第28話 ま、まさか本物を見れるとは!

 あれから、私はセルジオに冒険者ギルドに案内され、特に何か問題が起きる事もなく、無事に冒険者へとなった。

 ・・・正確に言えば、冒険者になるしかなかったと言った方が正しい。

 実際に冒険者ギルドに訪れた時、周囲の酒や血生臭さに早くもホームシックになってしまった。

 だが、帰る場所がない事と、隣にメイちゃんがいる事を思い出して、周囲からジロリと睨まれながらも、受付で登録を行ったのだ。


「はい、これが冒険者の証となるプレートです。これがないと冒険者だと証明できませんので、常に肌身離さず持っていてくださいね」


 受付のお姉さんからそう言われて渡されたのは、白い石の様な材質で出来た薄い板に自分の名前が刻まれたモノだった。


 冒険者には実力や実績に応じて等級ランクが振り分けられ、それに応じた色のギルドプレートが配られるらしい。

 入ったばかりの私には階級が一番下の白色のプレートだ。

 一週間以内に冒険者としての活動がないと効力はなくなる。バイトで言うなら研修生みたいな立場なのだろう。

 いくつかの依頼をこなし、ギルドからの試練をこなせば正式に冒険者として認められ、プレートの色も青、緑、黄、赤、黒、銀、金と変化するそうだ。

 上の階級に行くほど難しい依頼を受けることができ、その分報酬も大きいとのことらしいが・・・まあ、私にとって、金だの銀だのはどうでもいい話である。

 だが、青の階級になればノルマの間隔が一週間から二ヶ月まで伸びるとのことだったので、それを目指してもいいのかもしれない。


 受付で冒険者登録を終えると、傍で見守っていたセルジオが声をかけてきた。


「冒険者になった気分はどう?」


「なんというか・・・実感がわきませんね」


 冒険者になるために必要なのは、己の身一つだけだった。登録するためにお金が必要というわけでもなく、試験や面接を受けずにあっさりとなってしまったからだろう。


 いや、実感がわかないというより・・・


「不安ですね」


「それは別に珍しくないよ。俺もはじめて冒険者として活動するときはドキドキしたさ」


「いえ、そういう意味ではなくて、不安に思ったのはここのギルドの管理についてです。

 お金を貰わず試験も受けなくていいということは、それ相応の責任を持たないということ。

 つまり、冒険者の命や事故について何の保証もしないということですよね?」


 誤解がないようにはっきり言うと、私の説明にセルジオは眼を見開いていた。


「え、えっと・・・う、うん確かにそうかもしれないね」


 私の意見に困った様子でセルジオは返事した。


 えっと・・・私は何かおかしいことでも言ったのだろうか?

 こういう仕事先の仕事内容や福利厚生はしっかりと見るべきだと思うのだけど?


「え、えっと・・・どう言うことなの?」


 メイは私が言った言葉の意味が分からなかったのか頭の上に『?』を浮かべて困っていた。


「え、えっとね? つまり、何かあっても冒険者の自己責任ということなの。・・・ですよね?」


 私がセルジオに確認をとると、彼は頷いて説明を追加する。


「そ、そうだよ。冒険者は上に行くほど稼ぎはいいけど大怪我をしたらそれでおしまい。

 他のギルドのように退職金や年金が支払われることはない。

 大事な依頼を失敗したら、依頼を受けた冒険者がペナルティを受けることもある。

 冒険者として失敗した人間が借金奴隷になることだって少なくないんだ」


 その説明にやっぱりと思ってしまった。

 クレイが前に言っていた代価の事を思い出した。


 それなりのモノを手に入れたいときにはそれなりの代価がいる。

 私が居場所を手にいれる代わりにクレイの店で働いていたように、メイを守る力を手に入れるために危険をおかして冒険者になるように、

 何かの恩恵を貰うには何かを与えないといけない。


 逆に言えば、入るための条件がなく、お金も入らず、ノルマも軽い冒険者ギルドは他のギルドに比べて恩恵が少ないということだ。


 高校生でも気軽に就職できる会社がホワイトだったら、私の世界は就活氷河期なんて呼ばれることはない。


 もちろん、そんな理屈が全てではないし、報酬の仲介料をギルドが多くとって、それを他の冒険者に分配している可能性もあるが、その場合、ギルドの仕事がかなり大変になるし、相当のリスクが出てくるから、恐らくはやってはいないだろう。


 それとは別に、セルジオの最後の『奴隷』という言葉に、メイはビクリと反応してしまった。


「サ、サキおねえちゃんが奴隷になるの!?」


「大丈夫だよ。白の冒険者に重要な依頼を任せることはないし、そうならないように俺達が指導するから」


 メイを安心させるようにセルジオはそう言うが、私の場合はそれ以外にも奴隷になるケースもある。

 そもそもそう簡単に奴隷に堕ちるということは、クレイが言った言葉も真実味が増すということだ。


 クレイの奴隷になったら・・・店では力仕事を強要されて、ご飯は毎日あのドリンクで、頭がクラクラになるまで回復薬を作らされ、夜になったら・・・その・・・


「お姉ちゃん、顔が紅くなっているけど大丈夫なの?」


「だ、大丈夫! なんでもないよ!」


 余計なことは考えないようにしよう。

 私、今は冒険者として生き抜くことを考えなさい!


「という事で、サキさんに冒険者の仕事の説明・・・をする前に、俺の仲間を紹介するよ」


 そう言われて、私とメイはセルジオに案内されて一緒に行動している仲間を紹介された。

 案内された場所はギルドに内設されている酒場であり、そこに三人の冒険者が座って待っていた。


 先ほど会ったミリアとは別に二人の男性も座っている。

 一人は短い灰色の髪で大きな巨体と全身に金属の鎧を纏っているのが特徴的な男性。

 もう一人は私よりも年下なのに礼儀正しい姿勢を見せる黄緑色の髪をした弓使いの少年だった。


「おいセルジオ、ミリアから話を聞いたが無断で俺達のチームに新人を入れたって本当か?」


 灰色の髪の男性がセルジオを見つけると不機嫌そうに言った。


「ヴィクターにディスト、ちょうどよかった。お前たちにもその事で伝えようと思ったんだ」


「・・・伝える前に相談するのが普通だと思いますけどね。リーダーだからと言って何でも好き勝手していいと思ったら大間違いですよ」


「あはははは・・・・すまん」


 軽く笑っていたセルジオだが、真剣な眼差しで睨みつける二人を見て、破棄がない声で謝ってしまった。


「それで、そこのいかにも素人の人間を俺達の仲間にするわけか?」


「正確には一ヶ月の間だけだ。仲間というよりは冒険者の心得を教えてもらう為に弟子入りするような感じかな。

 ギルドの指導教官みたいなものだよ。それを俺達が任されたわけだ」


 ・・・指導教官というのが何かは分からないが、言葉から察するに、初心者の冒険者に仕事のイロハを教える人の事だろう。


「だったら尚更、ギルドに任せればよかっただろうが」


 ・・・それだけだったらクレイも彼らに頼まなかっただろう。


「クレイの兄貴が依頼したのを表面的にだけならね。多分だけど、彼女の身の安全も内容に含まれている」


「余計に面倒な依頼じゃねえか!」


 ヴィクターという大男が頭を抱えて大声でそう言った。本人は自覚がないようだが物凄く声が響いてうるさい。

 この人に内緒話をするの早めた方がいいだろう。


「ヴィクターの言う通りですね。あの人の依頼というだけでもう面倒事の臭いしかしないです。

 そちらのお嬢さんを元の場所に返したらどうです?」


 ディストと言われている少年も丁寧な口調で私を子犬扱いして追い出そうとしている。

 この人の場合は裏で陰口が酷そうだ。


 しかし、クレイの名前が出たことによって、この二人の怒りが露わになった。

 ・・・この二人も、いや、ここにいる全員がクレイと面識があるのだろう。

 クレイが彼らに何をしたのか分からないが、こういう事は初めてではないのかもしれない。

 そして、その依頼というものに対して綠なことがなかったのは間違いない。


「た、確かに、兄貴のお願いは訳ありなのが多いけど、でも、その分報酬だっていいし・・・」


「だとしても、そのせいで僕達の今後の方針が大きくずれてしまうのは事実です。

 リーダーの勝手な判断のせいで僕達にまで迷惑をかけてもらいたくないですね!」


「ディストの言うとおりだ! 俺はもう・・・あんな仕事をしたくねえよ」


 ヴィクターが恐らく前の依頼の事を思い出したのだろう。言葉の最後の部分で小さくはっきりと恐怖心を漏らしていた。

 大の大人にこんな事をさせるなんて・・・クレイはこの人達に何をさせたのだろうか?


「ほら、だから言ったでしょ。簡単に引き受けるなって」


 先程までだんまりだったミリアがここぞとばかりにセルジオに口撃した。

 まあ、この状況を見ればチームにとってセルジオのとった行動は良いことではないのは事実だ。


「それは確かに俺が悪かったけど・・・」


「けど? けど何!?」


「・・・いや、悪かった。ごめん」


 言い訳をしようとしたセルジオもミリアの一喝でペコリと頭を下げてしまった。


「謝る時ってそれで良かったわけ?」


「・・・すみませんでした」


 そう言って、セルジオは膝を地面につけて土下座した。・・・ちょっとやり過ぎというか、この世界にも土下座の文化があったんだ!?


「本当に反省してる?」


「はい、してます。もうしません」


 セルジオがそう言ったところで、ミリアはため息をつく。


「・・・なら、次からはきちんと相談してよね。今回は許してあげる」


「許してくれるのか?」


「あんたが自分勝手なのは昔から知っているもの。今さらだわ」


「許してくれてありがとう。ミリア」


「そ、そう思うなら、コレからきちんとしなさいよ」


 サキほどまでの険悪な空気はなくなり、ここに居づらい重圧がなくなった。


 しかし、私は気付いてしまった。


 セルジオがミリアに感謝したときの僅かに照れた紅い表情、そして昔からの付き合いに思える態度、これは間違いなくあれだ!

 ラブコメで定番の鈍感男子とツンデレ女の幼馴染コンビだ!


 ・・・まさか、こんな架空の関係がこんな世界で見られるとは思わなかった。


「ねえ、サキって言ったっけ? 仲間になったからって、あんたのせいで私たちの関係を壊すことをしたら容赦しないから」


 ミリアは私にそう忠告した。

 つまり、それって遠回しにセルジオに手を出すなって事だ。

 なんと分かりやすい!

 お気持ち分かります!!


「はい! お二人の関係を壊すことは絶対にしません! ね、メイちゃん!」


「え・・・、は、はいなの」


 私が元気よくそう言うと、ミリアは「そ、そう」となぜか逆にたじろいでしまった。


 あぁ、冒険者生活なんて不憫な生活だと思っていたけれども、これはこれで悪くないわね!

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