第22話 いつの間にそんな事したのよ!?

「ブレリオ伯爵、どうしてそう思われる?」


 ディオン副団長が尋ねると、ブレリオ・ウィル・バーナード伯爵が当然のように答えた。


「いや、普通に考えたらそうだと思えないか?

 専門家でない私には分からないが、勇者の痕跡に反応するギアの効果は本物なのだろう。

 だが、特定できなくなるように、このような工作がされていた。

 つまり、勇者を匿った人物は騎士団の調査でそう言う手法をとることが予め分かっていたということだ。

 そして、それを知っているのは王国騎士団の人間とこれを作った騎士クレイ・ローランスになる。

 だったら、王国騎士団を除けば、一番の容疑者は彼になるのが当然ではないのかい?」


 その説明に多くの貴族が同調した。


「そうだ・・・、そうに違いない!」

「今すぐクレイ・ローランスをここに呼べ!」

「あの暴君陣士を断罪して、八つ裂きにすればいい!」


 クレイを敵視している貴族はここぞとばかりに本音を垂れ流す。

 しかし、リーンは予め想定していたセリフで対処する。


「・・・ええ、その可能性も否定できません。

 ですが、彼が勇者を匿った人物だと断定するにはあまりにも不可解な点があります」


「それは何かな?」


 主導権を握ったと思っているブレリオ伯爵は議長を無視してリーンに尋ねる。


「いくつかありますが、一つは彼も犯行に及んだ候補者の中に入っていることです。

 彼が犯行を及んでいるのであれば、自身が疑われるような跡を残さない。

 勇者が存在した痕跡を見つける事が出来るのであれば、消す事も彼にとっては朝飯前です」


 配られた資料の名簿の中には確かにクレイ・ローランスの名前が記載されていた。

 もし、クレイが本当に勇者を匿っているのであれば疑われるようなことはしないように思える。


「確かに宮殿魔術師の候補者にまでなった彼であれば出来るかもしれないが、必ずやるという確証ではない。あえて、そうしなかったという可能性もある」


「根拠はそれだけではありません。最も重要な要素が抜けております」


「・・・何かね?」


「彼は勇者召喚について何も聞かされていない。

 何も知らない彼が匿った人間を勇者だと判断して匿うのはありえません」


 実際にクレイがサキが勇者だと確認できたのは彼女を匿ってからだ。倒れていた彼女の容態を確認している最中でクレイはサキが勇者だと判明した。

 それまでクレイは彼女が勇者を召喚していたことも、勇者召喚が行ったことすら知らなかったのだ。


「どこかで情報を手に入れたのかもしれない」


「王宮に勤める貴族や騎士団でも一部にしか伝えなかった極秘の情報ですよ?

 彼の陣士が情報を得られる機会があったとは思えません」


 嘘ではない。相手の言葉の真偽を調べる『審判』のスキルを用いてクレイを確認していた。

 出来るか出来ないかの話はともかく、クレイが国の情報を盗んでいないのは確かだった。


「力のない勇者を捕まえることもできない未熟な騎士団からなら、情報を盗むのは容易かろう」


 その言葉をリーンは否定しなかった。

 勇者サキの逃亡を阻止することは誰の目から見ても容易かった。それを出来なかった騎士団が何を言っても言い訳にしか聞こえない。

 侮蔑の言葉を受け入れるしかない。そして、受け入れるだけではない。


「それを言うのであれば、そんな騎士団の情報を他の誰かがが盗んだ可能性も十分にあり得る。いや、むしろそう考えた方が自然だ。

 我々騎士団や兵士の目を掻いくぐって逃げ出せた勇者サキの事を考えれば、彼女を逃がす手立てを行った何者かがその後に匿ったと考えた方が可能性として高い」


 その言葉に貴族達が今度はリーンに向けて怒りをあらわにした。


「わ、我々を疑うというのか!」

「自分たちの責任を私達に擦り付けるつもりか!」


 周囲の貴族全員がリーンに敵意を向けている。

 当然と言えば当然だろう。自分達が取り逃がした責任を貴族に押しつけようとしているのだから。


「君の発言はどれも確実な証拠ではない。

 私達には暴君を・・・いや、自分達の立場を庇っているようにしか聞こえないぞ」


「確証もない状況で、彼を取り調べるのは危険だと言いたいのです。

 強硬手段を用いた結果、彼が無実だと判明してしまった場合、国は大きな損失を抱えることになるでしょう」


 貴族達の怒号が飛び交うなか、リーンは目をそらすことなく、ブレリオ伯爵に目を向けた。


 互いが互いを睨み付けて、暫くの間、周囲には怒号の嵐が流れる。


「・・・全く、こんな無駄な議論に時間をかけないでもらいたい」


 そんな怒号を一人の呟きで静まり返った。

 特段大きな声で喋っていない。だが、貴族の全員が彼の・・・いや、彼女の言葉を聞き逃さないために喋るのを止めたのだ。


 ブレリオ伯爵はその人物に目を向けた。


 彼女の名前はグリム・レア・ノワール

 この場で公爵という最も爵位の高い身分を持ち、厳ついつり目と綺麗な緑色の長髪がよく似合う麗しい女性だった。


 貴族の中で最も爵位の高い彼女の発言を誰も無視する訳にはいかなかったのだ。


「グリム公爵、そのような発言をするからには貴方にはさぞ素晴らしい案を持っているのでしょうね?」


 ブレリオ伯爵がそう言って彼女の反応を伺う。その言葉や態度には敬意が見られず、爵位が上にも関わらず見下した目で彼女を見ていた。


 そんなブレリオ伯爵に対して、グリム公爵は面倒くさそうな態度を見せつけるかのように、ため息をはいて答えた。


「簡単だ。放っておけばいい」


 その言葉に多くの貴族が嘲笑う。


「いやいやいや、流石はグリム公爵だ。勇者一人など気にも留めないと?」

「どうやらどれだけ重大な事かご理解が出来ていないらしい」

「いえいえ、まだ公爵もお若い麗人なのだ。政治のいろはを知らなくて当然。これからは我々の意見を参考にするといい」


 遠回しに批判の声をあげるなか、ウォルト議長がグリム公爵に訪ねる。


「グリム公爵、もしも勇者が我々の敵となる組織に渡ってしまったら、どれだけの損失を負うのかご存じで?」


「その可能性は殆ど低いのだろう?

 何せ、この名簿の中の何者かが匿っていることは、ほぼ確実なのだ。

 逆に言えば、それ以外の人間が勇者を匿っている可能性は殆どない」


 そう言って、グリム公爵は資料を手に持ってペラペラと周りに見せる。


「この中の奴らが匿っているということは、逆に言えば他国に渡ることはないと言っていい。

 国内に潜んでいるなら、早急に保護をする必要がないし、生きていたとしても死んでいたとしても価値は変わらないのだろう?」


「・・・たしかにそうですな」


 ウォルト議長が納得すると、ブレリオ伯爵が反論する。


「しかし、万が一の事があるだろう。この中で他国に寝返った裏切り者がいるのかもしれない。

 だから早急にかつ確実に収集せねば・・・」


「ならば、騎士クレイだけでなく、ここに書いてある全ての候補者に対して捜査をせねば全く意味がない。

 早急に確実に見つける必要があるならば、それが一番確実だろう?」


 その言葉により、貴族の殆どが沈黙した。

 それは殆どの貴族が壊滅するのと同義だからだ。


「私はそれが一番だと思うが、貴殿達にも事情というのもあるだろう。

 ならば、早急の解決よりも他国への逃亡を防ぐことに力をいれるべきだ」


「だ、だが・・・クレイ・ローランスが怪しいのには変わりはない」


 ブレリオ伯爵がなお反論するが、先程の余裕が見られない。自分達の意見にある矛盾が余裕を消している。


「怪しいと疑える根拠もあるが、断定するにはあまりにも証拠が少ない。

 それに、仮に彼が勇者を匿っているとしても、それならば勇者の保護を急ぐ必要は無い。

 我々にとって最悪の出来事は既に勇者サキが他国に渡っていることなのだ。違うか?」


「・・・お、おっしゃる通りです」


 ブレリオ伯爵はグリムの意見を同意しつつも、見えないように膝の上で拳を握っていた。

 先程まで握っていた主導権がグリル公爵に移ってしまったからだ。


 反論しようにも、身分の高い公爵相手に強引な手法を用いる訳にはいかなかった。


「問題なのは彼が匿っている事実よりも、国の脅威となる人物を容易に敵に回してしまう事だ。

 私はその場に立ち会っていなかったが、ここにいる何人かは彼が起こしたあの大惨事を知っているのだろう?」


 その言葉に何人かの貴族がだんまりした。

 彼らが目にした光景はクレイ・ローランスが起こした王国の悲劇である。


「それに、この資料は当事者からの警告ともとれる」


「ど、どういう事でしょうか?」


「殆どの屋敷に勇者の痕跡があるということは、そいつは何らかの方法で屋敷に干渉したことになる。

 もし、これが爆薬や毒ガス等の類いだったのであれば、ここにいる殆どの人間がここにいなかっただろう」


「!」


 貴族の屋敷には結界が張っており、私兵隊が四六時中警備をしていたりする。

 そんな中で誰にも悟られずに侵入し、わざわざ痕跡だけを残す行動が恐怖を駆り立てた。


「相手はその気になれば、誰にも気づかれずにいつでも殺せると忠告しているのだ。無暗に動いて相手の思惑通りになれば、それこそあのような悲劇の二の舞になるだろうな」


 貴族達はその言葉にだんまりした。

 もし仮に周囲の人間が本当に勇者を匿っているのであれば、これ以上問題を起こせば自分の立場どころの話ではなくなるからだ。


「・・・では、勇者の保護を諦めるというのか?

 王は・・・王女は勇者の保護を求めているのだぞ?」


 グリム公爵の意見に議長がそう呟いた。


 王国の貴族は一枚岩ではないが、その殆どが王族に逆らうことは出来ない。

 そういう風に契約を結ばれており、貴族が王族へ反逆する事は決して出来ないようになっている。


「今はまだ、その時ではないというだけだ。

 捜査は続けてもらう。続けてもらうが、結果を急ぐ必要は無い。

 勇者サキを匿っているものを確実に見つけ出す事が何よりも大切だ。

 騎士団にはこれまで通り捜査は続けてもらう」


「・・・了解しました。もし仮に、匿っていた人物がクレイ・ローランスだった場合は?」


「当然、彼には勇者を引き渡してもらおう」


「彼が国と敵対する可能性がありますが?」


 リーンの言葉にグリム公爵はニヤリと笑った。


「我々には素晴らしい駒が三つもある。

 今の実力はともかく、彼らの成長は著しい。

 その時が来れば暴君を押さえつけられる力を持つだろう。

 他の者が匿っている場合も同じだ。勇者を使って何か企んでいようとも、あの三人が封じてしまえば問題ない」


 その言葉に多くの貴族が納得し、安心する。


「・・・では、捜索については騎士団が引き続き行うという事でよろしいでしょうか?」


「ああ、王国の名に相応しい働きを期待している」


 グリム公爵の意見に多くの貴族が賛同した。


「ではこれにて会議を終了する。

 騎士団は引き続き調査をお願いする」


「はっ!」


 多くの貴族が会議室から去っていくなか、ブレリオ伯爵は席を立たず、憎たらしい目でグリル公爵と騎士団を睨んでいた。


(くそ!どうしてこうも上手くいかない!

 それもこれもあの時に失敗しなければ!)


 声には出さずとも、ブレリオ伯爵は怒りを隠せないでいた。


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「これでよかったのだな」


 会議が終わり、とある個室で二人が向かい合って座っていた。


「ええ、グリム公爵に感謝を・・・」


「利害が一致しただけだ。私にバカどもを押さえつけるだけの力があればこんな三文芝居をしなくてよかったのだからな」


 リーンとグリルは共に疲れた様子で互いを労っていた。

 二人は事前に打合せしており、互いにとって都合のいい状況を打合せしていたのだ。


「それと、私に敬語を使うな。昔のようにグリルと呼んでいい」


 グリルがリーンにそう言うがリーンは首を横に振る。


「今の私はただの騎士です」


「・・・ならば、私も感謝の意を示そう」


 そう言ってグリムは席を立ち、地面に膝をつこうとして・・・


「分かった! 悪かった!

 敬語を止めるからそれだけは止めて!」


 リーンは慌てて彼女を止めると、彼女は満足した顔で再び椅子に座った。


「まったく、もう君はもう公爵なんだから、人目のない場所でもそういうのは止めないと・・・」


「周りはそう見てくれないのだがな。女というだけで下に見る愚か者どもが多すぎる」


 グリム公爵が再び席に着くと、リーンはホッとため息をついた。


「とにかく、グリムのお陰で僕たちはもう少しだけ自由に動くことができる。

 あのままだと黒幕の思い通りに進むことになったんだから」


「・・・勇者サキを逃がした裏切り者か」


 サキが王城から逃げ出せたのは何者かによる手引きがあったからだ。ネズミ一匹すら見逃さない騎士団の警備を掻い潜り、城の外へ逃げることはサキ一人で実行するのは不可能だ。


 何者かによる逃亡の手引きがあったからこそ、サキは奇跡的に城から逃げ出す事ができた。

 そして、城で用意していた彼女の部屋から、その痕跡が確認されている。


「もう一度聞くがクレイではないんだな?」


「ああ、彼には勇者を匿う動機も理由もない。

 審議のスキルを使って確認もしている」


「理由がないのに今は匿っているが?」


「成り行きの問題さ。少なくとも、自分の意思でそんな行動は取らない。

 クレイの行動はいつも誰かのためさ。そうじゃなきゃ・・・この国がこんなに平和であるはずがない」


「奴はこの国の事を嫌っているからな。そう考えれば、奴が勇者を匿っているのはある意味こちらとしても都合がいい」


 リーンは苦笑いする。

 確かに国を本当に思っている人間であればクレイがサキを匿う状況はむしろ好機とも言える。グリムがそう言った理由が分かってしまうことに素直に喜べなかった。


「それでだリーン、貴様の方こそ黒幕は絞れたのか?」


「実行犯については特定できている。誰が指示をしたのかも、おおよその検討はつく。

 だがそれだけだ。現状の証拠で突き詰めたとしても、下っぱを切り捨てられて終わってしまう」


「誰がやったのだ?」


「残念ながら守秘義務がある。協力には感謝するが、そこは教えられない」


 少し不満そうな顔でグリムは机に肘をつける。


「まあいい。答えは舞台が整ってからにしよう。

 それより気になるのはどうやってクレイが勇者の痕跡を残したのかだ」


「ああ、それは簡単だよ」


 リーンはグリムに手段を説明し、グリムは呆気に取られていた。


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「・・・マジで最悪!」


 私の心に羞恥心と殺意が混ざり合っている中、クレイは普段通りのロープを着て特製ドリンクを飲んでいた。

 ロープの奥に潜むその顔には紅葉のような紅い痕がある。


「勝手に入って来たのはお前だろ?」


「いるとは思わなかったのよ!いつもは起きたらすぐにどこかに行くじゃない!」


 クレイは朝起きると仕事を手伝わずに、いつも王都のどこかに去っていた。

 だから、今日もどこかへ出かけて行ったのだと思っていたのだ。


 ・・・いや、まあ、浮かれた私が脱いである衣服やシャワーの音に気付いていたらこんな事にならなかったのだろうが・・・いや、とにかくクレイが悪い!


「もうその必要は無くなったからな。今日からしばらくはここでお前の護衛やら訓練をさせるつもりだ」


 クレイは悪びれた様子もなく、気まずい雰囲気も出さず、先程までの出来事がなかったかのように平然と喋っていた。

 その余裕が余計に腹が立つ!


「大体ね、あんたにデリカシーというものがないのも問題なのよ!

 普通、女の子の裸とか見たら目を背けない!?

 じーっと私の裸を見ていて何なの!? いくら私の身体が魅力的だからって限度というものがあるでしょ!」


 私が突然の出来事に固まっている中、クレイは顔を赤く染めることもなく私の体をまじまじと見ていた。


 確かに気持ちはわかるわよ。私のような細いラインの肢体は滅多にいないし、私の全身がもはや芸術の域であることぐらいには私も理解している!


 でも、謝りもせず、なんの詫びも見せないというのはおかしいのではないかしら!?


「あの時はただ、サキの髪を見てただけだ」


 ・・・髪? え、髪を見てたの!?

 身体じゃなくて髪!? この美しくて煌めく長い黒髪!?

 え、クレイってそういったフェチなワケ!? リアルで変態じゃん!


「勘違いするなよ。お前の髪を魅力に思ったわけではない。元の大きさに戻ったか確認しただけだ」


 ・・・確認?


 そういえば心なしか私の髪の長さがほんの少しだけ短くなった気がしたけど・・・


「とある面倒を片付けるために、お前の遺物が必要だったんだよ。だから、お前が眠っていた時に少し切った。

 いや、おかげで問題も片付いたし、髪の長さも元に戻りつつあってよかった」


 いや意味わかんないし!

 というか信じられないし!


「人のいのちをなんだと思っているのよ!」

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