第21話 油断しているところで・・・

 朝日が差し込んで、私は目が覚めた。

 目を開けて天井を見上げると違和感を覚え、すぐにそこが自分の部屋でないことに気付く。


「・・・そうか、昨日はあのまま寝ちゃったんだ」


 クレイの姿は見えない。またどこかへ出掛けたのだろう。

 この部屋にいるのは私だけだった。


「・・・なんで三日前に掃除してあげたのにもうこんなに汚くなってるのよ」


 昨日は部屋が暗くて気づかなかったが、クレイの部屋は最近掃除したにも拘らず、既に床や机は変なモノで散らかっていた。


 私はため息を吐いて、ベッドから起き上がると、床に目につく物を拾っては整理していく。

 紙に書いてある設計図みたいなものをまとめては机の隅っこに置いておく。

 これが何なのかは分からないので細かく整理することは出来ないが、部屋の片隅に置いておけばとりあえずスペースは確保できるだろう。


「痛っ!」


 身体を屈んで床に落ちている物を拾おうとすると、筋肉痛で身体に痛みが生じた。

 昨日は予期せぬ運動をしてしまい、そのまま眠ってしまったので、身体も汗でべたついている。このままだと気分が悪い。


「シャワーを浴びよう」


 私はある程度の片づけを終えると、クレイの部屋を出て、着替えとバスタオルを取りに自分の部屋に向かった。


 自分の部屋を開けると、ベッドにはメイが眠っていた。


「そう言えば、私の部屋で寝せたんだっけ?」


 彼女をお風呂に入らせた後、寝床が決まっていなかった彼女を私のベッドに寝せたのを思い出す。

 私がここに来る物音で気づいたのか、メイは目を覚まし、すぐに体を私に向けて起き上がった。 


「お、おはようございますなの!」


「おはよう、そんなに畏まらなくていいわよ。

 お姉ちゃんだと思って接していいからね」


 私がそんな事を言うと、ピクリとメイが反応した。


「・・・おねえちゃん」


「嫌?」


「い、嫌じゃないの!」


 メイはブンブン首を振って否定する。


「分かったなの、ご主人様をお姉様と呼ぶの」


「うん、それはちょっと違う意味になるからやめようか」


 何というかその・・・特殊な事情を想像してしまう。

 呼び名をちゃん付けから様付けにするだけで意味合いが違うようになるって不思議よね。


 私から様付けを却下されたメイは恐る恐る口にした。


「・・・サキおねえちゃん」


「!」


 その時、私の中の何かがあふれ出してきた。


「ね、ねえ、もう一回言ってもらえる?」


「えっと・・・サキおねえちゃん」


「!!」


 ・・・どうしよう。他人から名前を呼ばれて初めて嬉しいと感じたんだけど!

 弟から姉貴って呼ばれたりしても全然感じなかったその感情は私を幸福感で包ませる。

 こういう妹が欲しかった!


「シャワーを浴びたら朝食を作るから、それまで待っててね!すぐに準備してあげるから!」


「は、はいなの」


 私が嬉しそうな表情をしているのに理解できないのか、メイは戸惑いながらもそう返事した。

 私は着替えとバスタオルを手に取ってすぐに脱衣所で服を脱いで、風呂場に向かう。

 さっと浴びて、さっとご飯を作って上げよう!


 ・・・そう、私は浮かれていた。


 だから、脱衣所にある脱ぎたての衣服も、浴場から聞こえるシャワーの流れる音も気にしなかったのだ。


「あ」


 服を脱いで風呂場に向かうと正面にクレイが立ち止まっていた。


「・・・え?」


 クレイは全身濡れており、裸の姿だった。先にシャワーを借りていたのだろう。


「・・・」


「・・・」


 沈黙が数秒間流れて、ようやく私は自分の姿とやるべき事を思い出した。


 声にならない悲鳴を私は家中に響き渡らせた。


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 王都の城内にある一つの会議室では王宮で勤めている貴族がずらりと並んでいた。


「では、三名の勇者に関しては手筈通りに進めているのだな?」


 この議会を取りまとめている議長ウォルト・ノウズ・レイヴェルが王国騎士団副長ディオン・セイ・ウォーロックに尋ねる。


「はい、先ほど言った三名の勇者、ヒロヤ、レン、シューヤの三人は順調に力をつけており、既に大型の魔物を一人で倒せるほどの実力を持っております」


 騎士団副長のディオンがそう言うと、会場内の貴族達が「おおぉ」と感嘆している。

 大型の魔物を一人で倒すのは至難の技である。

 冒険者が討伐する際は何十人も集めて討伐し、王国騎士でさえも小隊一つ必要と言われている。


「一人で大型を倒すとは・・・さすが勇者だ」

「武器の持ち方もろくに知らず、魔法を扱ったことがないと言ったときには心配したが、僅か二週間余りで大型を倒すとは素晴らしい」

「これで、十分に勇者は我が国に貢献できる!」

「流石は王国騎士団だ。よくぞそこまで育てた」


「いえ、彼らにはすでに才覚がありました。私達はその後押しをしたにすぎません」


「もう一人の勇者はどうしている?」


「彼女の能力は戦闘向きではありませんが、生産性に恵まれたスキルを所持しております。

 時間をかければギアの複製、いえ、オリジナルのギアを作成する事も可能になるでしょう。

 今は宮殿魔術師のハドワー殿の元で学ばれております」


「ギアの複製ができるのか!」

「これで、この国の兵力が格段に上がるぞ」

「闘いに向いていないのは残念だが、生産のスキルも馬鹿には出来ない。丁重に扱わないといけないな」


 ディオン副団長は貴族からの謝辞を言葉通りに受け取らない。彼は王国騎士団がこの会議に呼ばれた理由を知っているからだ。

 

「・・・ところで、逃げた勇者は見つかったのかね?」


「・・・」


 ディオンは貴族の問いに簡単に口を開かない。

 彼らにとって、重要な場面であり、下手をすれば貴族の手によって騎士団がメチャクチャに荒らされることになる。


「勇者が逃げ出してもう二週間になるが、まさか未だに消息が掴めていないという事はないだろうね?」


 その意見に同調して、後ろに付き添っている貴族も意見を述べてきた。


「そうだな。どこかでのたれ死んだとしても、勇者は回収しないといけない。

 死体だろうが、骨だろうが、資源を無駄にしてはいけないのだからね」

「・・・まさか、王都から出て行ったという報告はしないだろうな」

「もしそうだとすると、騎士団の信用にかかわる大問題になる。しっかりと正確な報告をしたまえ」


 貴族達は騎士団に対して責任を追求する。

 ディオンは軽く深呼吸をすると説明を開始した。


「勇者サキの件ですが、我が調査部隊で捜査しておりましたが、何者かによる妨害行為を行われて失敗しました」


 周囲がざわざわと音をたてる。「何て事だ」「何をやっていた」「こんなのが騎士?」と小声で批判の声が上がっている。


「静粛に」


 議長のウォルトが真意を確かめるためにディオンを睨み付けて問いただす。


「どういうことか詳しく説明してもらおう」


「その件については彼が詳しく説明しましょう」


 ディオンがそう言って、隣に座っていた騎士団小隊長リーン・ハイヴァレーに手で指すと、リーンは席を立ち説明を開始した。


「私共は協力者の元、あるギアを用いて捜査を行っておりました。

 そのギアは勇者の魔力に反応する物であり、その痕跡を頼りに調査を行いました」


 その言葉に再び会場はどよめきだした。

 ギアは確かに優れものであり、この世界の文明を支えている。だが、その殆どが古代の文明から発掘されたものや、それを複製したものしか存在しない。

 目的の用途に合うようなギアを見つけるのは奇跡と言っても良いくらいだし、それを一から作り出すのも優れた魔術師でも難しい。


 だが、この場にいる全員は心当たりのある人物を思い浮かべていた。


「協力者というのはまさか・・・」


「はい、平民から騎士へ陞爵したクレイ・ローランスです。

 私、王国騎士団直属部隊小隊長を務めておりますリーン・ハイヴァレーが協力を仰ぎ、ギアを提供してもらいました」


「あの暴君陣士に声をかけたのか!?」

「何て命知らずな・・・よく生きていたものだ」

「何か気に障ることをしていないだろうな!」


 そんな声が会場中に響き渡る。


「静粛に!!」


 そんなどよめきをウォルト議長が一喝して黙らせた。


「続きを」


「はっ、そのギアを用いて勇者の痕跡を元に調査を行ったところ、勇者サキが潜んでいる場所を絞ることが出来ました。

 その結果がこちらになります」


 リーンは部下を使って会場にいる貴族達に紙で綴った資料を渡す。

 その内容を確認すると一人の貴族が資料を破き机を叩いた。


「こ、こんな結果があるか!」


 その言葉を初めとし、次々と多くの貴族が怒りを抱いていた。


「私の屋敷に痕跡が残っているとはどういう事だ!?いや、私だけではない!

 殆どの有力貴族の屋敷に痕跡反応が出ているではないか!」


 資料にはここにいる大半の貴族の屋敷から勇者サキの痕跡が残っていると報告されていた。


「ええ、このように複数の屋敷に彼女が存在した形跡があるため、現在、調査が滞っております」


「ふざけるな!こんな結果を鵜呑みにしてどうする!」


 調査に批判の声が上がるがリーンは下がらない。


「クレイ・ローランスが提供したギアです。疑われるのですか?」


「当たり前だ!あんな野蛮な・・・人とは思えない暴君の道具に頼ってそれでも王国を護る騎士か!」


 貴族達の反応をリーンは理解できない訳ではなかった。

 クレイがこの国に対してどんな事をしでかしたのか、それはリーンが一番よく知っている。


「しかし、調査に使用したギアですが、効果は本物です。

 実際に、勇者サキが滞在した時に城に残した痕跡で使用した結果、反応はありました。

 他の勇者で試験を行い、宮殿魔術師のハドワー殿にも解析をしてもらっているので間違いありません」


「だったら、このような結果になるはずがないではないか!」


 多くの貴族達が怒りで平常心を失っているなか、ウォルト議長が理解する。


「・・・なるほど、妨害行為というのはつまりそういう事か」


「はい、勇者サキを何者かが匿い、我が騎士団の追跡から逃れるためにこのように故意に痕跡を残したのかと思われます」


 その言葉に貴族達はまさかと驚きを隠せなかった。


「だ、誰かが彼女を匿っているだと!?」


「はい、勇者サキが王都の全ての貴族の屋敷に訪れると考えない限りは、何者かの手によって、痕跡を残したと考えるしかありません。

 そして、このような犯行を行ったということは、その人物はこの名簿の中にいる事でしょう」


「・・・なるほど、『木を隠すには森の中』という訳か」


「はい、調査も王宮で勤めている役員に立会いしてもらっています。

 その際に、不審な行動を起こす人間もおりませんでした」


 つまり、勇者サキは何者かが既に匿っているという所までは把握している。

 だが、誰が匿っているのかそこまでは分からないと騎士団は主張しているのだ。


 つまり、この議会にいる人間の中に勇者をさらった愚か者がいるかもしれないと。

 もしそれが本当であれば大問題である。ここにいる貴族が勇者を匿い、その力を利用して独占するようであれば、現在の力関係が大きく変わってしまう。


「無論、この中に載っている候補者に対して至る所まで捜索すれば、彼女を見つける事ができるでしょう。

 もっとも、王都に潜む屋敷だけでなく、所有している領土や設備等も調査対象にし、場合によってはその関係者も対象に捜索をすべきですが・・・」


 リーンの意見に対して、同意しようとする貴族は少なかった。


「そ、そこまでしなくてもいい。たかが一人の女に対して騎士団が総力を挙げて調査するのは非効率だ」

「・・・今さらとなっては保護する必要は無いだろう。残った勇者だけでも、魔王を討伐することは不可能ではないのだ。

 無理して捜索をする必要は無い」


 貴族の大半が捜索を遠慮しているのには理由がある。彼らは勇者を保護するより、騎士団を自らの屋敷に招きたくないのだ。


 王国騎士団は国に忠誠を誓っているが、貴族は第一に領地が大事なのだ。

 そして、自分の領地のために少なからず後ろめたいことをしている貴族が多く、国から指摘されると不味い案件もある。


 特に問題となるのは正式な奴隷でなく、裏取引で一般国民を無理矢理奴隷にする等の私的且つ重大な違法行為であり、この中にいる貴族の大半がそれを行っている。


 本来であれば国から派遣される調査団に対して対処すればどうとでもなるが、国に忠誠を誓っている王国騎士団が調査するとなれば非常に不味い。


 捜査はこのまま保留になるだろうとリーンは思っていた。

 だが、一人の貴族がある意見を出してきた。


「・・・一つ聞きたいが、クレイ・ローランスがそうなるように仕向けたとは考えないのかね?」

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