第44話 運命の伴侶

 赤い着物の少女は、オオナムチのもとにまっすぐ歩いてきた。

 白い肌に赤い唇、少し吊り上がった大きな目が特徴的だ。

 艶のある黒髪には、赤いくしが刺してある。

 そして、そのままオオナムチに抱きついて、胸に顔をうずめた。


「え!?」


 オオナムチはあっけにとられて固まってしまった。

 やわらかくていい匂いがする。

 女性は苦手だけど、この少女と抱き合っているのは、なぜかしっくりくるのだ。

 いつもならそっとはねのけたりするのだが、心地よくて離したくない。

 求められているのがわかるし、気がつくと、その細い肩に手をまわしていた。


「ずっと待っていました」


 少女は顔をあげた。

 潤んだ瞳がオオナムチの顔のすぐ下にあって、じっとオオナムチの目を見つめてくるのだ。

 まっすぐな瞳に、意志の強さを感じて、視線をそらしたいのだが、そらすことができない。


「待っていたって…俺を?」


 オオナムチが聞くと、少女は小さくうなずいた。


 少女の仕草のひとつひとつに、オオナムチの心は激しく揺さぶられていた。

 熱いような胸がしめつけられるような、居ても立ってもいられない、どうしようもない不思議な気持ちだ。


「スセリと申します」


 少女はスセリと名乗った。


「スセリ」


 自然と名前を呼んでしまった。

 スセリの頬が桜色に染まり、恥ずかしそうにしている。


「俺はオオナムチだ」


 名を呼ばれることを期待しながら、スセリに対して名乗り返した。

 スセリはじっとオオナムチの目を見た。


「オオナムチ…様」


「うお」


 オオナムチの心臓は、弾け飛びそうなほどドキドキしていた。

 名を呼ばれただけで、こんな気持ちになるなんて、もちろんはじめてのことだ。

 会ってすぐなのに抱き合い、名を呼び合うだけで、わかりあえた気がした。

 ずっと一緒にいたい、離れたくない、そんな感情が湧き上がってきて、止めることができない。


 二人は一瞬で恋に落ちていた。



「もう離さないでくださいね」


 スセリは岩壁にもたれかかって座るオオナムチの胸に抱かれている。

 オオナムチは、そんなスセリの髪に指をからませて、美しい髪だとうっとりしていた。


「はじめてだったのです。責任をとってくださいね」


 スセリは艷やかな唇から、小さな、しかし、はっきりとした声でオオナムチに告げた。


「責任?」


 スセリのまっすぐな瞳に、怯みながらも聞き返す。

 スセリは、オオナムチの腕に軽く爪を立てた。


「父と会ってもらえますか?」


「え?」


「オオナムチ様と添うことを、父に認めてもらうのです」


 オオナムチの心臓は、今までとは違う意味でドンドンと跳ね回っていた。

 ババ様カヤノヒメにおしえられて、男女の契りとか結婚というものについての知識はあった。

 だが、それは知識だけだ。

 こんなに早く自分ごとになるとは思ってもみなかったのだ。


 そして、スセリの父だ。

 根の国に住む父って、普通の人ではないだろう。

 まさかと思うが、最悪はスサノオ大王だった場合だ。

 そんなことはないと思うが、オオナムチは祈るような気持ちでスセリに聞いた。


「あの…父って?」


 心臓が飛び出しそうだ。

 早く答えを聞きたい気持ちと、答えを聞きたくない気持ちが入り混じる。

 スセリの唇が動き始めたのを見て覚悟を決めた。


神建速須佐之男命かんたけはやすさのおのみことです」


「キタアアアアア!!キタコレ!!」


 思わずキャラ変するほど驚いてしまったオオナムチ。

 まさかのスサノオ大王の娘確定である。

 死亡以外の自分の未来がまったく見えないし、どれくらい楽に殺してもらえるのかが希望という、すさまじい絶望っぷりに目が泳ぎまくって目が回る。


「あの…ホント?」


「はい」


 スセリの素直でまっすぐなまなざしが、今はただひたすら厳しい。

 天国から超地獄へジェットコースターというより、もはや垂直落下である。

 過呼吸になる自分の胸を自分でさすりながら、止まりそうになる心臓を応援していた。


「父と会ってもらえますか?」


 スセリがもう一度聞いてきた。


「あう…会うよ」


 オオナムチが根の国に来たのは、スサノオ大王に会うためだ。

 スセリが案内して会わせてくれるというのは、願ってもないことなのだが、まさかこんなうしろめたい形で会うことになるのは、まったく予想だにしていなかったのだ。


 イソタケルは、スサノオ大王が試練を与えると言っていたが、試練というより確実な死を与えられそうな予感がひしひしとしている。

 ちなみにオオナムチの予感は大抵当たるのだ。


「では、行きましょう」


 オオナムチは、スセリに手をひかれて、洞窟の奥へと歩き出したのだった。

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建国神話オオナムチ @oonamuchi

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