第31話 毎日こんなことをやるの?
「・・・気持ち悪い」
私は目の前の光景に吐きそうになっていた。
「おねえちゃん、大丈夫なの?」
メイは私を心配するように背中をさすってくれる。気遣いの出来る妹で本当に嬉しい。
「・・・呆れたわ。魔物の死体を見ただけで吐くなんて、本当に冒険者になる気あるの?」
「・・・こ、心の準備が出来ていませんでした」
私はドロシーと出会ったその日の午後、近場の草原でセルジオ達の魔物狩りに付き添うことになった。
実際に依頼を受ける前に、外を知らない私のために経験をしてもらうためだそうだ。
町の外の光景を見たときは我ながら感動した。
一応外に出たのはこれが始めてではないのだが、前は夜中だったのと、景色を堪能する余裕がなかったので、全然覚えていない。
そこにはテレビで見たスイスの草原の写真のような青い芝と、ゆっくりと下っていく丘の先には大きな山がある。
人工的なアスファルトやコンクリートの地面ではなく人や馬車の跡によって出来た細い道。電柱や信号のない光景は自分が住んでいた町では決して見られない自然というものを感じさせた。
・・・とまあ、そんな光景に喜べたのは最初の三十分だけだった。
浮かれ気分だった私の前に突然魔物が現れた。狼のような魔物で『グラスウルフ』と言うらしい。
そんな魔物に襲われそうになったところを、セルジオ達が倒してくれたのだ。
襲われて命の危機だった状況に私は遅れて恐怖した。そして、目の前の魔物の悲惨な死骸を見て気持ち悪くなったのだ。
「ほら、ディストに教わって魔物の皮を剥ぐのを手伝ったらどうなの? 今のあんたでもそれくらいの仕事は出来るでしょ!?」
しかし、この状況に気分が悪くなっているのは私だけのようで、他のみんなはなんともない様子だった。
それこそ、冒険者ではないメイも私のように気分を悪くしている様子はなかった。
・・・分かっていたことだけど、この世界の人達と私とは命の価値観が違う。いや、そんなのは言い訳だ。
私がまだこの世界に馴染めてないだけだ。
「わ、分かりました」
「無理しなくていいんだよ!?
冒険者として色々教えるのは明日からなんだし、ミリアが言ったことを気にしないでいいよ!」
「大丈夫です。せめてこれくらいはやらないと・・・」
セルジオの配慮を断って、私はドロシーから売ってもらったナイフを手にしてディストの所に向かい、指導を受けた。
魔物の死体はまだ温かく、筋肉がピキンと固まっていて、先程まで生きていたことが伝わる。
その魔物をナイフで胸部から腹部にめがけて力をいれて切っていくと、グジュっとした触感を感じた。
そこから私は何も考えないようにした。感じてしまったら動けないと思い、ただただディストの指示にしたがって、心を機械のようにして皮を剥いでいく。
「皮を剥ぐときはなるべく肉がつかないように薄く・・・ストップ!
その膜まで削ろうとすると、加工時に皮が破けますので、価値が下がります。注意してください」
私はディストに時に見本を見せてもらいながら、何とか皮を剥ぐことに成功した。
そして、次の行程が大事だと言われて私は胸部に切り口を入れた魔物の肉に手を入れる。
皮を剥ぐのに時間がかかったためか、肉はすでに冷たくなっていたが、黒い血がドロリと手に付き、肉を掻き分けるごとにグチュっと音をたてる。
・・・私は考えることを止めてひたすらに無心になる事を意識した。地球ではテレビをたまにしか見ていなかったけど、こういうグロテスクなのは見られなかった。
「そう、そこに手を突っ込んで手探りで抜き取ってください」
私はディストに言われて手を奥に進めると、何か固いものに触れ、それを傷付けないようにナイフで切り取りながら取り出した。
「・・・これは?」
それは宝石のように輝いており、透明な薄い紫色の小石だった。
「
これは魔物を討伐した証にもなりますし、売れば結構な金になります。
冒険者の多くはこの
つまり、この魔石が魔物の中でもっとも価値のある部位ということになるのか。
「ちなみに、これでいくらになるの?」
「これぐらいの魔石だと銅貨二十枚位だね。
これに毛皮や肉をきちんと捌いて売れば銀貨二枚位になるけど、皮や肉は処理に時間がかかってしまうし荷物になる。
だから魔石以外は必要な分だけとって、残りの大半は魔石以外を焼いたり、埋めたりするのが普通だね」
銀貨二枚
それがどれくらいの価値になるのかは分からないけど、私はその分のお金を得る代わりに、魔物に殺されそうになった。
・・・えっと、じゃあ何?
こんな作業を今後も何十回、何百回とやらないといけないの?
こんな命懸けの仕事を休むことなくやらなくちゃいけないの?
「ああ、でもこのグラスウルフって魔物はこの辺りで借りやすい魔物だからそんな値段であって、遠くにいる強い魔物になってくれば魔石の価値はグンと上がるぜ。
例えば、竜種の魔石なら一番弱い魔物でも銀貨何十枚ってするからな」
ヴィクターが補足するようにそう言ったが、私はそんなどこにでもいるような魔物に殺されかけたんですけど。
「まあ、竜種を一人で相手するには赤以上になれる実力がないと無理でしょうけどね」
「けど、今のギルドマスターは赤龍を倒して、金貨数百枚を手に入れたらしいぜ?」
・・・同じ魔石なはずなのに、差が違い過ぎない?
そりゃ、希少価値によって買い取り値段が上がるのは普通だけど、同じ魔石なのになんでそんなに値段が違うの?
というよりそもそも疑問だけど・・・
「魔石はどうして売れるんですか?」
いくら宝石だからといって、こんな石が売れるのであれば、そこら辺の石ころでも売れるはずだ。
そうじゃないとするなら、この石には何かしらの使い道があるのだろう。
「魔力の塊が魔石だからに決まっているでしょ!
ギアで長時間灯りを付けたり、私達が持ってる魔力の代わりに使ったりするときに、その魔石を燃料にする。そんなのは常識でしょ!?
というより、何でそんな事を知らないのよ?」
・・・やばい。興味をもって何も考えずに聞いたら、墓穴を掘ってしまった。
「え、えっと、クレイの店ではそう言う事が無かったから・・・その・・・」
クレイの家ではそう言うのは無かった。私の部屋はろうそくの灯りだったし、リビングや店内の明かりは何の手入れをしなくても、スイッチを入れるだけで勝手についてくれたからだ。
思えばあの時に疑問をもてばよかったんだ。
クレイの非常識さを舐めていた。変なところで自慢するのに、こういう大事なところは何も言わないとか余計腹立つ!
「ああ、クレイの兄貴の所は仕組みが別なんだ。
あの人は結界を利用して地脈から流れている魔力を通しているから魔石を使ってない。だから燃料である魔石をギアに補充をする必要はないんだ」
「そ、そうだったんですね」
地脈って確か、陣術で結界を施すときに設置できるスポットだったっけ? 陣術を教わったときにクレイが言っていた気がする。
地脈は基本的にどこにでもあるが、強い場所と弱い場所が存在し、強い場所は資源が豊かだったりするけど代わりに魔物が住み着きやすいんだったっけ?
「それにしても、知らなかったということは、ギアに魔石を補充したりしていなかったってことだよね。
だとすると・・・もしかしてサキちゃんって良いところのお嬢様?」
「だったら、今までの非常識さも納得できますね。常識に疎く、外の世界を知らないように見えましたが、教養は出来ているし、礼儀も平民よりしっかりしている。
箱入り娘だったと考えれば、見事に辻褄が合います」
「えっと・・・その・・・そんなところです」
流石に国から逃げ出した勇者だと言えないため、そういうことにしておいた。
そう認識してもらえれば、今後も分からないことを聞きやすくなる。
「・・・だからといって、今までのように知らないやらないは通じないから!
冒険者になったからには実力以外に立場は証明できないの!」
ミリアはそう言って、黄色のプレートを私に見せつけた。
別に見せつけなくても、セルジオに手を出すつもりはないのに・・・、でも、確かに知らない出来ないで何もやらなかったら冒険者になった意味がない。
だって、クレイが私を冒険者にしたのは強くなるために意味があるはずなんだから。
「因みに魔石の使い方は他にもありまして、魔術士が魔法を使うときや陣術で結界を敷く際の燃料代わりにしたり、中には薬の原料やギアの素材として使われる事もあります」
そう言えば・・・クレイもギアを作った時に似たような石を使っていたわね。
一度だけギアを作っているところを見せて貰ったことがある。何をやっていたのか、どういう説明だったかまるで理解できなかったが、錬金の原料にこういう石があったような気がする。
・・・いや、これじゃなかったっけ?
「多分、これよりも大きくて高価な魔石を使えばあの人の場合はギアの作成が出来るんだよ。
流石にこんな小さい魔石じゃ無理かもしれねえが、だからこそギアは高価で取引されているんだ」
いや、大きさ的にはこれと同じぐらいだったような気がするんだけど。
え?・・・まさか原価が銅貨二十枚の魔石をギアにして金貨何枚、何十枚にして売っているわけ?
そりゃボッタくりでしょ! 滅茶苦茶だよ!
利益収支が傾きすぎているよ!
金に困らないわけだ。私達冒険者が命を賭けて銅貨二十枚を稼いでいるのに、あいつはそれを使って金貨何枚も手にすることが出来るんだから!
錬金術って確か卑金属を金にする技術の事だったっけ? まさにその通りになってるじゃん!!
・・・ヤバい。アイツの金銭感覚に慣れたらダメなような気がする。
「・・・さっきから何を考え込んでいるのよ?」
「え、いえ、何でも・・・」
・・・この事はこの人たちに伝えないでおこう。間違ってたらそれでいいし、合っていたとしてもいい事は一つもない。
「えっと、じゃあ、魔物を倒した場合は魔石を持って、他は処分するのですね?」
「魔物によっては持って帰った方が儲ける部位もあるけど、基本的にはそうだね。今回はこの魔石と皮を持って帰って、残りは焼いていこうか」
そう言って、セルジオは毛を剥ぎ取った魔物に油をかけた。よく燃えるようにするためなのだろう。
「・・・何で倒した魔物を焼いたり、埋めたりするの?」
「放っておけば、魔物の死肉が原因で伝染病が流行ってしまったり、死肉の臭いに連れられて他の場所から危険な魔物が寄ってくるんだよ。
他にもゾンビになって生き返ったりする事だってあるんだからな」
メイの質問にヴィクターが答えると、ある単語を私は聞き返した。
「・・・ゾンビ?」
え・・・ゾンビってあれ?
ホラー映画とかでよく出てくるあれ?
噛まれると自分も同じようになってしまうアレ!?
「スピリットという霊体型の魔物が夜にいるんですけど、それが魔物の死肉に憑依してアンデットになったりするんですよ。
教会の人間が扱う神聖術を使えないと倒すのは苦労しますし、倒したところで肝心の魔石が小さすぎて割に合わないんです」
スピリットってアレですよね? 要は幽霊の事ですよね!?
・・・ゾンビとか、幽霊って、この世界にいるの!?
この世界はホラーじゃないのよ!? 色々と疑問があるけどファンタジーの世界なんだよ!?
・・・いや、ファンタジーだからいるのか!?
「だから夜になって、魔物に恨みを持たれて襲われたくなければ、きちんと処分をする事ね」
「・・・ハイ! 必ずやります!」
無理無理、絶対無理! そんなのがこの街に現れてたまるか!
「燃やせないような魔物や環境の場合でも、土に埋めることだけはしておきなさい。まあ、あんたには無縁の話だと思うけど」
そう言って、ミリアは杖を死んだ魔物に向けると、よく聞き取れない単語を呟いていた。
「『
最後にそう唱えると、杖の先から白い糸みたいなものが流れ出して、それが魔物に付着するとそこから発火して魔物が燃え始めた。
「これで処分は完了よ。この辺りの魔物は火に近づいたりしないけど、一応結界は張ったり、見張りを置いたりするようにしなさいよ」
「・・・」
私は驚いていた。
あの杖はただの杖だ。ギアを装着してないただの木の棒だ。なのに彼女はそこから火を起こした。
「返事は?」
「あ、はい!」
この時、私は何気にクレイ以外で魔法を使ったのを始めて見た事に気づいた。
やっていることはライターで火をつける程度の事だったし、本人も大した事じゃないと思っているかもしれないけど・・・
私はこの世界に来て、初めて魔法というものに憧れてしまったのかもしれない。
・・・燃やしているのが、魔物の死骸じゃなかったらの話だけど。
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