2節A 奴隷の願い事
第27話 嫌な夢を見て本当にイヤ
夢を見た。
私の目の前には見たこともないような化け物が立っている。
全身が黒く染まった皮膚に白い髪、つり目の三白眼でこちらを睨み、口元から牙が剥き出している姿は人間とは言えなかった。
奴は今にでも私を殺そうとしていて、対する私は何もできずに腰を抜かしている。
・・・ああ、このままだと死ぬ。
一度、魔族に出会って死にかけた時と同じだった。何もできずに、圧倒的な力を前にして殺される。
ここが夢だと分かっていても、怖いものは怖い。これから死んでしまうと分かってても、その痛みが幻だとわかってても怖いものは怖い。平然としていられるワケがない。
しかし、向こうは立ち上がろうとしている私を待ってくれない。黒い何かを手の平に作り出して、それを私に向けて投げた。
その黒い何かを喰らうと死ぬ。何故かそう理解出来てしまった。
けれども、避けたくても足が動かなかった。何もできなった。
・・・そんな私の前に一人の少女が身代わりになった。
彼女は私の前に立ってそれに当たってしまった。
「・・・メイちゃん!」
私が叫ぶとメイは振り返った。
彼女は悲しそうな目をして、
絶望した目をしていて・・・
涙を流しながら全身が黒く染まっていき・・・
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「メイちゃん!」
「・・・ど、どうしたの!?」
・・・目が覚めると、驚きながらも返事をしてくれるメイがベッドの傍で立っていた。
彼女の両手は二人分の黒パンとスープが置かれたトレイで塞がっている。
「や、宿屋のおばさんから朝食を渡されたの。一緒に食べるの」
彼女は五体満足でピンピンしている。体に黒い染みは一つもついていない。
「・・・あ、ありがとうね」
私はメイにお礼を言うと、先程までのが夢だと分かり、ホッとする。
いや、夢だと分かっていたんだが、アレは無い。あんな夢を見るなんて縁起が悪いにも程がある。
けれども、あれを夢だと一蹴することは出来ず・・・あまりにも簡単に想像できてしまう。
「・・・どうしたの?」
「う、ううん。何でもないわ。さて、一緒に食べましょ」
私は彼女に動揺を見せないようにし、夢の出来事を思い出さないようにメイに声をかけた。
「うん!」
彼女の元気な返事に私の心は癒される。
・・・はあ、何て可愛げのある妹なのだろう!?
本当に妹だったらよかったのに!
私とメイは部屋の床に座り、朝食を食べ始めた。
この部屋には一応小さい机があるが、二人分の料理を置くスペースがないので、必然的に床で食べるしかない。
「おねえちゃんはテーブルで食べていいの」
「何度も言っているでしょ。私はメイちゃんと一緒に食べたいの」
そう言って、私とメイは手を合わせていただきますと言って食べ始めた。
・・・しかし、毎度思う事がある。この宿の黒いパンは物凄く固い。
長期間保存するために、あえて水分を少なくしているのだろうが、あまりに固すぎて、そのまま口にくわえて噛み千切るのは無理だった。
ナイフで切り込みを入れてパンを千切り、スープに浸さないと、とても食べられたものじゃない。
肝心のスープも塩気が薄く、肉の臭みが残っている為、例え私が空腹の状態でも箸が・・・いや、スプーンが進まない。
向かい合っているメイはそのような素振りを見せずモクモクと食事を済ましている。この世界の彼女にとっては普通の食事なのだろう。
「・・・メイちゃん、良かったら半分食べる?」
私はパンとスープの半分をメイに渡す。
「いいの!? ありがとうなの!」
メイが喜びの笑顔を見せるのが逆に胸に痛い。単純に私の舌に合わないだけなのだ。
あのドリンクに比べればこの朝食はまだマシな方なのだが、こうも毎日が同じような朝食だと気が滅入ってしまう。
・・・まあ、ここ最近までは肉が入っている料理を食べようとすら思えなかったから、十分マシになったと思う。というより思いたい。
「・・・サキおねえちゃん。大丈夫なの?」
「え? ・・・だ、大丈夫だよ。お姉ちゃんはこう見えても強いんだから任せてね」
「・・・だったらいいの」
メイが心配そうに私を見ていたが、私は自分の根の弱さを悟られないように空元気を見せた。
・・・大丈夫。もう一週間も続けられているのだ。十分にこの生活に慣れた。
「さて、それじゃパッパと着替えて、さっさとギルドに向かおうね」
「・・・了解なの!」
私が笑顔を作ると、メイも笑顔で返した。
私とメイは普段着を脱いで、冒険者としての装備へと着替えていく。
可愛らしいパジャマ服を脱ぎ捨てて、地味で動きやすい薄地の長袖長ズボンを穿き、その上に革で作られた胸当てと腕あてを嵌める。
ギアが装着されている杖を腰に携え、最期に少し重くて丈夫な革製のロングブーツを履くと、私とメイは部屋を後にした。
「おや、新人の嬢ちゃん。昨日はよく眠れたかい?」
「あ、オカミさん。いつも部屋を使わせてくれてありがとうございます」
部屋を出て、階段を使って二階から降りると、宿屋『猫の亭』の店主がモップで床を掃除している最中だった。
「別にお世辞は要らないよ。こんなオンボロで良ければ好きに使っていいから!」
オカミはガハハと豪快に笑って私の背中を叩く。これが物凄く痛い。
オカミが経営している『猫の亭』は一階が酒場になっていて、二階にある六つの部屋が宿となっている。
そんな場所を今まで一人で経営していた猛者であり、頼りになるオバサンだった。
「あの、また一週間分支払いますので、部屋はそのままにしてもらっていいですか?」
私は貨幣袋からお金を取り出すと、オカミはすぐにチェックした。
「・・・銀貨六枚と銅貨四枚、ちょうどさね。
まいったね。これじゃお釣りを誤魔化すこともできないじゃないか」
オカミは笑っているが、私は笑えない。この国の常識が違う事に慣れないからだろう。
「相変わらず思うんですけど、現在の通貨って計算しにくいですよね」
お店で会計をしていた時もそうだったが、この国の通貨は計算しづらい。
なぜなら、両替する際に金貨一枚に対して銀貨十三枚、銀貨一枚に対して銅貨四六枚と中途半端な数字になってしまうからだ。
これが10で割りきれるなら計算も楽なのに・・・
「昔は金貨一枚に対して銀貨十枚、銀貨一枚に対して銅貨百枚だったんだけどね。銅は前の戦争の時に溶かして使ったから物価が上がったのさ。
逆に銀貨は鉛とかを入れて通貨の流通を多くしてしまったバカがいてね、おかげで相場がめちゃくちゃになってしまったんだよ。
まあ、もう計算は慣れちゃったんだけどね」
なるほど、銀貨を弄ってしまったため、価値が下がってしまって、こういうことになってしまったのか。
・・・でもなぜ銀貨?
「・・・それって金貨でやれば、かなり儲けた話ですね」
「金貨は駄目さ。貴族の連中は少し不純物が混じっただけですぐに気づくし、商人は本物か偽物かを判別するギアを持っているしね」
そう言って、女将さんはそのギアを私に見せてくれた。なるほど、金貨を偽物にしてもすぐにバレるのね・・・って、それなら銀貨もきちんと判別できるようにすればよかったじゃない!?
「まあ、とにかくそうした感じで相場が弄られたのさ。
新人さん。銅貨がたくさん集まって困ったようならウチが銀貨と交換してあげるからね。
銅貨五十枚に銀貨一枚で手を打つよ」
「ちゃっかりと商売しているんですね」
普通に銀貨一枚に対して銅貨四枚も得するようになっている。両替で消費税はかからないだろうに。
「生憎とそれで成立してしまうのさ。銅貨をたくさん持っていても、冒険者にとってはメリットが少ないからね」
おそらく、銅貨がかさばって持ち運びしにくい問題を解消するためにそう言う商売をしているんだろう。
仮に銅貨三百枚を銀貨六枚に交換したら、オカミは銅貨十八枚の儲けが出るが、逆に冒険者はその分損する。
だが、冒険者は基本的に家を持たない。つまりお金を金庫に入れる事が出来ず、大半は持参するしかない。その場合、銅貨三百枚と銀貨六枚では持ち運ぶ苦労が段違いなのだ。
「嬢ちゃんみたいな真面目な人間には難しいかもしれないが、大抵の冒険者は馬鹿でプライドだけは一人前だからね。
収入も出費も激しいからって、銅貨一枚の価値が全く分かっていないのさ」
「・・・そうですね」
私は笑って同意したが、心の中では笑えなかった。
だって、私もつい最近までその事を知らなかったことだったのだから。
私が冒険者として一週間が経過していた。
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