ミッション コンプリート

「ありえない! また死んだ!」


 居間で少年がわめいている。


「今度は屋敷が爆発だって! ありえない! まだ最初のほうのステージなのに、これじゃ難易度の設定おかしいって!」


 そういうと少年は怒りにまかせて、床の上にゲーム機のコントローラーを叩きつけた。


「おい、坊主」ソファーの上で新聞を読んでいた父親が声をかけた。「でかい声を出すな。もう少し静かに遊べないのか」

「でもパパ! ありえないんだよ!」

「あのなあ。買ったばかりのゲームがクリアできないなんて当たり前のことだろう? もう少し地道に頑張れよ」

「でもパパ。今どきのゲームってこんなに難しくないんだよ。パパの時代とは違って、今のはもっと簡単なんだから」

「まったくもう。最近のガキと来たら……。どれ貸してみろ」


 父親は新聞を折りたたむと少年からコントローラーを受け取った。


「手本を見せてやる」


 少年は祈るような目で父親を見つめている。父親はいざ威厳いげんを示そうとコントローラーを固く握りしめた。

 スタートボタンを押すと、テレビ画面のなかでキャラクターたちが動き出した。主人公は殺し屋の男だ。今回のミッションは、屋敷の奥にひそむ組織の裏切り者を消すこと。


「お前のプレイを見てて思ったんだが……」

「なに?」

一箇所いっかしょから攻め過ぎだな。玄関ばかりに入ってちゃダメだ」

「でもそこ以外入り口はなかったよ」

「ちゃんと探したのか? たとえば、ほら」


 父親は主人公を操作して、屋敷のわきに生えていたやぶのなかへと入っていった。しばらくしてそこを通り抜ける。すると屋敷の裏庭へとたどり着いた。


「ほらみろ。抜け道があった」

「わお」


 裏庭から屋敷の窓をのぞくと、そこはちょうどターゲットの部屋だった。部屋のなかには、ターゲットの男がひとり。主人公に背を向けて椅子に座っている。

 主人公が銃を構えた。銃弾が放たれ、ターゲットが倒れる。画面にはミッションコンプリートの文字が……。


「なあ、ありえるだろ?」と父親は得意げに笑う。

「すごいやパパ! パパなら本物の殺し屋になれるかも」

「バカいうな。殺し屋なんてもんはクズがやることだ。お前もこんな低俗なゲームばかりしてるとろくな大人になれないぞ。そうだな。今度はもう少し頭が良くなるソフトを買ってやろう。経営ゲーム、なんてのはどうだ?」

「えー、やだよ」

「坊主、お前はパパの子だ。そろそろ人の上に立つことを覚えろ。そして将来はパパのように立派な人間になるんだ」

「でもぼく殺し屋のほうがいいな。人を殺すほうが絶対に楽しいじゃん」

「殺し屋なんてのはゲームの世界で十分だろ。それより会社の経営はもっと楽しいぞ。いいか、坊主。経営というのはだな――」


 途中まで何かを言いかけたが、突然父親はぽかんと口を開いたまま動きを止めた。じっとテレビ画面を見つめている。

 画面にはあいかわらず、ミッションコンプリートの文字が……。しかしその文字はさっきとは違い、真っ赤に染まっていた。色はとても生々しい。まるで油絵のように不気味にてらてらと光っている。


「あれ、なんだろ? 画面がバグったのかな? ……パパ?」


 父親はもう動かない。でっぷりと太った身体をソファーに沈めて、かれはうなだれている。そして少年も、父親の身体に寄りかかったまま動くのをやめた。

 俺はその様子を遠目で見ながら、かれらはとても理想的な親子だ、としみじみ思う。お互いに髪の色も一緒、体型もよく似ている。どちらも性格が悪く、醜悪しゅうあくな見た目をしていて――ああ、こいつらはまさしく『金髪の豚野郎』と呼ぶにふさわしい連中だよ。


 俺は一軒の平屋の裏口に立っている。

 やらなければならないことはもう終わっていた。

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暗殺者のゲーム 弐刀堕楽 @twocamels

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