幕間1 都の真ん中で
王都の中心に存在する王政区
そこに入ることが許される者は王族と王に認められた貴族、騎士のみだ。
一般の者が無断で中に侵入されないように周囲には白い壁で覆われて、空間を遮った強固な結界で遮られている。
その周囲に配置されている貴族街とは違い、王政区の中がどのような光景なのか王都に住むほとんどの者が知らないだろう。
そんな秘匿に包まれた王政区の街並みを一人の少女が探索していた。
「リーン、あれは何?」
黒髪のセミロングで小柄な体型の女性は彼に案内してもらい、外を見回っていた。
彼女が指した方向にはスケボーのような楕円形の板みたいな物で運転している若い男性の姿だった。
地面を蹴っている様子は無いが、魔力を流すことでボードが加速、減速を繰り返してスムーズに移動している。
「あの乗り物はギアの一つで『エアライド』と呼ばれています。
ギアに魔力を流すことによって進む乗り物なんです」
その質問に答えたのはリーンではなく、その隣にいた騎士イリアだった。
リーンとイリアが彼女の側にいる理由は二つある。
一つは案内。
普段は入れない王政区に案内し、他では見れない珍しいものがあれば、その説明を行っている。
「・・・あのギアは重力を利用して推進力へと変換してる・・・なるほど」
女性は興味津々に眺めており、ぶつぶつと独り言を呟いている。
「宮殿魔術師のハドワー殿がこのギアの複製に成功されました。
数は今のところごくわずかですので、この王政区でのみ利用されています」
この王政区では貴族街とはまた違った特徴がある特別な場所だ。
貴族街が娯楽の優れた街であるのに対し、王政区は文明が周囲よりも進んでいると言っていい。
即ち、貴重なギアが至る所に存在している。
リーン達はそんな王政区に点在しているギアを彼女に説明する役割を承っていた。
しかし、イリアはこのような雑事にリーンが任されることに不安を抱いていた。
騎士団の立場が危うい時に、他の部隊が抱えている問題に対応しているなかで、隊長であるリーンがこのような仕事を受けている事に焦りを感じていた。
「あの、カエデ殿。リーン隊長は騎士団の取りまとめでお忙しい身です。
案内の続きでしたら私が・・・」
リーンの代わりを請け負おうとしたイリアに対して、少女カエデは嫌な顔をむき出しにした。
「貴方は嫌。自分のギアすらきちんと扱えない人と一緒に居ても無駄」
そうきっぱりと拒絶されてしまい、イリアはグサリと心を貫かれた。
カエデはイリアが腰掛けている
「その
そう的確に指示されて、イリアは黙っている事しか出来なかった。
イリアが腰掛けている細剣は騎士団で支給される数少ない武具のギア、『バトルギア』の1つである。
複製が可能なバトルギアは種類が少なく、複製にも長い時間がかかるため、支給されている量は騎士団でも数少ない。
だからこそ、そのギアを受け取りながらも扱えていないことに気付かなかったイリアは自分を恥じていた。
「・・・イリア、そんなに落ち込むな。
あのギアの操作は魔術師並みの綿密な魔力操作が必要になる。
これから使いこなせればいいだけの話だ」
リーンの励ましの言葉にイリアが嬉しく思うなか、カエデはそんなやり取りを無視してイリアの細剣を眺める。
「・・・これの
「それは厳しいでしょうね。元となったギアは王都にはありませんし、保管されている場所もお教えすることが出来なくなっています」
「・・・残念」
リーンの答えにカエデは悲しそうな眼をした。
全然悲しそうな表情をしていないが、カエデの喜怒哀楽がハッキリしている。
表に出づらいだけでよく見ればハッキリと分かる。
カエデは先程のエアライドをじっと見ていた。
「・・・だったらこれ、欲しい」
まるで欲しいおもちゃを我慢して安いおもちゃをねだる子供のような眼だった。
「・・・分かりました。騎士団で用意しましょう。原物のほうも、なんとかならないか上に相談してみます」
「・・・わかった」
リーンが了承すると、カエデは小さい声でそう言った。
口角が少し上がっているので、喜んでいるようだった。
「しかし、そのギアは扱いが非常に難しく、乗りこなすには努力が必要になります。
よろしければ私がお教えしましょうか?」
イリアはリーンに負担がかからないように指導することを希望した。
イリアはエアライドを何度か乗ったことがあるので理解している。
エアライドは繊細な魔力操作を必要とする。
魔力の放出が弱いと全く動かないし、少し強くしただけで一気に前へと進む。
騎士団にも支給されたものの、乗りこなすために1ヶ月程の訓練が必要になる。
だが、カエデの返事は的はずれなものだった。
「・・・乗るんじゃなくて作り直す。このギアは未完成」
カエデのその一言にイリアは驚いていた。
「そ、そんなはずはありません!
ハドワー殿は完全に複製したと報告を・・・」
「その原本がそもそも未完成・・・いや、あえて失敗したものを作っている節がある。
これを作れる技術があって、改善の余地が沢山あるのにそれをしていない。
まるでわざと操作を難しくして扱える人間を限定しているように思える」
カエデはギアを見つめながら、まるで内部の構造が見えるかのように、理解しているかのように言った。
「それに原理から推測して、このギアは本来は空を飛ぶためのギア。
重力のベクトルを操作することによって、高いところから滑るように進む。
例えるなら高い場所から紙飛行機みたいに空気を滑って進むギア」
カエデの言葉にはイリアだけでなくリーンも驚いていた。しかし、驚きの理由はイリアとは違う。
「・・・その通りです。確かに原物はそのように利用されておりました。
原物を改悪したこのギアの欠点も、扱える人間を限定させるためです」
イリアはリーンが何を言っているのかよく分からなかった。カエデはその言葉を無視してギアを見つめ続ける。
「まずはあのギアを基に改良してみる。まずは術式を組みなおして、ギアの軽量化を図ってみる。
あと、いくつかの素材を後で紙に書いておくから調達して」
「・・・分かりました。このリーンが請け負いましょう。勇者カエデ殿の為に」
リーンはそう言って、勇者にして陣士であるカエデにそう誓った。
リーンとイリアがカエデの側にいるもうひとつの理由は護衛だった。
(カエデ殿は他の勇者殿とは違う分野で成果を産み出している。ギアの複製だけでなく、改良も行えるとは・・・)
カエデは魔王討伐の任を受けていない。
イリアが勇者の才能に喜んでいるなか、リーンは少し浮かない顔をしていた。
イリアはカエデに聞こえない位の小声でリーンに声をかけた。
「隊長、どうされたのですか?」
「クレイがこの事を知ったらどう思うんだろうかと」
「確かにギアを複製ではなく、改良するとなると技術は格段に違うと思われます。
かの陣士よりももしかしたら優れているかもしれませんね」
イリアのその言葉を聞いて、リーンは少し苦笑いをしていた。
「イリア・・・エアライドを作ったのも、そのレイピアを作ったのもクレイだよ」
「・・・え?」
「正確に言えば、わざと使いにくくして作られたと言ってもいいね」
「意味が分かりません! 何故わざと使いにくいものを・・・」
「簡単だよ。普及しないようにするためだ」
「ギアは魔力を流せば誰にでも扱える。それこそ誰にでもね」
「・・・つまり、敵国に利用されないようにってことですか?」
「というよりは身内に対してだ。
扱いやすいバトルギアを大量に生産されるようになれば、混乱するのは眼に見えた。
平民が持てば反乱のきっかけになるし、魔族が持てば大きな驚異となる」
「た、確かにその可能性は否定できませんが、国の発展のために必要なことでは?」
「・・・その発展のために弱者が犠牲になるのが嫌なんだ。クレイはそういう男だ」
「・・・では、カエデ殿を止めなくていいのですか?」
「止めるつもりはないよ。そもそも、ギアの改良はそう簡単なことではない。
いや、作れなくても問題ない。大事なのは成果ではなく経験だ。
限られたこの時間でどこまで勇者殿が成長されるかでこの国の未来が決まる」
そうリーンが答えたことでイリアは事情を察した。
「・・・魔王軍の襲来ですか」
「ああ、クレイの言ったことが本当であれば、王都に勇者が召喚されたことは向こうも既に気付いているだろう。
向こうが何かしらの行動を起こす前に少しでも勇者殿には経験を積んでおきたい」
文明の発展による国の内乱等よりもまずは魔王軍との戦いである。
陣士クレイからの報告で魔王が勇者の存在を把握することが出来ると知ったリーン及び騎士団は予定した訓練を変更した。
簡単に言えば、長時間かけてあらゆる場所で経験してもらって勇者を育てる方針であったが、魔王が勇者の存在を知っていると分かった以上、そのような時間の余裕が無くなった。
魔王軍が王国に何かを仕掛けてくる前に、勇者には強くなってもらうことが最優先事項だった。
「しかし、肝心の勇者様は・・・その・・・」
イリアは報告しにくそうに言葉が途切れる。
「他の者から話は聞いている。今の現状に慢心されているんだな?」
「・・・はい、特にレン殿とシューヤ殿にその傾向が見られがちです。
レン殿は訓練をサボりがちになり、シューヤ殿は独断行動が目立つ様になっております」
勇者は確かに強く、並の騎士では相手にならないほどに成長した。
それゆえに慢心してしまい、騎士団の指示を無視するような高慢な態度が増えてきた。
「注意をしようにも、今の勇者殿を止められる人間は限られているからね。
ただ、このまま無駄に時間を過ごしてもらうのは何とか避けたいな」
今の勇者の態度に不満を持つ騎士は少なくない。だが、そんな彼らよりも大きな実力を持っている勇者を咎めることが出来る騎士がいなかった。
「しかし、勇者様の実力は既に本物です。現に既に大型魔獣相手に一人で討伐できる程の実力をお持ちなのです。
あれほどの力があれば魔王など・・・」
「僕は今の彼らが魔王を討伐する姿を想像することが全然できない」
イリアの意見をリーンは即座に否定した。
「確かに勇者は強い。並外れた身体能力に、神から授けられた特別な『スキル』、そして我々が知らない珍しい知識を持っている。
だが、彼らが持っているのはそれだけだ。魔王を倒すためには足りないものが多すぎる」
強さだけで魔王が倒せるものではないとリーンは知っている。
だからこそ、騎士団がサポートをしなければいけないのだが、今の状況では無理だろう。
「・・・まあ、その辺はディオン副団長がしっかりと考えてくれるだろう。
僕らが気を付けないといけないのは内部だ」
「・・・貴族からの刺客ですか」
騎士団が調査を行っているが、未だに黒幕の尻尾をつかめていない状況である。
「王国も一枚岩じゃないからね。サキ殿を手中に出来なかった黒幕はカエデ殿を狙う可能性がある」
「確かに、ギアの生産が出来る彼女を手中に納めれば、個人の軍事力でも無視できないものとなりますね」
ギアは誰にでも扱える。その気になれば訓練を受けていない領民でも、一兵士以上の力を発揮するだろう。
個人で手に入れるために拐う可能性もあるし、国の力を削ぐために殺す可能性もある。
自衛が出来ない彼女を誘拐するのを防ぐためにリーンは率先して側にいた。
リーンが出来ることは側にいる人間を護ることだけだから。
「だからこそ、この状況を打破するためにも、彼の力を借りたいんだけどね」
こう言った事を調査するのに向いている人物を一人知っている。
そして、壊れてしまったはずの彼が誰かのために再び動いている理由を知っている。
「・・・サキ殿は彼女に似ていたな」
リーン隊長はポツリとそう呟いて、ギアに夢中になっているカエデに声をかけた。
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