今は一日に五本程度しか作れません」


「いやいや、十分だ! 水とエイド草一本で回復薬が作れるなら、十分にすげえよ!」


「エイド草の買い取り相場は銅貨五枚で、それに対する回復薬の相場は銀貨一枚ですからね。

 僕も作れないことは無いんですが、陣術を扱えないので道具を揃えて時間をかけないと駄目なんですよ」


 二人が褒めてくれることで、私は嬉しくなり私は少し上機嫌になっていた。


「それじゃ、これを売ったら少しは返済の足しになりますね」


 回復薬の相場が銀貨一枚なら、五個作れば銀貨五枚になる。毎日作っていけば、金貨二枚はあっという間だろう。


「ん、あぁ、それは無理だぜ。回復薬の直接売買は禁止されている」


「え?」


「薬師ギルドで承認を得た回復薬しか売っては駄目だからですよ。

 もし、サキ嬢が無断で回復薬を作って売ったりしたら、この街じゃ重罪で最悪首が飛びますよ」


「・・・そ、そうですか」


 上機嫌に慣れたのは一瞬だけだった。まあ、そんな美味しい話があるわけないか。


 考えてみれば日本でも処方箋の薬は許可なく買う事が出来ない。それと似ていて、信用できるか分からない回復薬が販売されて問題が起きれば回復薬の信頼が落ちてしまうからなのだろう。


「ま、まあ、個人やチーム内で使う分には問題ねえから気に病む必要は無いぜ」


「そうですよ! それに、初級の万能解毒薬も作れるんですよね!?

 それが出来る新人冒険者はサキ嬢だけですよ!」


「・・・そうでしょうか?」


 そう言われると、何かうれしくなる。

 お世辞とは分かっていても、必要とされてる感じがして心地いい。


「私もおねえちゃんはすごいと思うの!」


「・・・えへへ、メイちゃんがそう言うならそうかもね!」


 メイからそう言われると本当に嬉しくなる!


 ああ、メイちゃんは本当にいい子だ!

 彼女がここに居なきゃ私はもうここでやっていけなかっただろう!

 彼女の笑顔だけが私の活動力!

 つまり、妹エネルギー!


 少しテンションがおかしくなっている私に若干引いていたヴィクターとディストは遅れてきたセルジオとミリアに気付いた。


「おい、遅いぞ」


「ごめんごめん、サキちゃんに合ったのを探しててさ」


 そう言って軽く謝るセルジオの後ろにいるミリアは不機嫌だった。


「私は適当でいいって言ってんのに、このバカは時間をかけて探すのよ!?」


「ミリア、サキちゃんは大事な仲間だ。慎重に選ぶのは当然だろ?」


「だって、今日は私の買い物に付き合ってくれるって言ったじゃん!」


「買い物なら後で付き合うからいいだろ?」


 ・・・うわ、これはまた不味いことが起きているわ。


 何を調達したのかは知らないけど、これじゃミリアより私を大事に扱っているように見える。


「セルジオさん、ミリアさんの前でそう言う態度はどうかと思います」


「・・・え?」


 私はセルジオに注意した。こう言うのは拙速に対応する方がいい。

 ミリアさんにこれ以上敵視されたら、たまったもんじゃない。


「護衛対象である私を気にするのも分かりますが、私よりも仲間である皆さんを優先してください!

 私の事は自分でしっかりやりますので!」


 こう言っておけば、私がセルジオに気がないことに誰もが気づくだろう。


 仕方のないことだ。

 私がこのギルドの中で一番可愛いことは分かっている!

 こんな辛い生活を送っても、私は毎日三回の顔洗いは欠かさなかった。

 髪もクレイから教わったレシピを駆使してシャンプーを陣術で作りだした。

 風呂に入れなくても、石鹸を使って念入りに体の汚れは拭った。

 ただでさえ美しい私が美貌を維持するために努力しているのだ!

 周囲にいる数少ない女冒険者よりも目立って美しいのは当然であり必然なのだ!


 セルジオがそんな私に貢ぎ物をしたいと思う気持ちは分からなくも・・・


「えっと、サキちゃんの為に比較的安全な依頼書を探したんだけど、余計なお世話だったかな?

 俺らが提案したとはいえ・・・今日が更新の〆切でしょ?」


「・・・あ、いえ、何でもないです」

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