第29話 変な誤解をされている!?

 私はセルジオ達と同じチームで冒険者稼業を行う事になったが、すぐに依頼を行うことは無い。

 冒険者の仕事はどんな依頼でも準備がいる。そして、今の私ほど準備不足といっても過言ではない。


 なにせ今の私の手元にあるのは身に付けているジャージと腰に携えてある護身用のギア一つだけだ。


 周囲の冒険者と比べれば、明らかに貧相な装備である。

 その為、何をするにもまず、冒険者として必要な道具を揃えないといけない。


 まあ、問題なのは今の私が無一文であることなんだけど・・・


「言っておくけれど、コレから渡すお金はあくまでも貸しだからね?

 あくまでコレは私達の報酬なの。一ヶ月後までにはきちんと返せるようにしなさいよ!」


 ミリアからそう言われて、私は銀貨二五枚・・・約金貨二枚分をチームからお借りした。


 私みたいな無一文の冒険者に金を貸す組織があるらしいが、チームのみんなからそういう組織を利用しない方がいいと忠告されたため、お金を貸してもらったのだ。


 早速借金をしてしまうとは・・・まさかこの借金が返せずに奴隷落ちになるオチが待っているわけじゃないよね?


 そんなやり取りがありながらも冒険者となり、私とメイが次に向かった場所はギルドの隅で販売されている道具店だった。


「いらっしゃい。セルジオがこんな場所で買い物なんて珍しいね」


 そこにいたのはツナギのような服を着ており、私と同じ年くらいの明るそうな女の人だった。

 身長は私と同じくらいの百六十センチ程度、ショートボブの白髪に中性的な顔立ちをしている。

 細身の手足だが、私と違って筋肉質なその体は重そうな鎧を細い腕で軽々と運んでいる。


「セルジオ、あんたはこんな場所に来るほど困ってるわけじゃないだろ?

 ここは新人専用の道具屋だよ?」


「俺じゃないですよ、ドロシーの姉さん。

 今回は彼女に見合った武器と防具を見繕ってもらいたくて来たんです」


 そう言って、セルジオが私とメイを紹介すると、ドロシーという女性は私を見てニヤニヤさせた。


「へー、セルジオ君、ミリアがいるのに他の女に手を出す何ていけない子だね〜」


「そんなことしませんよ。そもそもミリアとは古くからの付き合いというだけで、別に特別な関係という訳じゃないですよ」


 ドロシーという女性がセルジオをからかう態度に対して、セルジオは笑って、あっさりとそう切り返す。きっと冗談だと思っているのだろう。


 いやぁ、誰が見てもミリアの方はその特別な関係になりたがっているように見えるけど?

 なんで気づかないのかな?


「それにサキちゃんに手を出してしまったら、クレイの兄貴に殺されます」


 その言葉を聞いて、ドロシーはピクリと反応した。いや、私も反応した。


 ちょっと待って、誤解してるみたいだけど、別に私はクレイの・・・その・・・彼女とかそう言うのじゃありませんけど!?


「・・・クレイが?」


 私がどうやって否定しようか迷っている間に、ドロシーはそう言って、真剣な顔つきでじっと私を見つめた。


 えっと、何? ど、どういう事?


 ・・・ま、まさか、この人はクレイに恋している乙女なのか!?


 わ、悪い事は言わないわ。あいつは止めておきなさい! 

 アレは普通の人間が手綱を握れるような人間じゃないの!

 確かに強くて、見た目も鋭い目付きとかがそれなりにカッコよくて、意外と引き締まった体に思わず興奮しそうになったりもするけど、実態は寝坊助で、家事も手伝わずにグータラして、自分の部屋すら片付けられない子供なのよ!

 絶対に付き合えば大変な思いをするよ!


 クレイと一緒に居られる人間は家事が出来て、面倒見の良くて、ダメな男でも付き合える程の懐の大きい女の子だと思うの!

 ・・・べ、別に私の事を言っているわけじゃないけどね!!


「へえ、君ってクレイの知り合いなんだ!

 あの子がリーン以外に付き合いがあるのは知らなかったよ!」


 しかし、そう言う事ではなさそうで、ドロシーは嬉しそうに私の手を握って挨拶してきた。


「ボクはドロシー。

 元冒険者で今はこのギルドの職員をしているの。この店で初心者用の道具を売ったり、お宝やギアの鑑定をしたりしているから、機会があればよろしくね!」


「・・・よ、よろしくお願いします。

 私の名前はサキで、その、こっちの女の子はメイちゃんと言います」


「メ、メイなの」


「うん、メイちゃんもよろしくね」


 私とメイも自己紹介すると、彼女はにこやかな笑顔で返してくれた。


 自然な笑顔とその明るい態度、いきなり近づいてくる距離感に少し戸惑いながらも、この人自身が好い人だと感じる。

 そして、王都にいるリーンの事を知っているということは、彼女はクレイについてよく知る人物なのだろう。


「あの、クレイとは・・・」


「それで、二人はクレイとどういう関係なの?」


 私が訪ねる前に彼女から訪ねられた。


「・・・え、えっと、関係ですか?」


 えっと、なんと説明したらいいんだろうか?

 普通にお店の従業員と説明した方がいいのか?

 でも、それだとここで冒険者になる説明が出来ないし・・・かといって、勇者だなんて馬鹿正直に言わない方が良いのは確かだろう。

 細かい嘘をついてもいいけど、メイは天使のような優しい性格なので嘘を合わせられると思えないし・・・


 そう考えているとドロシーは私に対してニヤニヤする。


「・・・もしかして、クレイの彼女だったりする?」


 ・・・彼女? 私が? アイツの?


「い、いえ、そういう訳じゃ有りません!」


 私がドロシーの言葉を大きな声で否定すると、メイとセルジオが驚いたような顔をしてこっちを見た。


 ・・・え? なんで二人が驚いているの!?


「サキおねえちゃん、あの人と恋人じゃなかったの?」


「クレイの兄貴と付き合ってたんじゃないんですか!?」


 ・・・二人には後で話をつけないといけないようだ。何をどう見ればそういう風に見えたのだろうか!?


「・・・プ、プアハハハハハハ!」


 ドロシーはその様子を見て笑い始めた。

 え、何がおかしいの? 確かにこの二人は可笑しいけど笑えるほどのことかしら!?


「いや、ごめんね。ちょっと嬉しくなっちゃってさ」


「う、嬉しいですか?」


 いったいどこを見ればそんな感情が芽生えるのか理由わけが分からない。


「ごめん、こっちの話だから気にしなくていいよ」


 そう言われても気になるとしか言えないんだけど!


「えっと、それじゃ今度はボクとクレイの関係についてだね。

 君が心配するような関係じゃないよ。昔、同じ冒険者のチームに入っていただけだから」


 と淡々に彼女は言ったけども・・・え?


「クレイと同じ冒険者って、え?」


 アイツは確か騎士だったはずじゃ・・・


「同じ冒険者って言っても十年前までだけどね。クレイは14まではここで冒険者をしていたんだよ?」


「なっ!」


 あまりの出来事に驚きを隠せなかった。


「クレイって二十三歳!?」


「驚くところソッチ?」


 いや、だって・・・思ったよりも全然若っ!

 少なくとも二十代後半だと思ってたよ!?


 え、でも、十年前まで同じチームだったということは、その時のドロシーはいくつなの!?


「因みにボクは今、年は二十六だよ?」


「・・・えぇ!?」


 ドロシーに抱いた感想はクレイのと逆だった。どう見ても私と同じか年下に見えるのだが、これで一回り年上という事に驚きを隠せない。


「その反応は失礼じゃないかな?」


「あ、その、ごめんなさい!」


「冗談だよ。ボクはほら、半分は森人エルフの血が流れているから」


 そう言って、ドロシーは私たちに耳を見せると、その耳は人間よりも長かった。


「うわあ、とっても長いの!」


「・・・エルフなんて初めて見た」


 ファンタジーはあまり詳しくないのだが、それでもエルフという種族は聞き覚えがある。

 男女ともに整った中性的な顔立ちで細い四肢をしているんだっけ?


 さすがファンタジーの世界だ。本当にいたんだ!


 そして、そんな驚きの感情のせいか、勝手にスキルが発動してしまった。

 解析眼が発動してドロシーの上に情報が現れたのだ。


 ドロシー・アークラッド

 種族:(人間と森人の混種)

 LV43

 性別:女性 年齢:26


 ・・・レベルが尋常じゃない位に高かった。

 そして、なぜか新情報が表示されている!?

 種族とか性別とか年齢なんてさっきは表示されなかったのに・・・


「・・・あれ、ひょっとしてボクの情報を見てるの?」


「え・・・あ、すみません!」


 私は慌てて目を閉じて深呼吸を始めた。

 ヤバいことをしたのかもしれない!?

 だって、普通に考えて他人の個人情報を見るなんて犯罪じゃん!

 そんなことをする人間って人間として終わっているじゃん!


「もしかして、スキルを制御できてないの?

 そういう場合は口に唱えて表示するように自己暗示するといいよ?」


 怒った素振りは見せず、逆にクレイと同じような事を言われて心配されてしまった。


「クレイにも同じことを言われました」


「クレイにも同じことを言ったからね。きちんと教えていたのね」


 ・・・その何気ない言葉で本当にクレイが冒険者だったんだと理解した。


「ついでに言うと、他人を勝手にスキルで見るのはあんまり良くないからね?

 ボクは良いけど、冒険者の中には鑑識系のスキルを嫌う人間がいるから、殺されても文句が言えないよ?」


「・・・気を付けます」


 ブルリと身を震えながら、私はスキルが解除されたのを確認して目を開けた。

 アレだけの情報のために殺されるなんてたまったもんじゃない。

 しっかり制御できるように訓練しないと!?


「それはそうと、今日は装備を整えに来たんだっけ?」


「はい、サキちゃんの装備をドロシーの姉さんに用意してほしかったんです」


 セルジオがそう言うと、ドロシーは私をチラリと確認し、その後、武器や防具が置かれている場所に移動し、ガチャガチャと音をたてながら一つ一つ手に取っていく。


「ん~、オーソドックスに装備するなら、金属と革を使った防具が一般的だけど、サキちゃんの場合はセルジオ達がいるし、外に出た事があまり無さそうだから、負担がかからない為になるべく軽い素材で調達した方がいいよね?」


「え、えっと・・・はい」


「武器の方はたぶん必要ないかな?

 クレイが用意したギアがあるなら、たぶんそれを使えば自衛は出来るよ。まあ、何があるか分からないし、小型の万能ナイフを持たせた方がいいかもね。

 メイちゃんの場合はナイフだけだとリーチが短すぎるから、最初は棒術あたりを学んだ方がいいかもね。見たところ、魔術の際もあるし、この魔術書を買うって言うのもありだよ?」


「はい・・・え?」


 途中からドロシーの説明に追い付けなかった私だが、肝心なことに疑問をもった。


「メイちゃんも同行させるつもりなんですか?」


「彼女が戦えるなら置いてきぼりでもいいけど?」


 ・・・いや、戦えないから、普通は連れて行ったら駄目なんじゃないの?

 メイは普通の女の子である。私より体力はあるかもしれないが、外が魔物で彷徨いているので、危険なことに変わりはない。


「ケルクに置いていくのも安全とは言えないよ?

 ここの治安は騎士舎や教会がないから、あまり良いとは言えないし、戦えない人間をここに置いていくより、セルジオ達がいる外に連れていった方が安全だとボクはと思うよ?」


 ドロシーの忠告に私は頭を悩ませる。

 確かにクレイが言った通りならばケルクの街に配備されている国の兵士はほんの僅だったはずだ。

 逆に言えば、この街を守る憲兵はいないということだ。いや、私の立場上、憲兵を頼ることなんて出来ない。

 憲兵がいないということは犯罪が起きやすいということだ。今まではクレイの店にいれば問題なかったが、今は入ることは許されていない。


 そして、クレイはここにいない。だから、メイを守れるのは本当に私しかいないのだ。

 

「わかりました。メイちゃんも連れていきます」


 私がメイを守ればいいんだ。そのために強くなればいいんだ。

 そう何度も心の中で唱えながら決意する。


「・・・ボクはその子よりサキちゃんが危ないと思うけどね」


 ドロシーがポツリと呟いた小声に私は聞こえない振りをした。

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