第26話 追い出されてしまいました。
今日はいつもとは違って、四人でケルクの外へと出ることになった。
「ロギア君、重くないの?」
「これぐらいヘッチャラデス! ロギアにお任せするデス!」
ロギアが物凄く大きい荷物を一人で抱えていた。ハッキリ言って、子供どころか一般人ですら持てるような荷物量じゃないのだけれど、ロギアが平気なのであればそれでいいだろう。
メイは心配そうに見ているが、下手に加勢して、ロギアのアピールポイントを奪うほど私も野暮ではない。
最も、クレイは私と違って、そんな風に気を回したわけじゃなく、普通にロギアに重労働を貸しているだけの鬼である。
「こんな荷物をロギアに持たせてどこに行くつもり?」
「行けば分かる」
そう言って、クレイは店の前で陣術を唱えていた。
「何を唱えているの?」
「結界を張っている。しばらくここには誰もいなくなるからな。
誰も勝手に中へ入れないように鍵をかけている」
そう言って、クレイは店の前の何もないところに拳をコンコンと叩くと、固い音が響いた。
私も触ってみると見えない壁があって、力をいれてもびくともしなかった。
「・・・試しにハンマーで叩いてもいい?」
「近所迷惑になるからやめろ。・・・物理的に壊せるような造りにはなってない」
物理的に壊せないって・・・、多分私が教わっていない高度な術式でも使っているのだろう。
「私もこんな魔法を覚えたいわね」
「扱える技量になれたらいずれ教えてやる。だから、そのための基礎をまずは身につけろ」
そう言って、クレイは店を後にして、私達もそれに続いた。今日から私を外で訓練をさせるのだろう。
レベルが上がった事によって、私の身体能力は大きく向上した。
どれくらい能力が上がったのかと言うと、口で説明するのは難しい。
だが、外の景色が違って見えるくらいに変化したのは確かだ。
身体が軽くなっただけではなく、心なしか視野が広くなったようにも思える。全体の視野が広くなって、周囲の雑音も細かく聞き取れている。
はっきり言って、生まれ変わった気分である。
「これがレベルアップね・・・ねえ、他の人もやっぱり同じように経験しているの?」
「普通の一般人でも経験している人は半分くらいだろうな。
冒険者や兵士、騎士になれば何回も何十回も経験することになるだろうが・・・」
「・・・あんた達の強さがよくわかったわ」
確かにこんな経験を何回も繰り返せばそりゃ人をあんな風に蹴り飛ばせるわけだ。
クレイがケルクで出会った魔族とやり合えていたのもレベルの恩恵なのだろう。
・・・それにしても、今からどこで何をするつもりなんだろう?
まさか・・・いきなり狂暴そうな魔物と戦わせようとしないよね?
いや、確かにそれは危ないけど、クレイがいるんだから死ぬような事態には流石に・・・ならないよね?
どこに連れていくのか分からないままなので緊張していたが、クレイが連れてきた先は狂暴な魔物の目の前ではなく、店の近くにある酒場だった。
「あ、クレイの兄貴!ここです!」
そんな声が聞こえたので、その方向に目を向けると、見覚えのある人物が見覚えのある格好で手を振っていた。
赤い鱗で作られた鎧を着て、腰に二つの剣を携えており、少しパーマがかかった栗色の髪に緑色の瞳が特徴的な冒険者。
私が最初に接客した冒険者であり、魔物が町を襲っていた時に避難誘導していた若い男性『セルジオ』だ。
「セルジオ、久しぶりだな」
「俺は兄貴の顔を見るために何度も店に寄ったんですけどね。
・・・ってあれ? もしかしてサキさん?」
私の方を見ると、恐る恐る名前を尋ねられた。髪の色を変えて印象を変えているせいで分からなかったのだろう。
「おはようございます。よく気付きましたね」
「・・・うわ、本当にサキさんなんだ!
髪の色を変えた!? でも似合っているね!」
セルジオが驚きながらも私にお世辞を言ってくれた。
返事をしようとすると・・・セルジオの隣には藍色のクロークを着ており、朱色のショートヘアが特徴的な女性が目を鋭くして座っていた。
「・・・その方は?」
「ああ、同じ冒険者のミリアだ。勝手について来てさ」
「・・・ミリアよ」
セルジオがそう言うと、ミリアと言う人はムスッとした態度で自己紹介をしてきた。
「あ、サキと言います。セルジオさんとはお店で知り合いまして・・・」
「別に紹介は要らないわ。嫌と言うほどこいつから聞いているからね」
そう言って、ミリアはセルジオの方を睨みつけるが、セルジオの方は気にかけていなかった。
そして、なぜか私を最初から敵視しているような・・・何でこの世界には私の味方が少ないのだろう?
「・・・クレイ、これはどういう事なの?」
私はこの人たちに合わせたクレイに真意を聞いてみた。
今回の訓練にこの人も付き合ってくれるのだろうか?
そんな事を思っていると、クレイは私を無視して真剣な目をしてセルジオに頼み込んだ。
「セルジオ、今日からサキは冒険者になるから、お前の所で面倒を見てくれ」
「・・・え?」
あまりの内容に声に出して唖然としてしまった。
突然の真実!
私は今日から冒険者になるのだった!
・・・いや、これってアレよね? 二週間くらい前に言っていた身分を証明する話よね?
私の選択を待たずしてクレイは何言っているの!?
「そ、それって本当ですか?」
「俺が冗談を言うのは苦手なことぐらい分かっているだろ?」
「わ、分かっています。嫌と言うほど分かっていますが・・・正気ですか?」
セルジオさんはクレイにたじろぎながらも私の姿をチラリと見て、再び聞き直した。
それは正しい判断だと思う。なぜなら、どう見ても冒険者になるような恰好を私はしていないから。
運動に適している服を着ているが、周りの冒険者が着ているような身を護る防具ではなく、ただ単純に動きやすさを求めた半袖のTシャツと短パンだ。
クレイはそんな質問を無視して話を進める。
「あと、この少女もついでに面倒を見てくれ」
そう言って、後ろにいたメイを引っ張って、私の傍に置いた。
「ちょ、ちょっと待って、何言っているの?」
「後で説明する」
それだけ言って、クレイは私達を無視してセルジオと話をする。
「いや、あの、いきなりどうしたんですか?どう見てもその・・・素人ですよね!?」
素人と言うのは一般人と言う意味なのだろう。確かにそうである。
いきなり冒険者として面倒を見ろと、何も知らない新人に色々教え込むとなると相当面倒な事案だろう。
「確かにサキは素人だが無能ではない。解析眼のスキルを持っている」
「・・・え!」
その言葉にセルジオは私を見て驚きを隠せていなかった。隣のミリアも一緒に驚いている。
今朝、クレイが言った通り、珍しいスキルなのだろう。
でも、珍しいものが実用的とは限らないって分かってる?
「何もずっとという訳じゃない。一ヶ月でいい。
それだけ一緒に居ればこいつを学ばせるには十分だろう」
「突然言われても・・・何が目的なんですか?」
セルジオが驚きつつも、冷静に事情を聞こうとしていた。そんな彼に対して、クレイはニヤリと笑う。
「世間知らずのお嬢様に生きる事の厳しさを教えてほしい。
だけど、のたれ死んだり、魔物に殺されたりしたらこっちにも問題が生じる。
だから、お前達の元で鍛えてもらいたいんだ」
クレイは含みのある言葉でセルジオに説明し始めた。
勇者と言う言葉を伏せたあたり、私の本当の事情を伝えるのは不味いことなのだろう。
そして、含みをいれた事情を説明したあと、私にも理解できるように、依頼の詳細を説明した。
細かい説明は分からなかったが、どうやら、私はここにいる冒険者たちと一ヶ月過ごさないといけないらしい。
その間は私は冒険者として彼らと一緒に冒険者稼業をしなくてはならない。
そして、その間は私とメイが家に帰ることは許されない。
・・・って、え? 帰れない?
・・・まって、じゃあ、あの結界は私達も含めて誰も入れさせない結界ってこと?
つまり、一ヶ月の間、冒険者として過ごすのが今回の訓練という事になる。
・・・マジで!?
「は、話は大体わかりました」
クレイからの説明でセルジオはどうやら納得したみたいだった。
「引き受けてくれるか?」
「事情は分かりましたが、でも・・・仲間が何と言うか・・・」
そう言って躊躇っているセルジオに、クレイはロギアが運んでいた荷物の一部を渡した。
「前払いとして金貨五十枚とお前達が欲しがっていたギアをやろう。
きちんと任務を果たしたら後払いでさらに金貨五十枚をくれてやるし、無理だと判断したらギアだけでも返してくれればいい」
クレイがそう言うと、セルジオとミリアは目を大きく開けて中身を確認した。
「これ、私が欲しかった認識阻害のマントだ」
「俺も欲しかったけど高くて手が出せなかった武具もある! しかも二つ!」
・・・金貨の方には目をくれず、ギアの方に夢中になる様子から、そちらの方が価値があるという事なのだろう。
「・・・これはまた随分と大盤振る舞いですね」
「別に断るなら断ってもいいんだぞ? 他の冒険者に頼むだけだからな」
クレイがそう言うと、セルジオは非常に悩み始めた。きっと、断りたかったけども、報酬が物凄く良くて考えているのだろう。
・・・あれ、待って? これって決まってしまうパターンじゃない?
え? 私の意見は!?
「・・・面倒を見るって、例によって、面倒事を抱えていたりいますよね?」
セルジオは私の面倒を見る事によるリスクを確認してきた。例によってと言うことは、これまでも面倒な事案を持ちかけられたのだろう。
「そっちは俺が何とかする。お前たちはサキが死なないように一緒に居てもらえばいい」
「・・・死んでなければ問題ないと言うの?」
ミリアが私の方をちらりと見てそう言ってきた。・・・何か意味深な意味を感じるのは気のせいかしら!?
「死んでさえいなければ後は俺が何とかするからそれでいい。
だけど、俺の信用を損ねるようなことをすれば・・・分かるよな?」
クレイがにこやかに笑う。でも、あの笑顔は牽制の笑顔だ。そのまんまの意味で受け取るような人間はいないだろう。
ミリアがその笑顔にビクリと反応し、視線を逸らした。
「・・・分かりました。その依頼を受けます。
冒険者になる為の装備や道具の新調はこの報酬を使ってもいいんですよね?」
そう言って、セルジオはクレイの依頼を承諾した。
「セルジオ、受ける気なの!?」
「まあ、クレイの兄貴の事だから面倒事かもしれないけど、報酬が破格の値段だからね。
受ける価値は十二分にあると思うよ」
「そ、そうかもしれないけど・・・私たちの活動にこんな素人を混ぜる気なの!?」
「一ヶ月の間、彼女に合わせた依頼を受ければいいだけだ。
クレイの兄貴もそれを理解しているから、俺達にこれだけの報酬を出しているんだ」
「・・・ヴィクターやディストに相談せずに決めるの?」
「相談できる時間があればしてる。出来ないから、今決めているんだろ」
「その時点で裏があるって言っているようなものじゃ・・・もういい!」
そう言って、ミリアは席を立ちあがり何処かへ出ていってしまった。
「・・・受けるのか?」
「受けます。仲間にはきちんと説明しますから」
セルジオがそう返事すると、クレイはようやく私の方を見た。
「という訳だ。後はこいつらに任せたから頑張って生き延びろよ」
そう言って、クレイはどこかへ行こうと・・・
「ちょ、ちょっと待って!」
・・・したクレイを止めた。
「私、まだ訓練を受けるって言ってない!
何勝手に決めているの!?」
話についていけなかったが、これは分かる。
クレイは私を置いてどこかへ消えるつもりだ。
「強くなりたいんだろ? だったら、この方法が一番効率がいい」
効率って、それで人の生死を軽んじるつもりなのか?
そんなもので、勝手に決めるつもりか?
「効率がいいとかじゃなくて・・・少しは安全面とか考慮しないと・・・」
「安全面を考慮した上での判断だ。俺がしばらくいない間、お前を無防備な場所に置くわけにはいかないだろ」
「・・・え?」
安全? いや、いないってどういうこと?
「俺はちょっと野暮用を解決するために一ヶ月ほど家には戻らない。
その間、ずっと店の中にお前を閉じ込めるわけにはいかないだろ」
「な、何言っているの?」
クレイの言いたいことが何一つわからない。
こいつが何を考えて、何を根拠にこんな事をさせるつもりか分からない。
私が訪ねると、クレイは『まだ気づかないのか』と言いたげに、落胆した表情になった。
「・・・セルジオはこの一ヶ月の間、お前を護る護衛と思えばいい」
・・・護衛?
「・・・あ」
言われて気づいた。
そもそもの話、クレイは私を元の世界に帰すために、色々と調べる必要がある。
だから、私の傍から離れる時のために護衛として奴隷を購入しようとしたのだ。
でも、奴隷として購入したメイでは私を護る事は出来ないだろう。
当然だ。彼女は何の力もないただの少女なのだから。
・・・だから、クレイは私から離れる際の代わりの策として、この人達の傍で生活するように言ったのだ。
・・・何もできない私が護ってもらう為に。
セルジオさんに依頼した内容も本当は私を強くさせる為の訓練ではなく、私を死なせないように、国や魔族から命を狙われないようにするためだと理解できる。
・・・理解すればクレイの行動に納得するしかなか・・・いや、まだひとつ疑問がある。
「じゃ、じゃあ、どうして店を閉めるのよ!?
私も入れなくしなくてもいいでしょ!?」
別に冒険者にならなくても、店の中でひっそりと暮らすように指示すればいいのだ。身分とかはまた後で解決すればいい。
「あの店を長期間無防備にすれば商品を盗みにくる馬鹿がいるんだよ。
金貨で何枚、何十枚で取引されるギアが何十、何百もあるんだぞ? お前に泥棒を撃退する事ができるのか?」
・・・無理ですね。逆に殺されないか心配になる。
「それに、お前が護る力を手に入れたいなら、この程度の訓練を達成しないと話にならない。
お前の敵はそこらの魔物とはケタが違うんだから」
・・・それは分かっているつもりだ。クレイを追い込んだ魔族という存在を、殺されそうになった痛みや恐怖を忘れたワケじゃない。
・・・忘れられないから、怖いんじゃないか。
「でも、もうちょっと待ってよ。いきなりそんな事を言われても・・・」
クレイの判断は妥当のかもしれない。
でも、絶対ではない。冒険者となる以上、命の危機は必ず訪れるはずなのだ。
リスクが高いのは変わりない。
私はそんな大事なことをすぐに決断できるような大層な人間ではない。
色々な問題が重なりあって、何が最適解なのか分からない。
「護りたいんじゃないのか?
無力な自分が嫌じゃなかったのか?
お前の覚悟はその程度のモノだったのか?」
そう言ってクレイの眼は私から隣にいる彼女に・・・メイに視線を向けた。
「あ・・・」
メイはカタカタと体が震えていた。
彼女が恐怖している理由は分からない。
でも、その姿を見て今までの不安がバカらしくなった。
「・・・何のために強くなるんだ?」
そうだ。私が強くなりたいと願ったのはなぜだ?
これから起きるであろう出来事に彼女が巻き込まれるのが嫌だったんじゃないのか?
「嫌なら無理しないで店の中に閉じこもっていればいい。
部屋で大人しくするって約束するなら、後の事は全て俺に任せてもらえば万事解決するさ」
・・・それは本当のことなのだろう。
大人しくしていればクレイ一人で解決してもらえるかも知れない。
でも、それじゃ彼女を救えない。
私が弱いままじゃ、目の前の少女を助けることもできない。
「・・・いいわ。やってやる!
一ヶ月生き延びればいいんでしょ!」
私がそう言うと、クレイはニヤリと笑った。
「それじゃ、お前にはこれを渡しておこう」
そう言って、クレイは私に変な機械のようなものを渡した。
「これは?」
「転移ギアだ。どうしても不味い事態になった場合、これを使えば店の中に戻れる。そして、俺もその事を知ることが出来る」
つまり、緊急避難が出来ると言うことだろうか?
「どうしても命が危険だと思ったら使えばいい。ただし、一度でも使ったら訓練は失敗とし、お前に自由はないと思え。
俺の命令に逆らえないようにするし、逃がしもしないから」
クレイは嫌な笑みをして私にそう告げた。
これを使えば命は助かるけど、この先の自由がなくなる?
「まさか、私を奴隷にするとか言わないよね?」
私が冗談混じりに尋ねると・・・
「・・・チッ、バレたら面白くないな」
そう言って、つまんなさそうに・・・え?
「まさか、本気じゃ無いで・・・」
「それじゃ、俺は王都に行くから、後は頑張れよ」
私が尋ね終わる前に、クレイはそれだけ言って去ってしまった。
「・・・ちょっと、返事しなさいよ! この馬鹿ー!!!」
最後のは冗談であってほしい!
いや、奴隷って嫌よ! ましてやアイツみたいな嗜虐心が豊富な奴の奴隷なんて!
・・・こうして、私は冒険者生活を過ごすことになった。
そして、
いかに私がこの世界のことを知らないのかを、
自分がどれだけ恵まれていたのかを、
どれだけクレイに助けられていたのかを、
この身で痛感した。
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