平成オタク戦史  

低迷アクション

平成オタク戦史  

平成オタク戦史 


 ●平成初期→はじめに…(あるいは最高の転落の始まり…)


一度、“あれ”に取り憑かれると…出会ってしまうと、その後の人生狂いまくり

お決まりコースが出来る。ホラー小説の始まりみたいで大変恐縮だが、そうではない。


時は平成9年(1996年)馴染みの文〇堂書店。1人の少年が未知との遭遇、

あるいは“終わりの始まり”に出会った。


子供向け戦隊ヒーロー特撮雑誌に飽き、

小1~小2の年代なら、少年誌漫画などのコミックスに手を伸ばすところを、その子は

一足も二足も…いや、二十足くらい!飛び越え、あろう事にっ!?

今で言う所のPC雑誌&PCゲームソフトの並ぶコーナーに足を踏み入れてしまった。


無機質な紙面や意味深なアートグラフィックスの表紙が並ぶ中、(当時はプラチナ風の

黄金虫がケーブルの中を泳いでいたりと、今もそうかもしれないけど、意味深な

表紙が多かった)未知な世界に入り込む冒険心を掻き立てられまくった彼の目は一つの

パッケージソフトと“衝撃の出会い”を果たす。


目がとってもデカく、髪の色も赤に緑、青、色とりどりの女の子達が揃って笑顔を

向けている可愛らしいデザイン。夕方6時のアニメに出てくる女の子キャラの改造版?

(当時の彼の表現力ではそれが原因だった。)ばりのクオリティに狂喜した少年は

“それ”を手に取った。


時間は2時50分、学校の授業が早く終わった子供くらいしか本屋にこない、仕事してないおにーさんとか(当時も御多分に漏れず、ゴロゴロいた)夜勤入りの仕事人はあんまり

来ない!正に、彼にとっての逢魔が時!魔がさしたぁ!!正に自由絶対時間という訳

である。表紙を丹念に眺める事10分、次は裏面だ。そこで彼の目は、再びの驚愕に

見開かれる!?


先程まで笑顔を向けていた彼女達が色とりどり(?)の表情、苦しそう?泣いてる?

でも笑ってる?的な表情を浮かべ、様々な体位で裏面を泳ぎ回っていた。しかも一指纏わぬ、肌色のボディーを惜しみなく見せつけてだ。


(何かやばい!けど!楽しい!ドキドキする!!)


“背徳”という言葉は知らないが、何となくそれを体感した彼は、興奮する気持ちを

表情露わに、帰路に着いた。それから、ソフトが売り切れるまで2週間、書店に足繁く通いつめ、堪能し、時には同行した家族に質問をし、色々困らせた。学校では美人の

新任担任教師を質問攻めにし、今で言うならパワハラばりの所業をやってのけた。

そしてソフトがなくなった後は、当時、放映されていた


「モンスターゲットだぜ!」アニメや「玩具の自動車レッツゴー」アニメ

に出てくる美少女キャラ達と、あのソフトの少女達をダブらせ!激しい興奮と後悔に

苛まれ続けていく事になる。


まだ昭和の残滓が残る田舎の書店状況、成人雑誌と児童雑誌コーナーが店舗スペース

的に“非常に近い”という難点は平成9年当時、オタク界に大ヒットを催した

“18禁調教美少女ゲーム”と“純真無垢な文学少年”の邪悪な邂逅を手助けし、

彼のその後の人生に文字通り、大きな影響を与えた…


●平成中期(日陰への帰還と新世界の開拓…)


中学に進級した彼は、ある程度“世の中の動き”というものが、わかってくる。時代的に

心配された1999年の世紀末も2000年問題もそのまま突破し、外国のでっかいビルに

旅客機が突っ込み、激動の時代は目まぐるしく動いてはいたが、そんな時代になっても

変わらない!絶対に変わらない理念!!


“オタクは日陰者”という事だ。


昭和後期から多分平成初期?秋葉原で横行した“ビームサーベル狩り”

ポスターをカバンに差したり、持っているオタクルック風な者をカツアゲの対象にする

行為と同等の“迫害”は中期になった以後も延長線として存在していた。


クラス内でアニメ雑誌を秘かに交換中の男子生徒達は、そのまま丸太のように

抱え上げられ、焼却炉に突っ込まれる。漫画クラブや美術部に所属する女子は例外なく

(オタクとかでなく、純粋な美術嗜好者も同様だった。)日陰者のレッテルを貼られ、

クラスの隅っこに配置された。


少年も中学生になる頃には、なんとなくその空気を察し、幼い自分が見たモノは迫害の対象になるモノ間違いなしという事に先手必勝で気づく。


少年は、彼より後になって(小学生後半くらい)オタクになった者達を

迫害する側に回っていく事で自身の平静と地位を保っていった。


汗も爽やか運動部に所属し、隅で“のたうつ有象無象”を軽蔑する事2年。中学3年に

なった自身は高校進学前に恐ろしいくらいの“閉塞感と違和感”に全身が苛まれる。

流行りのドラマに話を合わせるために、テレビや雑誌を読む行為、友人達とクラスの

一番可愛い女子のランク付け。誰と誰が付き合っているかを噂する事など!など!!


(くだらねぇぜ!オイッ!?)


の一言に尽きる。自分に得一銭もねぇ話に、何を嬉々としているんだ?コイツ等は?

それよりもっと楽しく身のある話をしようぜ!ご同輩!とアクション映画の巻き込まれ系デカ(刑事)ばりに叫びたい気持ちを抑え、抑える事2年…限界が来ていた…

どうやら自分はあの邂逅を…書店にあった最高の甘美を忘れさることができないのか?


今は学校の授業で習ったPC操作も、インターネットの接続も出来る。家に一台しかない

パソコンで検索すればいい!!小学生の頃から忘れない!あのゲームソフトのタイトルを入力するだけで事は済む。


だが、出来ない!それは破滅の選択だ。お前は2年間何を見てきた?日陰を蠢く、かつての同級生の友人だった者達の姿を…少年は悩んだ。受験勉強も手につかないくらい!

(これは言い訳かもしれないが…)やがて一般の友とも疎遠となり、かといってオタク勢力に立ち帰る事も出来ない彼は、どこにも属さない“宙ぶらりんな立場”になっていく。


いよいよ進退窮まり始めた冬のある日…彼は日陰に回帰する最大のチャンスを得る。


夕方のテレビでたまたまやっていたアニメ。小学生の時分にテレビで見た昭和から続く

連続特撮ロボットアニメだ。宇宙規模の戦争を自分達と同い年くらいの主人公が新型機に乗り、戦っていくストーリィ。放送当初、1979年の人気は良くなかったが、同時に発売したプラモデルがブームを生み、平成の今日まで衰えを知らない。昭和初期のデザインは

劇画調だったが、最近の作画は随分“今風の”アニメチックになっている。主人公の

男性キャラを女性キャラと間違える程だ。

(後に知った事だが、この平成中期以降のロボアニメと、昭和作品を比較し、懐古厨と

新規ファンの間で静かな戦争が起きる事になる。勿論ネット上で)


「これは使える!」


自身の気持ちの傾きはよくわかっている。問題は戻り方だ。散々石を投げる側に回っていた自分がどうやってオタクの仲間になる?小学校の時から知ってる者も多い。優しい性根の

彼等だ。受け入れてくれる。


だが、自分は納得しない。戻る時の通貨儀礼は大切だ。だから、この切り札を使おう。

子供の頃見ていたアニメの話題からゆっくりと仲間達に帰っていく。


その瞬間はだいぶ緊張した…持ち込み禁止の漫画と雑誌を持って教室の隅にいる彼等に

ゆっくり歩み寄っていく。台詞は昨日の夜中にだいぶ練習した。人から見れば、馬鹿げた

事に見えるかも、いや見えるだろう。構わない。彼にとっては世界を変える重要な出来事だ。


1人が顔を上げ、少し表情を歪めた。コイツにはだいぶ酷い事を言ったな…


雑誌に載っている機体のイラストを指さし、疑問に思う彼等へ声をかける。


「この機体、テレビに出ていたな。名前なんだっけかな?」


彼等はニヤリとナイスな笑みを見せてくれ、細かい説明が機関銃バリに自分へ

浴びせられていく。一般人ならドン引き間違いなしだが、自分には心地よい音色に聞こえる。


(やはり、こっち側だったか…悲しい…いや、これは嬉しいに近いな。)


試みは成功し、少年はようやく自身の心が休まる場所に辿り着いた。彼のオタク側への帰属は着実に進行し、携帯待ち受け画像のアニメキャラをオタクでない友人に見られた事で

完全に“一般側”と決別した…



 高校に入った少年の時代はオタク界的に、とても“良い時代”だと言われている。

ライトノベルのアニメ化が進み、その代表作達がテレビやあらゆるメディアで大きく

取り上げられていく。勿論、その大部分の内容は夜店の見世物小屋と同じものであった。


そんな昭和の時代と大差ない日陰の中を、少年とその仲間達はふんだんに吸収闊歩して

いく。最初の“ファーストインプレッション”こそ一番早い少年だが、空いたブランクは

友人達からすれば、だいぶ遅れている。それを取り戻すために、彼はあらゆる

オタクジャンルに手を伸ばす。深夜、ゴールデンのアニメは可能な限りビデオ録画、

(数年後に起きる地デジ化と同時に録画媒体はDVDに変わる)近隣の書店、一件しかないアニメショップ、友人達と通うゲームセンターで網羅する。その“トレーニングデイ”は

正に至福の時間だった。少なかった情報が増え、日陰者の、オタクとしての情報を次々に

吸収していく。


高校の帰りに皆で行った“アキバ”は楽園だった。夜の闇に負けじと輝く

ビル一杯のアニメキャラ達の展示。際限なく広がる書店やDVD、ゲームショップには、

まだ見ぬキャラクターが溢れかえり、彼の好奇心を大いに擽り!擽りまくった。

ただ圧倒され、結局買えたモノは何処の書店でも手に入る単行本1冊のみ。それでも

購入した書店独自のブックカバーは終電を待つ駅の外灯の下、色鮮やかに反射し、

様々な表情を見せてくれた。


アキバを満喫し、新たな世界への参入に歓喜した少年は、その後もネットの動画サイトや

アニソンライブを次々に攻略し、邁進を続けていく。もちろん仲間も増えた。


高校で出会った、声優を目指す友人はアニソンなどのイベント関連に特化していた。


小学校からの付き合いの子達は特撮とゴールデン、深夜アニメ、ゲームセンター担当。


空手部の無口な主将はミリタリー好きの頼もしすぎる巨漢。数年後の戦艦擬人化娘の

布教は彼の功績となる。


2年の時に仲間になった友人は、今ではカラオケ、単独ライブもこなすボーカロイド黎明期のファンであり、少年達に自らが“創作”する楽しさを教えてくれた。その繋がりは拡大し、様々な分野に特化したオタクの輪を作りつつあった。勿論、学校での教室内は


そうでないもの達、運動部系、チャラ男系、女子にしても一般系、ギャル系も多くいたが、

彼等の“軍団”には数が及ばなかったし、争いも起きなかった。たまに体育の時間で

運動部系が優位を振るう時もあり、そんな時は日陰者、オタク者特有の台詞。


「量産機が精鋭機(エース機とも言う)に勝てるかよぉっ!!」


等々、いかにもオタクらしい弱音を吐く場面もあったが、すかさず別のオタクが、

彼の胸倉を掴み上げ。


「量産機を舐めるんじゃねぇ!!」


と現平成においては最早、一つのジャンルになった「一般人が主人公」、

「一兵士、一機体の外伝」の先駆け的台詞を言う者が出る始末。


試合は通常の運動部系のチーム三倍の人数、文字通り“量産機による数の暴力”で圧勝した…


 さて、そんな別な意味で逞しく成長した少年だが、今だ“未踏の領域”があった。

アキバへの初強行偵察時、戦果は単行本一冊だけだったが、彼の目は様々なモノを映し、

吸収していた。その中で特に気になり、またよくわからなかったモノがある。

自分達が見ているアニメキャラが様々な絵柄で表現されているB5サイズの小冊子…

(時には大きいものやポスター、グッズなども多々あった。)


つまり“同人”である。ネットで調べても要領を得ない。ウィキペ〇アを調べてみても

チンプンカンプンの内容だ。彼の仲間達も知っているようで、実のところよくわかっていない節があった。確かに本屋で見かける“アンソロジーコミック”(商業で出版が企画された作品のみを複数の作家が描くモノ)に近いものではあるが、何かが違う。疑問の解決は

声優を目指す友人の一言で決まった。


「今年の夏、東京ビックサイトに行こう。」


かつて昭和中期の時代…漫画家を目指す都内、地方の自分達にとって先輩とも言える

先駆者達は漫画雑誌の投稿や持ち込みを繰り返していく。やがて雑誌が廃刊し、戦いの場所を失った彼等は、自らで戦う場所、表現、空想の戦場を創設する。

その“大規模同人誌即売会”は最初の場所からビックサイトへと規模を拡大し、年2回の

一大イベントとして君臨していた。そこに乗り込こむのだ。全員が賛成し、参加を決めた。


折しも、日常系4コマ漫画がアニメ化され、動画サイトでの繰り返し再生と爆発的ヒットを

飛ばしている際の事だった。加えて、その主人公がオタク少女で同人誌即売会にも

参加する話が流された後の事だった。当時の新聞でも取り上げられたが、この時期の

オタク増加や“聖地巡礼”当のサブカル文化は一気に加速したと言える。

参加日は3日目。20万人近い群衆が炎天下、近未来風の建物に集う光景は、正に“戦場”


11人で参加した少年達は戦慄と興奮に包まれていく。開催と同時に突撃した人の波に

圧倒されながらも、会場内に辿り着いた彼はアキバと同等、もしくはそれ以上の

衝撃に出会う。何千、何百のサークル数、様々なジャンルはあるものの、自身の絵柄と個性を活かした作品群の数々。友人に聞けば、参加サークルのすべてが商業、プロではなく、

アマチュア、つまり素人との事。中には自分達と年の変わらないサークルさんもあった。

友人達は熱さにやられ、脱落者を途中出しつつも、多くの戦果(同人誌)を入手し、

帰路につく。勿論、少年もそれなりの数を手にしたが、友人達が手にしたモノとは

また別の違うものだった…


●平成後期(~挑戦継続の姿勢と救いありすぎる世界の片隅で~)


 高校を卒業する頃には、彼はオンリーイベントや(小規模の同人誌即売会)

年2回の大規模同人誌即売会の参加を繰り返していく。この頃から、芽生え始めていた感情、それは


“自分も参加したい”


この一点だった。仲間内でサークル参加を希望する者は勿論いたが、それはサークルの方が

入場が楽という点や、誰かがやれば、ついていくという者だけである。彼は独自に

イラストの描き方、小説作法の計画と練習を始めた。文芸、漫画、どちらでもいい。自身の描いたモノが人に読まれ、評価され、楽しみや、その人の人生へと繋がっていく。


最高の至福、存在理由じゃないか?だが、それは初めての事。イラストは“人間”を描く事が出来ず、小説は“物語”を書く事すらできなかった。悪戦苦闘の半年は続き、大学に

進学した彼は、悩みながらも“それ”を諦め始め、大学生になるにあたり、

一オタクの身分に戻る事も考え始めていく。


軟弱な話かもしれないが、友人達に見せたイラストはにべもなくの苦笑。小説は

投稿コンテストに応募するが引っ掛かる節もない。軽い挫折を味わった彼は、傍観者、

消費者の立場に徹する事を決めた。いや、それに決めかかっていた。だが、小学生の初遭遇、

中学の帰還騒動と“オタクの神様”は早々に彼の足を洗わせないようだ。


初授業の日、他学科も交じった混成授業で少年は

(この表記は最早、正しくない。以降“青年”と改称する)

隣に座った他学科の学生と仲良くなる。聞けば、その青年もオタクという事で


(開口一番“アニメとか好きですか?”の言葉は最高の殺し文句だった)


あっという間に周辺に座る“オタク”の集まりを形成した。その際に、青年が

何気なくノートの端に描いたイラストを見て、新たな友人は、


「美味いっすね!」


と言ってくれた。お世辞もあったかもしれない。友人になったばかりの社交辞令、

パフォーマンスかもしれない。だが、純粋に嬉しかった。初めての読者が出来た。

そう思えるだけでいい。青年はそのまま友人達と映像サークルに所属し、4年間を

過ごしていく。


それにより、同県ではない、他県のオタク事情や

それぞれの特色と言った“新たな出会い”に触れ、それに浸っていく。

学部の先輩、サークルの先輩、教授との交流も盛んに行われ、発見と吸収の日々が

休みなく続く。折しも時代は“クールジャパン”という言葉が出始め、海外からの日本文化を評価する声に加え、企業が積極的にアニメ作品とタイアップを計る時代と進み、


彼等の環境もだいぶ改善とはまだまだいかないが…田舎特有の相変わらずの日陰では

あったが、確実に変化しつつある文化の潮流を肌で感じていった…


そんな良き時代を進む中、青年達が大学を卒業する前年に大きな震災が起きた。

就職活動に加え、風評被害が蔓延りきったキャンパス…大学下の町は不安と混乱で

外出する者もいない程だった。そんな世紀末、ゾンビ映画さながらの風景を歩く彼の目に

誰かが、自販機に落書きをしていた。スプレー缶を使ったアート、デザインは魔法少女風の

女の子。下には蛍光塗料でこう書かれている。


“日本!頑張る”


一般人から見れば、失笑ものだし、こんな時になんて、顰蹙を買うだろう。実際、数日で

消されていた。だが、こんな時だからこそだろう!?作り手のメッセージはわからないが、

それは見る者にとって様々な解釈になる。少なくとも青年は、何もかも不確かな当時の中で確実な“救い”を見た…


 卒業した彼は社会人になり仕事に従事する傍ら“革新的な一歩”の準備を進めた。

思い立ってから、実に5年の歳月が経っていた。映像作成で学んだ構成と“見せ方”の技法、内容、作画レベル。正直、どれも未熟の粋を出ないモノではあった。


ゆえに制作系、彼が親しんだアニメ、出版関係の仕事は何一つ採用とはならなかった。

制作系では学んだ事のさらに上を行く、より専門的な知識を求められ、経営と営業、企画に関わろうとすれば、相応の学力と学歴が必要だった。


所詮は“一オタクの粋”を出ずに終わる結果となった。世間ではネット投稿からプロになる

“ユーチューバー”の端くれとなる者もチラホラ出始めたが、当時はその知識も方法すらも知らない彼だった。しかし、創作に関する意欲と行動力では誰にも負けない気概があった。


(何もかもが未整備、準備不足を嘆いても後の祭り、今は“前に出る事”だけを考える。)


その信念で作成した、“はじめての同人誌”はA4サイズのコピー本、手書きにトーンも

着色も全てアナログの燦燦たる代物だった。参加したイベントは大田区産業プラザの

オンリーイベント。派手な“負け戦”を想定して参加する気持ちは戦線恐々。だが、

自分なりに一指報いてやるという、ただそれだけの満足を満たすつもりで乗り込んだ。


開催の拍手を忸怩たる思いで聞き、サークルスペースに座る彼の前に一般参加者(お客さん)が立つ。手に取り、中身を呼んだ後に一言。


「二部ください。」


“ビギナーズ・ラック”にしては上出来すぎた。本は全て完売し、それから彼は“同人”

という新たな世界にのめり込んでいく事になる…


 その後の彼は、次々と同人イベントに参加し、そこでも新たな仲間を得ていく。隣の席で知り合ったサークルさんはイラスト投稿サイトを通じて、フォロー、フォロワーの中となり、彼女が主催する同人即売会の参加に繋がっていく。町おこしの一環として、都内の各都市で開かれる地域行事に同人スペースを設営し、取り組んでいく姿勢は、幼少期のオタク迫害からは考えられない変化だが、インターネットやCMで流れるアニメ映像、輸出利益の3割を占める産業となった昨今では、オタク文化もファッションの一環となっているようで、

それほど冷たい視線を感じる事もなかった。


ただ、そんな彼にも“ドキッ”とする瞬間がある。地域行事と混ざった同人イベントの際、小学生低学年くらいの子が自身の本を買った時の事だ。正確には地域行事という事もあり、簡単な小冊子を無料配布という形にしたものだが、拙い絵柄ながらも、一応は“萌え”を描いたオタク同人誌である。


購買の意思を訪ねれば、頷く少年に、そのまま渡してしまった自分がいた。恐らく簡単な

コピー本、親がすぐに捨てる事はわかっている。だが、ふと懐かしい気持ちに囚われる自分を隣のサークルさんが代弁してくれた。


「あの子にとって、初めての“オタク体験”は、あの本なんでしょうね。」


自身の書店での体験がダブった。まさかそれに関わる日が来るとは。苦笑いに

近い感動を覚える。自分が発信者を気取る訳ではないが、少しでも彼の人生に影響を与えたと思える感覚は同人冥利に尽きると考えたい。その後も似たような事例が多くあり、

彼の同人生活に“花?”を添えていく…


 まもなく、平成が終わり、新しい時代が来る。平成と昭和を繋ぐ最初の年に生まれ、変化していくオタク文化の波を泳ぎ続ける“彼”には多くの出会いと救いがあった。


始めは小学生での書店の邂逅、全ての始まり。次は中学、一度は逃げた世界へ帰る

キッカケを、歴史的アニメと友人達が作ってくれた。高校に入り、アキバ、アニソン、

ゲーセン、同人と種々に特化した友人達の出会い。そして自身が“創作側”に回るキッカケをくれた大学、社会人になってからの同人活動と投稿サイトやSNSの普及と、

付随する素敵な出会いに救いの数々。


特に何かで有名になった訳でもない。壁サークルや、ネットの上位ランカーでもない。

平凡な一オタクの自分史を長々と綴らせてもらった。


彼の交友関係は小学生、大学、サークル仲間と違いはあれど、現在も“オタク文化”の中で繋がり、日進月歩で生まれる、新ジャンル、出来事、流行を楽しんでいる。

(ラインの普及により、毎日のように送られてくるソシャゲの課金速報には少し参っているが)


彼の同人活動は今後も続いていくだろう。勿論、それが何か大きな成果を上げる事はないかもしれない。だが、


(可能性はある!例え可能性はなくとも、それとはまた違う救いや楽しさがある。)


そう思わせてくれる文化や表現の方法を発展させてくれた、この時代は素晴らしいと思う。新しい年がどうなるかはわからないが、自身もささやかながら、そこの片隅の片隅にでも

貢献できるよう邁進していくつもりだ。


この文章を書く数日前、都内の創作イベントに参加した“彼”は終了間際のイベント会場で、自身の残った本と参加者の動きを見ていた。同人活動を初めて、数年後には


二次創作(商業キャラクターを使い、自身の作品を作る事)に加えて、

一次創作(完全オリジナル)に手を出していた。勿論、現実はそう甘くはないもので、

二次創作ならば、そこそこに本が穿けるものでも、一次創作とくれば、なかなか上手くは

いかない。


ただ、自身の実力や世間との認知度をしっかり比較できるモノとして、この手のイベントには頻繁に参加しているのだ。


終了まで後10分、会場には似つかわしくない、学生服の(一瞬コスプレかと思った)少年が入ってきた。近年のオタクファッション化も含め、小中学生がイベントに来る姿を

多く見かけるのは、もはや当たり前となっているが、緊張した様子の初々しさがイベント

初参加の自分を想起させた。


しばらく会場内を見回した彼が、驚いた事に自分のブースに立つ。SNSで参加を少し宣伝していたが、それを見てくれたのか?確認する間もなく、少年が緊張した様子で本を

手に取り、金額を自分に渡す。笑顔でお礼を言う彼に、少年が去り際に一言返した。


「サイトで漫画で、いつも見てます。」


恥ずかしそうに笑い、会場を去る少年の後ろ姿を見ながら、彼は一人満足感に浸る。


(救いと出会いがまた始まった。)


これだから、この文化は止める事が出来ない…(終)



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

平成オタク戦史   低迷アクション @0516001a

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る