第43話 運命の少女

「おはよう!よく眠れたかい?」


「ええ、爆睡でした」


 オオナムチは、テマ山での激闘の疲れで、泥のようにぐっすりと眠った。

 そして、爽快な目覚めである。

 なにか夢を見ていたのだが、起きたときに忘れてしまった。

 続いて、ムルとナオヤも起きてきた。

 ムルはまだ眠そうにしている。


「朝食にしよう」


 イソタケルはすでに起きていて、美味しそうな朝食ができあがっていた。


「辛いけど美味いです」


 イソタケルが出してくれたピリ辛のスープで、しっかりと目が覚めた。

 そこで、イソタケルは、真剣な面持(おもも)ちになり、昨日の続きだと話し始めた。


「父に会いに行くということだったね。父は根の国にいる。それはイズモ国でありイズモ国ではない場所だ。生者は行くことができない場所だが、僕がそこに辿り着ける呪(しゅ)をかけてあげよう」


「ありがとうございます」


「礼には及ばない。僕や父にも関係あることだからね。禍津日神(まがつひのかみ)が分体とはいえ実体として顕現(けんげん)するなんて、一番恐れていたことがはじまっているんだ」


 テマ山の神殿跡の邪神は、おそらく禍津日神(まがつひのかみ)の分体であり、古に封印された災厄の化身だという。

 そして、そのことにスサノオ大王とイソタケルは、なんらかの形で関係があるようだ。


「光と影だね。表の世界に光が満ちれば、裏の世界に闇が広がるってことさ。わかるかい?」


「根の国が裏の世界ってことですか?」


「キミは逸材(いつざい)だね。さすが|山の神(オオヤマツミ)と|野の神(カヤノヒメ)に育てられただけのことはある。一を知りて十を得ることは、僕たちが探している後継には必要なことなんだ。そう、この世界が表なら、根の国は裏だ。父はその底にいる」


 イソタケルが言うには、イズモ国を含めたこの世界を表とすると、根の国は裏の世界であり、生者が行けない場所だという。

 そして、その底にスサノオ大王がいるというのだ。

 ここ何年もスサノオ大王の姿が見られないというのは、根の国の底にいるからということなのだろうか?

 オオナムチは考え込んだが、会えばわかるだろうと思考を次に進めた。


「スサノオ大王と会ったらどうすればいいですか?」


「それは父が決めることだ。僕にも父の深遠な思慮のすべてはわからない。父と二人でイズモ国を造った僕が後継たりえないのもそこさ。父と話してみるがいい。そして、父はキミを試すだろう。キミはそれを乗り越える必要がある」


 スサノオ大王とイソタケルは後継を探しているという。スサノオ大王と会ってどうなるかはわからないが、まずは、試されるということらしい。


「わかりました。行ってみます。ムルさん、ナオヤ、行こう」


「待ちたまえ。父に会いに行くのはオオナムチくん、キミだけだ。父の試練を超えてここに戻ってきたまえ。ナオビ神も鈍(なま)っているようだし、この二人は僕が鍛えておこう」


「ええっ」


 ムルはあからさまにいやそうな顔をしているが、ナオヤは決意の目で頷(うなず)いている。

 稽古や修行は嫌いではないし、自分がナオビ神であるということがよくわからないので、もっと知りたいのである。


「それじゃ、行ってくるよ!」


「オオナムチ、土産を頼む」


 ムルはやはりどこかずれていた。


「強くなって待っていますね」


 ナオヤの言葉にオオナムチは大きく頷(うなず)いた。


「では、行きたまえ。幸運の呪(しゅ)もかけておいてあげよう」


 オオナムチは見送る三人に手を振って、歩き出した。

 イソタケルの呪(しゅ)の効果だろう。次の瞬間には、イソタケルの家は見えなくなっていた。


 深い森は薄暗いのだが、それでも緑と木漏れ日で生命に満ちている。

 しかし、歩を進めるほどに、木々は枯れ、土は黒く腐り、森は暗さを増していった。

 陰鬱な気が森に立ち込め、気の弱い者などは一歩も進むことができないだろう。

 楽天家で気が強いオオナムチでさえ、一抹の不安を覚えるほどであった。


 どれくらい歩いたのだろう。

 オオナムチは、時間の感覚が無くなってきていた。

 一時間くらいのような気もするし、一日歩いているような気もする。

 死を超えて強化されたオオナムチだから耐えることができているが、以前だったら引き返していたかもしれない。

 それほど、この森の陰気は強いのだ。


 さらに歩く。

 空腹はすでに通り越している。

 先が見えない森の中を、ただひたすらに歩いていく。

 イソタケルの呪(しゅ)がかかっているので、走って体力を消耗する必要はないからと歩いていたのだが、今はもう走る元気がなくなっている。


 そして、ふと真っ暗な森の空を見上げたオオナムチは驚いた。

 森は消えていた。


「岩かよ?」


 いつの間にか空は岩肌に変わっていた。

 巨大な洞窟の中にいるのだ。


 そして、前を向き直したオオナムチはさらに驚いた。


 暗い闇の中に、赤い着物を着た少女が立っていたからだ。


「誰!?」


 幻覚かと目をこすったが、やはり少女が立っている。

 暗闇の中に咲いた赤い花のようだ。


 すると、少女が動いた。

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