第30話 勇者の学校生活その1

 王都にある騎士庁舎内には王国の騎士へなる為に存在する騎士学校というものが存在する。


 そこには、准男爵や騎士爵といった準貴族の家系が家督を得るための儀式の場に、

 または、家督を継げない貴族の次男や女性が地位を手に入れるための学びの場に、

 もしくは、偶然ながらに生まれた有能な平民がその才を国へ貢献して成り上がるために、

 様々な目的や野望を抱きつつ、この騎士学校に入学してくる。


 そして、その学校でも優秀な能力を持つ人間が所属する特別クラスに、四人の勇者が所属していた。


「ねえ、シューヤは知ってる?」


「何がだ?」


 隣の席にいるヒロヤの声掛けにシューヤが面倒な態度で応じる。


「この国の辺境の町には冒険者が本当にいるらしいんだよ。今まで冒険者を見たことないけどさ、昨日その一人に出会ったんだよ」


「・・・それがどうした?」


「シューヤは驚かないの? だって、冒険者だよ!? 冒険者ギルドだよ!?

 そう言うのがあるって、やっぱり異世界だなって感じがするじゃないか!」


「ふん、興味ないな」


 ヒロヤがワクワクと楽しそうな顔をしているのに対し、シューヤはつまらなさそうに返事をする。

 だが、実際は声の調子が少し高くなり、トントンを足音を鳴らしている様子から興味がある事は周囲にバレていた。


「何で男子って冒険者とか憧れる系なのー?

 アタシはどうせならかっこいい王子様とか、騎士様とイチャイチャして暮らしたいしー」


 シューヤの一つ後ろの席ではレンがネイルをしながら、気だるそうにそう呟いた。


「確かにそれも異世界らしいけどさ、異世界の主人公としては一度くらいは自由に世界を見て回ってみたいだろ?

 今の俺達は魔王を討伐するためにこんな場所にいるけどさ、これが終わったらみんなで冒険者として動くのも悪くないんじゃないかな?」


「貴様らとずっと一緒にいるかはともかく、確かにこんな場所にずっといるつもりはないな」


「アタシは王都以外の場所なんて考えられないけどねー。

 まあでも、さっさと魔王を倒してさ、自由に遊びたいよねー」


 シューヤとレンが同意すると、ヒロヤは自分の隣にいる人物にも声をかける。


「ねえ、カエデさんもそう思うよね?」


「・・・」


 カエデはヒロヤの言葉を無視し・・・いや、ヒロヤの声掛けに気付かずに机の上にあるギアを見ながら無言でノートに何かを書いていた。


「・・・本当に感じわるー。というか、アイツだけ魔王を倒さなくていいとかズルくない?」


「文句を言うな。あの小娘は俺達と違って戦う才能が無かった話だ。

 何も出来ない人間を連れて行ったところで足手まといになるだけだ」


「いやー、そりゃそうなんだけどさー・・・なんかアタシ達ばっかり面倒な役を押し付けられる気がして、超ムカつくしー。

 あの根暗もそうなんだけどさー、アタシが一番むかつくのは真っ先に逃げたあのヒステリ女なんだよねー」


 レンの言葉に周囲にいるクラスメイトも反応し、ヒロヤは慌てて小声でレンに口止めする。


(彼女の事については他の人間に他言しちゃ駄目だって、この前にマリーさんに言われただろ!)


(呼ばれた勇者は四人だと国は公表しているんだ。勇者が逃げた事実を知ったら、経緯はどうあれ、国の不利益になると言っていただろう。

 お前は王女にお願いされた忠告をもう忘れたのか?)


「べ、別に忘れてないし! 誰が逃げただなんて言ってないじゃん!」


 再び大声で喋るレンの危機管理のなさにシューヤがため息をつく。


「・・・でも、未だに見つかっていないというのは確かに不思議ではあるよね。

 王都から出てはいないという話だけど、今は何処にいるんだろう?」


 ヒロヤはこの世界に来てまだ一月ちょっとしか経過していないが、この国について色々と調べたりしているので、その異常性に気付いていた。


 王都は確かにこの国最大の都市である。人口が五十万人を超える大都市で、それに見合う広大な土地面積がある。だから、この中から一人の少女を探すというのは確かに至難に思えもする。

 だが、そんな王都でも犯罪者が身を隠せるような場所は存在しない。何故なら王国騎士団が存在するからだ。

 王国騎士団に所属する騎士はわずか千人足らずで本部であるこの庁舎に存在する騎士は百五十人程度であるが、ここにいる騎士は一人で一般人百人分の能力を有していると言われている。

 そして、この国の軍事力は何も王国騎士団だけでない。その下の組織となり総勢五万人を越える王国の兵士達や教会に所属する教会騎士、貴族が直接使える私兵団など、多くの組織によって、この国は平穏を築いている。


 また、この王都は人はおろか、魔物が魔族が簡単に侵入できないように、王都の周辺に高さ五十メートルはある白い壁があり、空と大地にも侵入できないように結界というモノが張られている。

 そして、王の勅命で騎士団やこの王都の憲兵隊、教会に貴族の私兵団などが彼女を危険な目に遭う前に保護するために捜索しているのだが・・・


 一ヶ月を過ぎても未だに見つかってない。


(騎士団から王都にいる手掛かりはあったとの報告が二週間前にあったが、それ以降の報告がないとマリーは言っていた。

 マリー自身はまだ他にも何かを隠しているようだったが、表情を見るに良い内容ではなかったのだろう。

 もしかして、もう彼女は・・・)


「既にどこかでくたばっているのかもな」


「!・・・シューヤ!」


 軽率な言葉にヒロヤは大声でシューヤを怒鳴った。


「何をそんなに怒っている?

 これは彼女の自業自得だ。何もせずにそのまま出て行ったからこうなった。違うか?」


「それは・・・違うだろ?

 彼女の無事を心配して、ここに戻ってくれることを祈るべきだろ!?」


「それこそ無駄な事だと思うがな。あの女は戦いが嫌で逃げた臆病者だぞ?

 ここに戻ってきたところで何もできはしない。この世界の人間は『呼ばれたことに価値がある』という訳の分からない理由で探しているがな」


(・・・シューヤの言っていることが間違っているわけじゃない。確かに彼女に魔王討伐の任なんて荷が重すぎる事かもしれない。

 それでも、気安く死んでいるなんて言っていいものじゃない!)


「・・・ねえ、二人がアタシを口止めする権利があるワケー?」


「え・・・あ!」


 慌ててヒロヤは自分で自分の口を押えた。先程注意した内容をそのまま自分たちが破っていたからだ。


「まあ、そんなに心配するような事態ではないかもしれんがな。例えば、勇者の力で自力で抜け出している可能性もあるんだ」


「えー? でもあの女ってー、レベル1の時は何も表示されてなかったじゃん」


 勇者がこの国で呼ばれた際に、王国の秘宝と呼ばれるギアで勇者全員は初期状態の能力を確認されていた。

 そのギアは全体の魔力の保有量や割合を基に能力の傾向と現在の能力、そしてレベルが上がった際の潜在能力を知ることが出来る鑑識系統のギアでも最高クラスのギアだ。


「アレを見た限りー、ヒステリ女はそんな大して強くならないはずだったしー。

 そりゃ、その辺の人間よりは才能はあったけどさー、アタシ達どころかー、そこの根暗より能力が下だったじゃん」


 レンはヒロヤの隣にいるカエデに聞こえるように若干大きめの声で言ったが、当のカエデは表情一つ変えずに研究を続けて、その事にさらに不機嫌になる。


「あれで分かるのはあくまで基礎的な能力と適性だけだ。スキルまでは分からない。

 俺達も強力なスキルはレベルが上がってから確認できたし、偶然レベルアップして、ここから出ていくのに適していたスキルを持っていれば話は別だ」


「んー、そっかー。

 ・・・え、だとしたら、その女って、今頃チートで遊んでたりして!?

 うらやましいなー!」


 レンはシューヤの説明に納得しているが、ヒロヤはそうではなかった。

 騎士団の報告では彼女の痕跡が最近まで王都に残っていたのは確かだったのだ。

 それからどうにかして逃げ出したのならともかく、それまで見つからなかったのが奇跡ともいえる。自力で逃げ出したというのは考えにくい。


(今の話を参考にしてあり得るとするなら、

 彼女がスキルを使って騎士団や国の兵士に見つからないように王都に滞在している。

 もしくは・・・何者かが彼女を国の目を盗んで匿っているの二つになる。

 もし、後者の場合は・・・俺が勇者として彼女を助けないといけない!)


 そんな事を決意しているヒロヤに対してレンやシューヤは話題を変えようとしていた。


「そう思うとあの女がうらやましーな。アタシ達は今はこうして退屈な授業ばかりだしー」


「そう言うな。この時間だって騎士団では必要な事だと思っているのだ。

 『この騎士学校を通じて才能がある人間を魔王討伐の旅に勧誘スカウトする為に一時的にでも一緒に過ごせ』だそうだ。

 ・・・その才能のある人間がいないから無駄だと言いたいんだがな」


「だよねー。生徒はおろか、先生だって足手まといになるのが目に見えるしー。

 これならシューヤ相手に善戦したあの騎士の方がまだマシに思えるねー」


 その言葉に対して、一緒に居るクラスの人間がジロリと勇者達を睨むが、シューヤが逆に睨み返すとすぐに萎縮してしまった。


「ちょっとー、せっかく暇つぶしに喧嘩を買おうかなと思ったんだけどー」


「お前は手加減が出来ないから止めておけ。校舎事壊してしまえば大問題だろうが。

 ・・・まあ、この程度の睨みで大人しくなるような人間が騎士になるとすれば、この国はもう終わりだな」


 言いたい放題の勇者に何の反論もしないクラスメイトにシューヤとレンはつまらなそうに見ていた。


「・・・こんな事ならアタシだけでも王立学園に通いたかったなー。

 こんな冴えないもやし達と一緒に居るより、かっこいい王子とか大貴族の跡取りと一緒に居た方が絶対に楽しそうだったのにー」


 ここにいる生徒は騎士学校でも優秀な成績を納める人材たちが集められたクラスだ。

 だが、勇者はそれ以上の才と力を持っている。


 貴族の息子という立場も伴いプライドが高かった生徒も、勇者である彼らの前には通じなかった。


「・・・腰抜けどもめ」


 シューヤが追い討ちをかけても何も動かない。

 それでも、勇者たちに対する険悪な空気が晴れることも霧散する事は無い。これがいい方向に向かない事は第三者から見れば明らかだった。


(・・・レンもシューヤも、もっとみんなと仲良くすればいいのに)


 ヒロヤは二人の行動に指摘したかったが、二人との距離が近すぎるので、効果がないと分かっていた。


 しかし、この学校にそれを変えられる人材は存在しない。


「それにしても、新しい先生がくるのが遅いよな。新しく来た先生が代わりの担任になるって聞いたけど・・・」


 朝のHRの時間がもうすぐ終わる時間帯になっても、講師がここに来なかった。


「きっと、シューヤが先生を脅したことが噂になって、ビビっているんじゃない?」


「アレぐらいの恫喝で逃げる教師などいない方がマシだろ」


 勇者達がそんな軽口を言ったところで廊下からカツカツと早いリズムで足音が聞えた。


「お、遅れてすまない!」


 そう言って、扉から入って来たのは生徒たちとあまり年齢が違わない若い女性だった。

 白いシャツに黒いスーツと少し短いスカート、知的で整った顔立ちにほんの少しだけ露出した豊かな胸に多くの男子生徒が注目する。


「きょ、今日から一月の間、このクラスを副担を任される事になったイリア・ティンベルだ!

 騎士学校の中でも優秀な生徒が所属するこのクラスを受け持てたことに誇りに思う!」


 彼女に注目したのは男子生徒だけではない。勇者たちもじっと見る。


「・・・ねえ、結構いい線言ってない?」


「あーあ、男って大きい胸に弱いもんね」


 レンが軽蔑した目でヒロヤを見ると、即座にヒロヤは否定する。


「そ、そう言うつもりで言ったんじゃなくて、実力が相当高いと思わないって聞いたの!?」


 ヒロヤがそう言うと、シューヤとレンがイリアをじっと観察する。

 彼らは『解析眼』とはまた違ったスキルで彼女の能力を調べていた。


「・・・そこらにいる騎士に比べれば優秀だな。クラスの連中に比べればかなり期待できる」


「えー、そう? アタシ的には無しかな?

 どうせ私達より弱いんだからさー、どうせならかっこいい人間の方が良いしー」


 シューヤの反応は少し良く、レンの反応はイマイチだった。だが、仲間として引き入れるには十分だとヒロヤは判断すると・・・


「・・・あれ? そう言えば、副担といったけど、じゃあ担任は?」


 他の者も気づいたのか、ひそひそと話し声が始まる。

 その様子にイリアは気まずそうな表情をする。


「それで、その・・・担任なのだが・・・あ、ようやく来た!

 ほら、生徒たちが待っている! 貴公も早く来てもらおう!」


 イリアが慌ててその人物を教室の中に入れる。


 その人間は男性でこの騎士団で珍しい赤色の士官服を着ていた。

 この国では珍しい黒髪に真っ赤で鋭い目、180cmに近い身長と鋭い目に迫力のある大人びた顔立ちに女子は視線に釘付けになる。


 腰にはギアが組み込まれている年季の入った長杖を携えたその男を勇者達はビクリと身を震わせた。

 ずっと机を眺めていた勇者カエデでさえ、作業を中断してその男に視線を向ける。


「・・・今日から一ヶ月の間、お前たちの担任を勤めることになった陣士クレイ・ローランスだ。

 騎士団に所属していない他所者ではあるが、チョットした事情でお前たちを指導することになった。

 ・・・まあ、適当によろしく頼む」


 そこには、サキの知らない姿をした暴君陣士が立っていた。

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