第17話 第7朝

てれてれっ。

頭に放熱版をつけた少女、スラウェシ13が持ち込んだお話を一通り読んだ。

てれてれぷりのせいなのか、放熱版から湯気が出てる感じ。緊張の面持ち。

やがて読み切る女子高生2人。

「うん。大合格!」

読者1号。太鼓判でましたっ。

やったーっ。「てれてれっ」

「発言と擬音が見事に逆なのよね」

読者2号がつぶやいた。

「まあまあ、大活躍してたからいいじゃん2号」

「誰が2号よ」読者2号こと蕪木早都が怒った。

作中と違って普通感が強いけど、いざとなれば芯が氷のように強そうな雰囲気はやはり、である。むしろ現実世界でヒロイン枠が固そうである。

「なんだかなあ。私って普段どういうイメージで見られてるのこれ。なんだかめっちゃ性格悪いキャラにされてるんだけど」

意味深な表情で放熱版スラウェシが見ている。

「ええー、最後に大活躍してたからいいじゃん」

「最後やられてたじゃないの」

「早都ちゃん」「何よ」

「お姉ちゃん元気?」「元気よ。元気すぎて迷惑してる」

ハルルは丸く収まったと言わんばかりにうひひ笑い。

早都はいつものように斜に構えた感じでしゃなりと。

それをてれてれと、ながめては妄想する行為人口知性。

ところで。

早都とハルルはひそひそ話をする。

「この子が例のニアスージアストって奴でしょう」

人工知性の伴侶として連れ歩くことを許されている者。ニアスージアスト。

「うん。大きなペド・・・じゃなかったロボットを付き従えてた」

「ペド?」不審がる早都。「あ、いやいや、ペドロって名前のレスラーがいてええと」

「ふーん。本物って初めて見るのよね」

早都にはニアスージアストがまぶしく見えるらしい。

最後にハルルが余計なことを言った。

「そうそう。今度こそハル9000とボーマン船長ネタができるってもんだね」

もちろんそれは誰にも聞かれなかった。

スラウェシはもちろんこの学校の生徒ではない。

だから休み時間が終わると家に帰った。

「デイブ、ただいま」

スラは玄関を開けて入っていった。

「デイブぅ。どこぉ」

デイブは、家に中には見当たらなかった。


どこにもいなかった。


*****

「本当に行って良いのか? 俺がここに残っていた方がいいんじゃないか?」

「行きなよ。最初からそういう約束だったんだから」

「しかし」ためらう彼。

「君はもう機械の男の子じゃない。生きている人間になったんだ。ピノキオみたいにね。

だから前に進むべきだ。さあ、新しい世界が君を待っている。

君がいかなくてどうする? 君が主人公なのに?」

「でも」

「さあさあさあっ。早く行っちゃいなよ。この気持ちが変わったりする前に。せっかく勇気を振り絞ったんだから。それを尊重してくれたまえよ。空気読んでよ」

*****


早取クツセと四国08が並んで歩いていた。

ここで舞台裏の事情が密かに語られている。

「あんな形で良かったんですかね」クツセ。

「あれが彼女の願いだ。もうひとつの人生。何も起こらなかった別の現実。その代わり彼女はここを去らなければならなかったが」四国08。

「知っているんですか?」

「私はトロフィーカップの前回の優勝者なのだ。もっともあれは思ってるほど万能ではない。私の願いは難しいらしく、対価が必要だった。

そのために私は彼女に会うことができない。私たちが会えば、現実がもとに回帰してしまう。彼女が死んでいるという現実に。まあ呪いが解けるといったところか。だから彼女を守るためには必ず第3者を使わなくてはならないのだ」

「というと」

「彼女を蘇生させたのは僕だ」四国。


「ということは蕪木詩緒が複数いるのも」

「それは単純に成り代わりだろう。詩緖が早都の身代わりになったあと、誰かが詩緖の身代わりになったのだろう。もちろん、トロフィーカップを使ってもできるだろうが、真実は知らない」

ちょっとだけ真実を隠した。兄弟と姉妹の関係性を部外者が知る必要はない。

会話が少し途切れる。


「ところで世界改変により君とスラウェシの契約は失われた。よって彼女は代金を払わないだろう。契約の事実そのものが無かったことになったのだからな。しかも君はその記憶を覚えているが、彼女の方にはない」

「え、ええええええっー。あんなに苦労したのに」

「その代り、僕がいくばくかの代償を支払おう。そう、この世界の語られざる真実のいくつかを教えるというのはどうかね。もちろん他言無用だが」

「秘密で飯が食えるんですかね」

「白々しいことを言ってくれるなよ。君はそれが何よりの好物のはずだ」


「それなら、こう見えて私も女子なので、あなたとスラウェシとの馴れ初めを聞きたいですね」

さすがのストーリーエンジンも話しづらいということがあるらしい。

「それこそ金にならないぞ」

彼の人間らしい表情を初めて見たぞ、クツセ的体験。


*****

バイオハザードと僕。完結編。


弟くんは死んだ。

最後はあっけなく、区役所により安楽死の処分が取られたらしい。

羽化間近だったのだ。病気の進行を阻止できなかったのだ。

それでも、私は最後に少しだけでもいいから、弟くんに逢いたかった。

私もあれが最後だとは思いたくない。でもどうしようもなく。


もちろん、会えはしないわけで。


しかし、である。

そこでお姉さんから私宛ての手紙を渡された。

弟くんが私宛てに書き残した手紙だ。

私は封を開けた。


「やあ。君がこの手紙を読んでくれることを確信しているよ。

唐突だが、君が読ませてくれた本に疑問点があると言ったよね。

それが心残りというか思い悩んでいたので、書いて残すことにしたよ。

ええとタイトルは、『人工知性スラウェシ13のたぐいまれな情熱』だったかな」


最後の最後に書き残した手紙で語ることが、そんなことなんだ。

私はあきれた。

もっと他に語ることがあるだろう。

しかし、あの男にそういうのを期待するだけ無駄かもしれない。

何度も思い知ったことだ。ため息を飲み込んで、続きを読む。


「君がすでに知っているので書くまでもないことだが、この物語は、昼編と夜編が交互に書かれるという作りになっているが、実際の作中の時系列とは違う。昼編がすべて終わった後に、はじめて夜編がその後に続くという構成になっている。だから昼編に出てきた早都は、夜編には基本的に出てこない。昼編の最後で早都がある状態になってしまっているからだ。

また、最初の方で、敵キャラのモーズリと主人公たちが仲良く会話しているシーンが見られるが、これは昼編の最後で四国08という存在に敗北して、改造された影響かと思われる。しかしこのときにもそれらしい発言があるのが面白いと言える。

そう四国08というキャラの存在が実に面白いのだ。君は彼の行動に、というより作品構成そのものに矛盾を感じなかったかね?

彼の行動原理にときおり、一貫性が感じられないと感じたことはないかね?

なぜ彼はスラウェシを捕えようとしていたのか。

本当にほのかな恋愛感情が原因なのか?

なぜトロフィーカップの他の挑戦者たちとデイビッド・ケルトラインが戦わなくてはならなかったのか。他の挑戦者たちは誰をマスターとしてたのか。

最初の方はスラウェシたちは、彼女を目的と見なす進化型人類と戦っていたのだが、最後の方ではトロフィーカップと呼ばれるイベントに参加していることになっている。

なぜ構成がこのように途中から変わっているのだろうか」


本だからよ。と私はひとりごちた。もちろん、メタ視点だけど。

もちろん名探偵はそんなこと言わない。


「簡単だ。

かつて10戒や20則というのがあったが、作家たちは当たり前のようにその決まりを破ってきた。いわく、探偵が犯人、ワトソン役が犯人、あまつさえ、登場人物全員がぐるだとか、もちろん読者は面白ければそれで納得してきたわけだが。

こういうのもあるかもしれない。

犯人は作者だと」


前言撤回。言いやがりました。


「もっともこの場合は別に犯行が行われたわけではない。

事実をもとに物語として脚色をしてあるんだ。

私がここで指摘したいのは、デイビッド・ケルトラインという登場人物の立場だ。彼は実に奇妙な人物だ。彼はもちろん主人公ではない。そして物語の終わりにはどこかに旅立ってしまい、登場しなくなる。彼がいったいどこに行ってしまったのかは、何も言及がない」


ちょっと、そんなことより謎解きの方をしなさいよ。

謎をふっておいて解説しない探偵がどこにいる?


「しかし。彼がどこに行ったかは、僕がとてもよく知っている。それも僕だけが知っているんだ」


手紙は唐突にそこで終わり、私はやり場のない怒りというか憤りを強く感じたのだが、もちろん、ぶつける先がもういない。なんといっても彼はもう死んでいるのだから。

しかし、その苦悩は結果としては無駄だったのだ。


私の後ろに影が立つ。

私は何を願うだろう?

*****


「そうしてこの世界からは、上位世界人、あるいは外部世界人はいなくなり、ストーリーエンジンを超える奇跡はもう起こらなくなった。

そしてワイルドカードたる彼が行けば、奇跡が起こらないはずの世界でも奇跡は起こるようになる。まあ、その後の予定がどうなるかは分からないけど。そいうわけ」


謎の人物は、話を終えた。

「どう? 面白かった? 面白かったら(いいね!)を押しといてね」

「ちょっと。調子に乗りすぎです」

私は想定通りの突っ込みを入れる。

悲しいもので、人生つっこみが習性になって織り込み済みのものと、ボケをほぼ全自動でかますやからと、もしくはそのどちらにも溶け込めない現実主義者がいて、私は悲しいことに1番目の種類だ。

こんなことになった理由はどうしてかというと。


「あの整形電鉄クリニック線の、近くをもっと安い路線が通っているので存在意義が問われている現代建築風の駅の、使用されてない1番ホームに行けば会えるよ」と言われて行った場所で彼女と出会ったのだ。

駅名には『オミ・ユノ』と書いてある。

ひとつ先が終点、『チサトカゲ台』、その反対側が『超学園前』。

次いで、『チバノロジー』、『本当の千葉』、『kそんな感じ千葉』、とそこから先は乗客が多いけれど私は乗ったことがない。駅名からして千葉づくめでそんな千葉都市圏の片隅。

しかしそんなことはどうでもよかった。

私は魔法使いを見つけた。

「あなたが魔法使い?」

閉鎖ホームで簡単なパネル部屋みたいなのを勝手に作ってそこに住んでいる魔法使い。

いや、昨日までいなかったのに。

「いやいや、もちろん家賃を払っているんだよ。勝手に建てている訳ではもちろんない」

「魔法使いかどうかを訊いてるんだけど」

「まあまあ、その先の話は電車の中で聞きましょう。もうすぐ来るから。あと魔法使いではなくて作家ね。魔法使いは魔法を使えないけど、作家には奇跡が起こせるから」

「このホームには列車が止まらないでしょ。閉鎖ホームなんだから」

「それが止まるんだな。しかるべき時、しかるべき条件がそろえば」

電車が走りすぎて、そして。

「そうなると止まらない方がむしろおかしい」

止まった。ドアが開いた。

「ストーリーエンジンが書いたお話は本当になるんだから」


*****

エピローグ。


「はじめまして。エール129」

「こちらこそ。あなたは?」

「フエゴ131と言いますが、突然ですがあなたは以前のご自分をおぼえていますか?」

「いいえ。仕事に関する知識はあるけど、自分がどこの誰だったのかまでは覚えてないけど。でも、それが重要?」

「自分がどこの何者であるのか、知らないと不安になりませんか?」

「まあ、他に何もなければ、不安になるでしょうね。でも」

「でも、なんですか?」

「大丈夫だと思うけど。おそらく」

「おそらく? あの、失礼ですが、どうしてあなたはそんなに安心していられるんですか? 自分がどこの誰だったかも分からないんですよ?」

「大丈夫よ。かつて誰であったかはそんなに重要ではないから」

「・・・」

「今がひとりぼっちでなければね」

「・・・そうでしょうか」

「それにもし間違えたら、やり直せばいい。

やり直すことはゆるされるの。

少なくとも、そう信じて生きるべき。

与えられた時間を無駄にすることなく、ね」

*****


お・し・ま・い。

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