第23話 ステップワンでこれはキツくない!?

 正直言えば、この行為に何の意味があるのか全く分からない。

 これが本当にこれからの為になるのか予想もつかない。

 ただ分かるのは、この行為は私にとって苦痛である事だ。


「力を抜け、深呼吸しろ」


 クレイに言われて、私は仕方なく呼吸を整えて股を開く。

 ここからの彼は容赦がない。


 私が力を抜こうとしているところでクレイは合図もなく力を入れて押し込んだ。


「んっ!」


 私の躰がクレイを押し返すように抵抗するが、むなしく前に押し込まれて・・・


「痛い痛い痛い痛い痛い!!!」


 激痛が走る。昨日の夜もこれをしているおかげで眠れなかった。

 クレイにすぐ止めるようにお願いしてみるが聞き入れてくれない。


「やっぱりお前の身体は固いな。これじゃ少し動いただけで怪我するぞ」


 クレイは私の制止を無視して奥へと少しずつ押し込んでいく。


「はぁ、はぁ、無理、もう無理!これ以上押し込まないで!」


 これ以上は割けちゃう!二つに割れちゃう!


「・・・何をしているの?」


 メイちゃんは少し呆れた顔をして私たちを見ていた。

 私たちが何をしているのか理解していないのだろう。この世界ではこれが一般的に普及されていないのかもしれない。


「奴隷、見てわからないのか? 柔軟体操だ」


 ・・・そう、私とクレイは昨日の夜から柔軟体操をやっていた。

 別に何かの暗喩とかではなく、本当に柔軟体操をやり続けていた。おかげで寝不足である。

 決してアレ的なアレなんかではない。勘違いしてはいけない!アレなんかではない!


「昨日からしているけど、これに何の意味があるのよ?」


「だから強くなるための訓練だと言っている」


 強くなるための訓練が柔軟体操というのはちょっとおかしいと思う。

 そんな気軽で簡単に強くなることが出来るのであれば、この世界の人間は苦労しないだろう。


「おい、足を曲げるな。筋肉がきちんと解れない」


 そう言ってクレイは私の足を手で押さえて、体で私を前に倒し、私の耳元でそう呟き・・・って、ちょっと! 顔が近い! 声がくすぐったい! あと痛い! 止めて!


「サキおねえちゃん、大丈夫なの? 顔が赤くなっているの」


「だ、大丈夫よ。運動してるから身体が熱くなっているだけ!」


 私は平然を意識しつつメイに返事をすると、体が軋む痛みに耐えて柔軟体操を終えた。


 はっきり言って全身に疲れを感じる。やっていることは体を曲げているだけなのに息が上がってしまい、地面にばたりと倒れてしまった。

 どうしてこんなに疲れるのだろうか?


「極度の運動不足だな。ストレッチでへばる人間は中々いないぞ」


 否定は出来ないが、クレイから真面目にダメ出しされるのもなんか腹立つ。


「訓練って、こんなので強くなるデスか?」


 ロギアが『こんな楽な方法で強くなるのか?』と疑いを持った目をしている。

 奇遇だ。私もそう思っていた。もっと厳しい修行みたいなのを覚悟していた。

 剣術とか新たな魔法の習得とかこれよりは厳しい訓練を覚悟していたので、こんなので成長できるのか逆に不安になる。


「武術にしろ、魔術にしろ、そんなものを詰め込んだところで、今のサキには意味がない。

 強くさせるためには根本的なものがたくさん足りていないからだ」


 いや、少なくとも柔軟体操よりマシな訓練はあると思うわよ?


「師匠、そんなことするより『レベル上げ』をした方が早いデス」


 私はロギアの言ったその言葉に耳を傾けた。


「・・・レベル上げ?」


 私がその言葉がどういう意味か分からないでいると、クレイは暖かい目で私を見ていた。


「・・・魔力が存在しない世界だからもしやと思っていたが、やっぱお前の世界ではレベルという概念が存在しなかったんだな」


 いや、レベルという単語は知っている。土木とかの専門用語とかでなければ、英語で段階という意味だ。この世界では意味が違うのだろう。

 でも、こう見えて、私は知っている。ゲームの世界では強さの段階として表していることを!


 ・・・って、いやいやいや!ゲームの話!

 ここは現実の世界であるわけでして・・・


 魔法とか普通にある世界で、魔王とか魔物とかがわんさかいる世界で・・・ってゲームの世界観のまんまじゃん!


「・・・レベルというのは要は急激に能力が上がる肉体の特殊現象の事だ。

 体内に貯蓄された特殊な魔力が溜まる事で発現し、各器官がその魔力を取り込むことによって強くなる」


「・・・原理はともかく、本当にそんなゲームのご都合主義のようなものがこの世界にはあるのね」


 何というか、この世界って変な所で物理法則というか自然法則を無視したところがあるよね。

 まあ、世界が違うし、原理なんかも違うだろうから深く考えてもしょうがないかもしれないけど・・・


「レベルが上がるとそんなに強くなれるわけ?」


「全然違う。レベルが上がった人間と上がっていない人間では能力の差が大きいし、何度もレベルを上げた人間が一人で竜を倒すこともできるようになる。

 勇者を国が重宝するのも、レベルによる恩恵が大きいからだ。」


「・・・へえ」


 何というか、いまいち実感がわかない。

 クレイやロギアは確かに化物だけど、それはあくまでこの世界の人間だからと、納得している私がいる。

 そんな聞き慣れないモノで、私がクレイやロギアのようになる想像が出来ない。


「勇者が重宝される重大な要点なのに・・・国の連中から聞いていなかったのか?

 多分、一番最初に説明されたと思うぞ?」


「あ、あの時は混乱していたから聞く余裕なんて無かったわよ!」


 いきなり城の中にいて、おもてなしされたかと思えば、変なものを見せられたリ、何か試されるようなことをされていたのだ。

 状況を理解するより先に、こんな物騒な場所から逃げる事しか考えられなかった。


「とにかく原理は分からないけど、そのレベルというのを上げることで、私は強くなることが出来るのね」


「あくまで方法の一つとしてだがな。だが、現時点ではそれが最も効率がいい」


「・・・それで、どうして柔軟体操になるわけ? レベルを上げさせる事を優先させてよ」


「レベル上げ以前の問題がいっぱいあるからだ。レベルを上げる訓練をしようにも、それ以前に体力不足でくたばってしまったら意味がない。

 レベルが簡単に上がるような代物なら、食物連鎖の頂点はとっくに人間様になっている」


 その話を聞く限り、この世界での頂点は人間ではないのだろう。

 でも、確かに簡単にあがるようなら、そこらにいる一般人も魔物に苦労することはない。


「レベル上げってそんなに大変なワケ?」


「レベルを上げる方法で最も単純で効率的な方法は魔物を倒すことだが、今のお前にやれると思うか?」


「・・・無理です」


 その脅威から立ち向かう為に強くなろうとしているのに、強くなる前に倒せるわけがない。


「こんな初歩の運動でさえ息が上がるんだ。いくら能力を底上げしようと厳しい訓練しても、土台となる体力が貧弱なら、成果が出る前にすぐに体を壊してしまう。

 だから、サキには出来る範囲で基礎的な能力を向上させながら、レベル上げを目指してもらう」


 目指すって簡単に言っているが、先ほどの説明では簡単そうに言っていなかったよね?


「柔軟体操何かでレベルが上がるって言うの?」


「レベルを上げるのは別の方法だ。魔物を倒すより効率は悪いが、今の時点で魔物を倒すとか不可能だろ?」


 断言しなくてもいいんじゃないかしら!? いや、その通りなんだけどさ!


「本格的な訓練は一度レベルアップしてから取り掛かる。

 今はその貧にゅ・・・貧弱な体を鍛え上げる事が先決だ」


「そうですか・・・死ね!」


 私は全体重を込めてクレイの背中を前に押した。


 しかし、クレイは特に抵抗力を見せずに前にそのまま体を倒し、地面に着くほどに曲げていた。


「うわ・・・きもっ!」


 自分で思いっきり押しておいてなんだけど、それを容易に行える姿は凄いを通り越して気持ち悪かった。

 ・・・全国の体操選手、バレリーナ等に謝ります。申し訳ありません。


「凄いの。ぐにゃってなったの」


「身体が柔らかければケガをしにくくなる。

 動きに幅が出来て、姿勢が崩れても即座に対応できるようにもなる。

 武術を学ぶつもりなら体の柔らかさは必須項目だから、しっかりやれよ」


「・・・レベルが上がったら柔らかくなったりしない?」


「きちんと柔軟体操をしていればな。

 レベルが上がってもそういった能力は上昇するが、元から高い事に越したことは無い」


 要は基礎をサボるなと言うことなんだろう。


「まあ、言いたいことは何となくわかったわ。

 それで、結局のところレベルを上げるってどうすればいいワケ?」


「簡単だ。魔力を摂取すればいい」


 ・・・いや、当然のように言っても分からないから。魔力を摂取って、どうやって摂取すればいいのよ?


「魔力を摂取する手段は色々あるが、主な手段は二つだな。

 一つは先程も言った通り魔物を退治すればいい。

 そして、もう一つの方法だが・・・食事だ」


「「食事!」」


 先程まで説明についていけなかったロギアとメイがその単語に大きく反応した。


「ご飯で強くなるならロギアも一緒に頑張るデス!」


「わ、私も頑張るの!」


 ロギアとメイが一気にテンションをあげた。

 でも、私は冷静に疑問を抱く。


「食事って・・・普通に食べて強くなったりするなら、それこそみんなが強くなったりするんじゃない?」


 私がそう聞くと、クレイは面白くなさそうに舌打ちした。

 ・・・どうやら私が楽そうに挑んで苦しむ姿を見たかったらしい。趣味悪!


 となると、苦味の強い食材や癖の強い食材が鍵となるのだろうか?


「普通の食材じゃ食べても単純に栄養価として消化するだけだからな。

 特殊な素材を摂取することでレベルアップにつながる」


 特殊な素材? 食材じゃなくて?


 ・・・なんか本当に嫌な予感がする。


「それじゃあ、特訓のステップワンだ。これを毎日一食一杯、全部飲み干してくれ」


 そう言ってクレイが机の上に置いたのは・・・初日に飲まされたあの劇物だった。


 それを再び見てしまっただけで私の思考は飛んで、無意識に鳥肌が浮かび上がる。


「・・・ごめん、何で?」


「食事方面で強くなるんだろ?だったら、この『特製ドリンク』を飲むのが一番の成長の近道だ」


「い、いやいやいやいやいやいやいやいや!」


 ワケがわからない。これは少なくとも食べ物ではない。加えて言えば飲み物でもない!


「食事って知っている? 人間が幸福に栄養を摂取するための要素よ。方法よ。

 これじゃただの拷問じゃない!」


「食事という言い方が悪かったのは謝る。

 だがまあ、これをお前の世界でいうなら、筋肉を増強させるためにご飯じゃなくてプロテインを摂取するようなものだ」


 魔力を摂取するためにこれを飲まなくちゃいけないのなら、なるほど確かにプロテインと同じかもしれない。

 でも、これをプロテインと呼ぶにははっきり言って酷過ぎます!

 だって、不味いなんて物じゃないもん! 下手したら意識が失うレベル! 胃がムカムカして全然受け付けられないレベル!


「ロ、ロギアはやっぱり・・・サキが成長するのを見守るデス」


 先程まで積極的だったロギアが急にしょんぼりして後ろへ下がってしまった。


「・・・これを飲んだら強くなれるの?」


 だけど、メイはジョッキを持ってじっと見つめていた。


「メイちゃん、止めた方が良いわよ!飲んだらしばらく悪夢を見るから!」


「サキの言っていることは冗談じゃないデス!止めるデス!」


 しかし、メイはスンスンと臭いを嗅ぐと、忠告を無視してごくりと一口飲んだ。そして・・・


「・・・不味い」


 そう言って、メイは嫌そうな顔をして・・・あれ?


「・・・メイちゃん、それだけ?」


「他に何があるの?」


 何があるって、逆にたいした反応をしていないから驚いているの。


「いや、何というか、反応を見れば全く飲めないように見えないから・・・」


「別に飲めないことは無いの。むしろ、毒じゃない分まだマシなの」


 ・・・いや、毒って、どれだけ過酷な環境にいたのよ!?

 それも気になるけれどそれどころじゃない!


 メイが特製ドリンクをゴクゴク飲み干すと、クレイはにこやかに笑い、新たにジョッキを用意して、ドリンクを入れると私に向けた。


「それじゃ、お前も一気で行け」


「ちょっと待って、マジで無理!本当に嫌!」


 あの時の味を今でも悪夢として蘇る。


「魔物も嫌、これを飲むのも嫌、お前の覚悟はその程度のものか?」


「うっ!」


 クレイがニヤニヤと笑って私を挑発する。


「・・・こんな子供が飲んでいるのに、大人のお前は無理か・・・ハァ」


 ・・・私は怒りに身を任せてジョッキに手をとった。


「これを飲み干せば強くなれるのよね!?」


「毎日飲み続ければな。鍛錬は何日も続けるからこそ意味があるんだよ」


 つまり、何日も飲まないと効果は見られないという事ね。


「別に嫌ならいいぞ。お前が強くなる必要は本来ないんだからな」


「・・・」


 その言葉を言われたら私は飲まざるを得なかった。

 私が強くなれば守れる命があるからだ。


 私は一気にジョッキを傾けて飲み干し・・・


「よく飲み切った・・・ん?」


「い、意識が飛んでいるデス!」


 私が目を覚ましたのはそれから一時間後の事らしい。

 死んだはずのおばあちゃんと会えたような気がした一時間だった。

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