第25話 スキルとかよく受け入れられるね?

「とにかく、本格的な訓練をするにしても、一度レベルアップしてから動いた方が良いだろう。

 包丁も握った事のない素人に鋭い包丁を渡したり、火の使い方を教えないだろ?

 教えるには段階というのがあるし、段階を無理矢理飛ばしたやり方は長い目で見れば非効率でリスクが大きすぎる」


 だから、今は何も教えない。

 クレイは私にそういった説明をしてくれた。


「・・・それは、分かったけど、何でそんなに落ち着いていられるのよ?」


 頭では分かってるつもりだ。頭では理解しているが、どうしても不安が消えてくれない。


 のんびりとしたらそれこそ間に合わないかもしれない。そう思ってしまう。


「そりゃ、お前よりも大人だからだ」


 ・・・おとな? 誰が?


「大人はそういう事を言わないから。自分の事を大人という人間は大抵が子供よ」


 そういう事は心の中で言うのが立派な大人なの。つまり私こそが大人だ!


「・・・そんなに心配しなくても、サキがレベルアップしたらちゃんと次の段階に進む。

 いや、俺が心配しなきゃいけないのは・・・次の修行でお前の心が壊れないかだな」


 クレイは少し気まずそうな表情でボソリと言った。


 ・・・一体何をするつもりなのだろうか? 心が壊れるって何よ!?

 真剣に心配している辺りや、言いにくそうにボソリと呟く感じに現実感があって怖いんだけど!


「事前に言っておくが、レベルアップしたらお前を徹底的に追い込むからな。

 多分三日で音を上げるかもしれないが、一ヶ月はちゃんと耐えてもらうから。

 簡単に諦める事が出来ないように逃げ道も塞いでおいてあげるから、しっかりとやり切ってもらうぞ」


 ・・・やっぱり、このままレベルアップをしなくていいかもしれない。

 そんな弱気になる私だった。


 それからさらに一週間が経過した頃・・・


 私は訓練の内容に絶望することになる。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 それから数日ほど経過し、朝になって目が覚めた頃に訪れた。


「・・・あれ?」


 いつもなら、もう少し眠りたいと思う時間帯だがこの日は自然と目が覚めた。

 頭が冴えていて、不思議と体が軽かった。


 メイちゃんを起こさないようにベッドから離れて体を動かしてみると、今までの疲労感が吹っ飛んでいて、疲れを感じることは無かった。

 体は羽毛のように軽く感じて、軽く跳ねるだけで今までよりも高く上へと跳んだ。


「まさかこれって・・・」


 もしかしなくてもアレじゃない?

 というか、とうとう私も時代が付いてきたんじゃない?


 私はパジャマ姿のまま試しに逆立ちをしてみる。・・・あれほど出来なかった逆立ちが10秒以上も出来ている。


 ヤバい、これなら他にも・・・


「おめでとう、レベルアップしたようだな」


 興奮してはしゃいでいたところでクレイが部屋の前でパチパチと拍手をしていた。

 私はメイちゃんを起こさないようにベッドから枕をとると、「ノックして入れ!」と叫んで思いっきりクレイに投げつけた。


「実感はどうだ?」


 難なく枕をキャッチしたクレイに対して、多少ムカつきはしたものの・・・


「・・・凄いわね。自分の身体じゃないみたいよ」


 レベルアップすれば全然違うと聞いていたが、これほどの開放感だと思わなかった。

 今ならなんだってできそうな気がする。


 私がはしゃいでいる姿をクレイは呆れ・・・ておらず、むしろ驚いていた。


「何でアンタが驚いて・・・え?」


 私はクレイを見ると、その頭の上に立体的な文字みたいなのが浮かび上がってきた。


『クレイ・ローランス Lv??』


 クレイのフルネームと、その横に・・・数字は映っていないけど、多分レベルの数値が表示されている。


「・・・ねえ、何か変なものが見えるんだけど?」


「・・・スキルが勝手に発動したようだな」


 クレイが手に顔を当ててしかめっ面をしながらそう答えた。


「え、スキル?」


 この前クレイに説明されたモノだ。

 うろ覚えではあるが、天から与えられた才能みたいなもので、一般の人間では習得できないような能力を扱う事が出来る・・・だったっけ?

 そんな超能力みたいなものとこの現象は関係しているの?


「鏡を見て自分を見て来い」


 私は言われて洗面所に向かい自分の姿を確認すると、頭の上に何か表示されていた。


『サキ Lv2

 スキル『解析眼』使用中』


「・・・何よこれ!」


 自分の頭に文字が浮かび試しに触ろうとして見るが、通過するだけで全然手ごたえがない。

 気持ち悪っ! 幽霊みたいと言うか・・・気持ち悪っ!


「レベルアップしたからサキにスキルが授かったんだよ」


「・・・スキルってこの解析眼というやつ?」


 自分の頭の上にそう表示されている名前がスキルの名前なのだろう。


「分かったら目を閉じて心を落ち着けろ。このままだと不味い事になるから」


「・・・え?」


「いいから目を閉じろ」


 説明される前に指示されて、仕方なく私は目を閉じた。

 クレイの慌てようからして本当にまずい事になるのだろう。


「数字を数えながら深呼吸して、心が落ち着いたと思ったら目を開けろ」


 クレイの指示の通り、数字を数える。一つ、二つ、三つ、四つ・・・


 しばらく数えていると、クレイが目を開けていいぞと指示を貰い、目を開ける。


「・・・あ、見えなくなった」


「精神が昂ってスキルが勝手に発現したんだ。

 あのままだと魔力が勝手に枯渇していって大変なことになっていたぞ」


 魔力枯渇と言うと、陣術を習い始めた時に起きたあの現象?


 頭痛と嗚咽感で数日ほど地獄を見たあれ?


「・・・ちょっと! 早くそれを言いなさいよ!」


 私がツッコミを入れると、再びクレイの頭の上にステータスが表示した。


「ほら、また発現してるぞ! いいから落ち着け!」


 私は慌てて目を閉じて、深呼吸を始めた。


「ま、まあ、これはまた、面倒なスキルを引き当てたな」


 クレイの声に多少の笑い声が含んでいるが、はっきり言って笑い事ではない。

 ・・・この生活にだんだんと慣れて理解したけれども、こいつって多分Sだ。人を見下したり、人が困っている姿を見るのが大好きな人間だ。最低だ。クズだ。


「このスキルって言うのはどういう原理なの? 本当に意味が分かんないわ」


 念のために近くにあった椅子に座って目を閉じたままクレイと会話する。

 いや、本当に意味が分からない。何で勝手に私の名前が表示されたの?

 しかも表示されていたのがこの世界の文字じゃなくて日本語だったし!


「スキルの原理はまだ判明していない。だから天からの恩恵と言われているんだ。

 仮説の中には遺伝子内にそうした可能性が秘められていていると言われている」


 つまり、もともと私が持っている才能として勝手に発動しているって事?


「私の世界にこんなデタラメな力は無かったわよ」


「あくまでお前の世界の時はだろ? 勇者召喚の際に肉体に何か影響が与えられてもおかしくない。

 というより、与えられているから勇者と呼ばれてると思うが?」


 それって、今の私の身体が元の世界の時とは違うという事? つまり、今の躰は元の世界とは別物という事!?


 ・・・だったら、もっと成長した姿でここに呼んでもらいたかったわ!


 あ、成長して欲しいというのは背の大きさの事よ。身長の事を言っているからね!


「だからってさ、勝手にスキルが発動するとかひどくない?

 私、ずっと目を閉じて生活しなきゃいけなくなるわよ!?」


「スキルを発動する時はイメージすれば制御できるように本来はなっているんだよ。

 まだ魔力の扱いに慣れていないサキは感情を用いて勝手に発動するようになっているのさ。

 ほら、ギアの使用も感情を利用して魔力を流しているから、その癖が染みついて勝手に発動しているのさ」


 つまり、感情が昂れば自然と魔力が流れてスキルが勝手に発動する体になったわけね。


「・・・じゃあ、そう言う風に教えたあんたのせいでこんな風になったわけじゃん!」


「魔力を扱うにはそれが一番手っ取り早いんだよ。いいからイメージを固めろ。

 頭の中でスキル名を唱えた時だけ発動するようにイメージしろ」 


「イメージって・・・どういう原理で発現しているかもわからないのに、そんなんで制御が出来るようになるのっておかしくない?」


「逆に聞くが、お前は目に映る光景を意識したことがあるのか?

 目の構造上、映る景色は上下左右反対だけど、脳が無意識に処理してまともに見せている。

 スキルも同じだ。原理は理解していなくても脳が無意識に制御して出来るようになるし、使い方さえ知れば誰でも利用することは出来る」


 ああ、そうですね。別に理解していなくても利用することは出来るわよね。

 元の世界で例えるなら、『スマホの原理を理解していないけど普段利用している私達』って所かしら?


 まあ、それは良い。制御出来るようになるのなら、特にこのスキルについてそこまで深刻に考えなくてよさそうだ。


「因みに解析眼というスキルってどういうものか知ってる?」


 文字通りの意味であれば、何かを細かく調べる眼になるが、どういった物をどれだけ細かく調べられるかは分からない。


「・・・解析眼とは非常に珍しいスキルだな。物の価値や人物の状態を文字通り解析することが出来る」


「珍しいって・・・凄いスキルなの?」


「凄いスキルというより、便利なスキルだな。

 使いこなせば、目の前の食材が新鮮なのか腐っているのか判断することが出来るだろう」


 ・・・確かに便利と言えば便利かもしれないが、その説明じゃ全然凄さが感じられない。


「長時間使用すればすぐに魔力がなくなるから常時利用しようとするのは止めておけ。

 あと、一度に複数の解析を行おうとすれば、処理に耐え切れずに多分頭が壊れるから注意しろよ」


「能力がショボいわりにデメリットが酷い!」


 食材の鮮度を確認するだけで命の危険を感じなきゃいけないとか理不尽すぎる!


「役立つかは使用者次第という事だ。上手く扱えれば値千金の価値があるスキルにもなる」


「・・・使い方って何に使えるのよ? というか、よくそこまで知っているわね」


 クレイって聞けば何でも答えてくれるけど、結構博識じゃない?


「魔法を扱う人間は大抵が博識だ。原理のないイメージほど、効率悪いものはないからな。

 ちなみに、解析眼は使えないが、似たような事が出来るから対処は知っている」


 ・・・はい、さりげ自慢キター!そのオチをつけないと終われないの?

 というより、クレイが使えるのであれば私のスキルって意味なくない?


 いや、それよりももう一つ気になる事がある。


「クレイの名前は表示されてレベルは表示されていなかったけど、それってスキルの故障?」


 もしそうであれば、私は今日一晩中ベッドで涙を流すハメになる。

 何が悲しくて不完全なスキルを抱えて過ごさなくちゃいけないのだろうか?


「俺がスキルを持っているわけじゃないから、詳しくは分からない。だが、一概に故障とは言えない。

 スキルをまだ使いこなせてないだけかもしれないし、自分よりレベルが上の人間には表示されないという条件があるのかもしれない」


 つまり、成長すればきちんと見ることが出来るという事だろうか?


「・・・まあ、良いスキルが手に入ってよかったな。

 これで捕まったとしてもお前に価値が存在するから、命を奪われる可能性は低くなった。

 監禁生活か、無理やり婚約させられるか、人体実験か・・・まあ、そんなところだな」


「ごめんなさい!全然待遇が良くないんだけど!」


 むしろ、それがどうして好待遇に聞こえるのか分からない!


 ・・・いや、捕まることを想定するのは止めよう。そうならないように頑張っているんだから。


 ・・・なんか、レベルアップして体力が上がったはずなのに、物凄く疲れた気がする。


「それじゃ、スキルも収まった事だし、そろそろメイちゃんとロギアを起こしてご飯にするから行くわね」


「そうだな。レベルアップしたのなら、今日から地獄の生活が始まるんだ。

 俺も準備しておくから、気持ちを整理しておけよ」


 ・・・本当にこいつの前から逃げようかな。

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