第24話 能力が上がるって何なの!?

 強くなるためには覚悟がいることは何となく理解していた。

 でも、それが現実を前にすると自分の抱いていた覚悟がいかにちっぽけな覚悟だったのか理解できる。

 もはや私の心は壊れかけていた。誰かに救ってほしかった。この地獄を終わらせてほしかった。


「もう無理。飲みたくない。甘いもの食べたい」


 私は目の前のグロテスクな色をしたドリンクを見て、心が折れる。

 何度飲んでもこの強烈な匂いと不快感を感じる味に慣れることは無い。

 鼻を塞いで嗅覚を誤魔化しても、口の中にドロリと後味が残る。水で流したとしても大した効果がない。

 この地獄から解放されたい。王都で食べた甘いクレープを食べたい。


「・・・不味いの飲んだの」


 メイも私と同じようにドリンクを毎日飲んでいた。私と違って、このドリンクのまずさに耐性があるそうで指定の量を難なくと飲み干していた。

 しかし、そんなメイも毎日飲んでいるせいか最初に見せた余裕は無く、嫌そうな顔を隠せていなかった。


「・・・どうしてロギアもドリンクを飲まないといけないのデスか?」


 白目を剥いて指で押せば倒れそうなほどに弱っているロギアは何とか意識を保ちながら飲み干してクレイに抗議している。


「お前だけ普通の料理を食べていたら、サキの心が折れるだろう。

 一緒に苦難を乗り越える仲間がいれば、心優しいサキはお前を見捨てて簡単に諦める事ができない。

 仲間意識を持つことが困難に立ち向かう力になるんだ」


 クレイは笑顔でそう言った。


「本当にありがたい環境ね。・・・反吐が出るわ」


 クレイの嗜虐心が含んだ笑顔を手に持っている飲みかけのドリンクで思いっきりぶちまけたいが、なんともない顔で仕返しにジョッキが一杯増えるだけと分かっているので手を握ったまま前に飛ばさない。

 その怒りに乗じてジョッキの中身を飲み干すと、すぐさま水で口の中を洗い流した。


「・・・ほら、これでいいんでしょ」


「ああ、よく飲んだ」


 あれから一週間が経つ。私の日課はこのドリンクの摂取と町の近辺にある訓練場(クレイ制作)でランニングやストレッチ、ダッシュ走や筋トレなどの訓練が加わった。

 やることは増えているが、仕事の量は変わらないので、私の自由時間は確実に減ってしまうが、この世界では娯楽がないので空き時間はいっぱいある。

 私の自由時間でやることなど、この世界の本(この世界の公用語)を読む事や化粧品の開発ぐらいしかない。

 ・・・まあ、どちらも私にとっては大事な事なので削られたくないのが本音だが、しばらくの間と考えれば何とか続けられるだろう。


「それにしても・・・こんな劇物を不味そうに飲まないアンタを見ると、羨ましさを通り越して呆れるわ」


 クレイは表情を曇らせる事なく、ごくごくと特製ドリンクを飲み干していた。

 この男・・・味覚障害でも患っているのだろうか? そんな生活で楽しいの?


「俺はお前の体力のなさに呆れているけどな。前から非力だ貧弱だと思っていたが、まさか子供より能力が劣っているとは俺も予想できなかったぞ」


「・・・インドア派だから仕方ないでしょ」


 非力について反論はできなかった。事実だったからだ。

 私とメイちゃんは早朝と夜にランニングやら筋トレやらをしているが、先にバテテしまうのはいつも私の方なのだ。

 しかも、訓練を続けるうちに差がどんどんと大きく開いている。メイちゃんの体力が大きく成長して・・・いや、戻りつつあるからだ。


 メイちゃんはここで暮らすうちに栄養失調が回復しつつあった。始めは遠慮しがちだった食事もしっかりと食べてくれるようになり、もう少し時間が経てば年相応に元気な体へと戻るだろう。


 ちなみにメイちゃんの体力は多分だけど元の世界であれば全国陸上に通用するレベルだと思う。

 だって、50m走を普通に7秒くらいで走り抜けるんだよ? 10秒台の私とはえらい違いである。

 この世界の人間は元の世界の人間より体力があるのか、それともメイちゃんが特別なのか分からないが、これでまだ全快ではないというのだから末恐ろしい。私の妹は素晴らしい!


 仕事でも私と一緒に掃除をしてくれたり、荷物を一緒に運んでくれたりしてくれるし、少しずつだけど私に心を開いているように感じる。


 ぶっちゃけ可愛い。こんな妹が前の世界でも欲しかった!


 ・・・話を戻そう。そう言う訓練をしているが、今の私にレベルアップという現象の兆しは感じられなかった。

 普通に訓練している分には成長しているかもしれないが、特段に急成長するような感覚は感じられない。


「ねえ、こんな風に過ごして本当に効果が出るの?全然実感がわかないんだけど」


「安心しろ。ゆっくりだが確実に身体は魔力が貯まって、レベルアップの準備をしている。

 レベルアップしたら嫌でも実感できるから、それまでのんびりして待て」


「のんびりって・・・」


 そんなに落ち着いていいのだろうか?

 私がお城から逃げてもうすぐ一ヶ月になる。国の連中が諦めてくれたのであればそれでいいのだが、クレイが言うにはそれを望むには期待が薄すぎるという。

 ならば、向こうは着実に私たちを追いかけているわけで・・・私が見つかるのはもしかしたらすぐなのかもしれない。いや、魔族が再び襲いかかるのが先なのかもしれない

 そんな不安があるので早く強くなりたいのに、クレイはそう言ったのだ。流石の穏健な私でも苛立ちを隠せないでいる。


「あのさ、レベルアップして体力をつけるのを待つだけじゃなくてさ、他の魔法を覚えたりとかした方が良いんじゃない?」


「陣術の構築式なら本にして渡しただろ?」


「解毒薬の調合が逃げる時に何の役に立つのか教えてくれる?」


 この世界の文字を完全に解読できない私の為に簡単な文字と図を用いた文章で説明が書かれていたが、クレイが渡した本はあまり役立ちそうにないような陣術ばかりだった。

 いや、役に立つと言えば役に立つかもしれないが、少なくともこの状況でもっと他の事を身に着けた方が良いと思うものばかりだ。

 書いてあったのはいくつかの種類の毒を解毒できる低級万能薬のレシピ、そして、結界術というものだ。

 結界術とは一定区域に作動する特殊な空間にのみ作用する魔法のようなものだ。

 クレイの家にある治療室も結界が作動していて、あそこの空間は自然治癒効果の上昇、それと痛みや感情を鎮静させる効果があるらしい。

 王都やケルクの街には魔物を寄せ付けない大きな結界が張ってあり、誰かが操ったりしない限り魔物が街を襲う事は滅多にない事らしい。


 ・・・もっとも、私に教えようとしている結界の効果は警報という、初心者でも扱いやすいものだ。

 緊急事態を知らせるというメリットは確かにあるかもしれないが・・・そんなに役立つ物とは思えない。


「もっと逃げるのに役立つ魔法は無いの?」


「解毒も結界も必要なものだと思うが・・・例えば?」


「えっと・・・姿を消せる魔法や、相手を足止めする魔法とか・・・」


「それこそまだ早い。魔力を自在に操れない人間がそんな複雑な魔法を覚えようとすれば失敗して反動リバウンドを喰らう。最悪死ぬぞ」


 クレイはそうハッキリと断言した。


「死ぬって・・・そこまで言わなくても・・・」


 大げさな冗談だと思っていたが、クレイの目は真剣だった。


「お前が初歩の陣術で魔力切れに苦戦するのだって、魔力の制御が上手く出来てないからだ。

 簡単な陣術ですら上手く出来ないのに、他の魔法を覚えようとしても意味がない」


 ・・・確かに、陣術で回復薬を作る時はすぐにバテてしまう。ロギア程ではないが、私も魔力操作が不器用な方らしい。

 そのため、私の陣術には無駄が多く、魔力を流すだけのギアと違い、魔力が空回りして余計な消費をしているらしい。


「大体、そんなものならギアで代用できる。お前が今すぐ覚える意味がないな。俺ならともかくな」


 逆に、魔力の扱いが上手い人間であれば陣術の方がギアよりも効率よく魔力を消費するという。

 ・・・くそ!どうしてこいつは隙を見れば自画自賛ばっかりするの!?


「魔力の制御もレベルが上がれば楽になる。そうすれば色々と出来るようになるさ。・・・多分な」


「多分とか余計な不安を煽る言葉は止めてくれない!?」


 なぜ、自分の言葉に対して責任から逃げようとする? 私が成長しなかった場合、ごめんじゃすまないからね!


「仕方ないだろ。レベルアップしてどの能力がどれぐらい上がるのかは流石の俺でも調べられないからな」


 どの能力が上がる・・・ってあれ?


「・・・そういえばさ、能力が上がるってどういう意味よ?」


 今さらながら不思議に思う。能力が上がるというのはどのような内容が上がることを指しているの?

 いや、何言ってんだと思うかもしれないが、具体的にどんな変化があるのか想像できない。

 力持ちになったり、足が早くなったりすることだろうか?

 それとも、魔法を自在に操れる力が生まれるのだろうか?

 弟がやっていたゲームでは攻撃力とか防御力とかが上がっていたけど、この世界でも同じなんだろうか?


「レベルが上がる事によって能力が上がる項目は主に六つだ。

 それぞれを筋力、体力、魔力、理性、感性、器量と一般的に呼ばれている」


 筋力や体力と言うと、重いものを持てたり、長時間動けるようになるものだろう。私が足りていないと自覚しているものだ。

 魔力も憶測だけど扱える魔力量が増えたりするのだろう。ここまでは何となくわかる。


「理性とか感性、器量ってどういう意味よ?」


 理性とか、感性とか、全然意味が分からない。


「理性は簡単に言えば我慢強くなるという事だ」


「単語の意味くらいは知っているわよ!どんな風に能力が上がるのかを聞いているのよ!」


 理性が上がると言われても、そもそも理性と言うのが抽象的な意味合いなので能力が上がると言われても簡単に想像つかない。

 そもそも理性は『有・無』で判断されるものであって、筋力や体力のように他人と簡単に比べられるようなものじゃない。


「理性という項目が上がると、精神的干渉に強くなる」


「精神的干渉って例えば?」


「簡単に言えばストレスだな。不快音や悪意、苦痛や誘惑、そういったものに気にならなくなる」


「・・・ああ、そういう事ね」


 要するに忍耐力と解釈すればいいのだろう。

 辛い事を我慢する。理不尽を耐え忍ぶ。そうした力を身に着ける能力という事か。


「今の私には必要のない能力ね」


 要は昔の私みたいになるんでしょ?


 確かに今の私より、昔の私の方が忍耐力と言うのがあったのだろう。

 そして、その力が私にもっとあれば、こんな場所に来ることは無かった。

 あの時、もっと耐えることが出来たら、クレイに迷惑をかけることは無か・・・


「あくまでそう言った干渉に耐性を持つだけだからな?

 どんなに理性を身に着けようが、お前はお前のままだ。気に病むことは無い。これ以上、自分を卑下に考えるのは止めろよ」


 ・・・こいつはこういう時だけ私に気遣う事を言うのよね。


「じゃあ、理性が上がっても性格は変わらないのね?」


「ああ、その人物の本質は変わらない。感情的なものはどんなにレベルが上がっても感情的なままだ。

 ただ、理性の能力が高ければ、感情的に怒っても、思考がかき乱されたりしなくなる。どんな状況に陥ろうとも理に適った行動が出来る。

 ま、理性が高い人間でも道理に従わないクズな奴が腐るほどいるけどな」


 ・・・なんか、最後の説明に怒りがこもっているみたいだったけど、何かあったのかしら?

 面倒なことになりそうだし、無視して次の説明に進めよう。


「それじゃ、感性と器量というのは?」


「ああ、感性は、要は運動センスが良くなる。感覚器官の向上だな。

 視野や洞察力が上がったり、音を細かく聞き取れるようになっていく。

 器量は集中力、つまり力の制御が上手くなる。

 力や魔力の制御が上手くなる能力だと思ってくれ」


「・・・ごめん、どちらも似たような意味に聞こえるのは間違いかしら?」


「結果だけ見れば内容は似ているかもしれんが、過程を見れば全然違う。感性が脳への受信能力とすれば、器量は脳からの送信能力になる。

 どちらも感覚に基づく能力ではあるが、扱う器官が違うんだ。

 例えるなら、ピアノを演奏する際に、楽譜を読んだり音を聞き分ける能力は感性、鍵盤を操作する能力は器量が重要になると思ってくれ」


「・・・まあ、言いたいことは分かったわ」


 細かい説明はついていけないが、何となく理解は出来る。

 要するにどちらも必要な能力である事は確かだろう。


「本題に戻るが、能力が上がると言っても全体的に能力が少しずつ向上する人間もいれば、一部の能力だけ突飛して向上する人間もいる。

 レベルアップで物凄く上がる人間もいれば、僅かにしか上がらない人間もいる」


「つまり・・・みんな平等というワケじゃないのね?」


「お前が元から運動が苦手なように、世の中には才能と言うものがある。

 努力で補える要素もあるが、明確に差があるのはどうしようもない」


 ・・・ああ、才能ね。確かに遺伝子情報と言うのはバカに出来ないものね。

 環境によって生まれる後天的な才能もあるが、どうしたって遺伝子的な先天的な才能は存在する。

 それを否定する程、私は子供なんかではない。


「ちなみに、ロギアは筋力と体力が大きく上がるデス!」


「代わりに器量は絶望的に伸びていないけどな」


「・・・ああ、何となく分かる気がするわ」


 確かにロギアは体力があって力持ちだし、物凄く不器用だからそう言われると妙に信憑性がある。

 ・・・という事はロギアはレベルアップを経験しているという訳ね。


 ・・・私と変わらないくらいの細腕でどうやってあんな力が発揮するか・・・それだけは謎だけど、そこは追及しない。

 追及したら、多分クレイから何時間もの説明を受けるようになるもの。


 この世界って、物理的法則とかはある程度この世界と同じだろうけど、魔力という存在で元の世界じゃ根本的に不可能なものを可能にしちゃっている。

 ・・・でも、あんな力が私にもあれば少しは力になれるかもしれない。


「逆に一番必要の無さそうな能力は理性よね」


 窮地の状況になった時に冷静になれるというのは確かに大事かもしれないが、そんなものは能力を上げなくても十分に通用するだろう。

 要は冷静な対応を選択をすればいいのだ。それぐらい簡単だ。何せ大人なんだ。


「いや、理性こそ今のサキに必要な能力だろ?」


 クレイは即座に否定した。


 それって、私が子供っぽいと言いたいのかしら?喧嘩売っているのかしら?

 ぐーだらと生活しているようにしか見えない人間に言われたくないわ〜。


「わざわざ隠れさせたのに、追われている連中の前に堂々と姿を現したり、

 家にいろって忠告したのに、勝手に飛び出して死にそうになったり、

 相談も何もせずに直感で奴隷を選んで購入したり、

 そんな感情に身を任せて窮地に陥れるような人間にはいくらあっても足りないくらいだ。違うか?」


 ・・・どうやら、私はクレイに相当信頼を失っているようだった。

 うん、振り返ってみると私もドン引きだわ。もっとうまくやれるでしょ私!

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