蜜と蝶

糸花てと

第1話

“付き合ってください”


 一度は言われたいこと、だと思う。

 場所は、放課後で……誰もいないのが最高よね。その時ばかりは、ふたりだけの世界だから。

 階段の途中とか、体育館の裏とか? は定番なのかな。

 メールとかもあったっけ。“好きです”なんて一言だけど、会って言われるのと文面とでは、大きく違うのよね。


「ふ~ん。で? どう違うの?」


 スマートフォンを覗く、自然と顔は近くなる。距離に……というより、ブログを書いていたことを知られて、そのショックから手帳型のカバーを閉じた。


「ブログのタイトル教えてよ。ブクマしたい」


 美術室、音楽室へつづく渡り廊下。唯一、肩の力が抜ける空間だ。そこに現れた厄介な相手……自分と似たところが垣間見えて、おもわず荒くなってしまう。


「やめて」


「顔、名前、出身地、仕事、どんな相手か分からない奴には、自分を知られてもいい。だけど、同級生には知られたくない。これって、何なんだろうね」


 そう言って、男子生徒は胸元まであげたスマートフォンをおろした。


「さぁね。でも、誰かは自分と似てるんだって、励みになるけど」


「君みたいな変わり者が、誰と似てるんだよ」


 フッと含み笑い、そして「付き合ってみる?」ふつうに聞くと、遊びなんだってなるでしょ。


「あなたのこと、好きじゃない」


「でも、嫌いでもないでしょ?」


“ちょうど月曜日だ。今週末までに、毒でもとげでもやればいい。離れがたいなら、僕の勝ちだ”

 って、いつの間にか勝負がはじまった。

 相手の痛いところを言葉で突いて、それでも一緒にいたいなら、惚れてる。なんて、馬鹿みたい。


「やめましょ。結果なんて目に見えてるじゃない? 痛いこと言われて、平気な人なんて居ないし」


 壁に凭れて、「まぁ、そうだな。そうやって気遣うあたり、優しい性格なんだから。休憩時間は読書して、近寄りがたいのに」


 生まれもって、成長していく間につくられた性格。コントロールはできても、変えることは出来ない。


「休憩時間を見てるなんて、好きって言ってるようなものだけど?」


「そうやって食いついてくるのは、意識にあるってことだ」


 認めたくない。だけど、このやり取りに、楽しさを感じている。

 風にふれて、動いた木々の葉。雲のあいだから顔をだした陽に、想いがとけていく。


「ブログのタイトル、一度しか言わないから」


「えっ、ちょっと待って」


「待たない」


 焦ってるあなたの側へ、そっと耳許へ。離れがたい誘惑を──

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