再び始まる相談屋
燕谷 智則
再び始まる相談屋
僕は1人病院に来ていた。入院中の余命僅かな祖母に会うためだ。
祖母の部屋に着くと、部屋の中から笑い声が聞こえた。そっとドアを開けると、祖母は同じ部屋の患者と談笑していた。あと少しで消えてしまう人とは思えないくらいに。
祖母は僕に気が付くと、僕に手を振って誘った。
「陽介、いつの間に来てたんだい?」
「ついさっきだよ」
「だれですか、この子は?」
祖母と話していた患者が問うた。
「私の孫です。今年大学生になったので、時間に余裕ができたんです」
それでは大学生イコール暇ということにならないのだろうか。
「陽介ちょうどいい、私についてきておくれ」
祖母のお願いに頷いた僕は祖母と一緒に病院にある小さな庭に向かうことにした。そこはつい最近造られた場所で、色とりどりの花が咲き誇り、まるでおとぎ話に出てくる風景のようだ。
庭にたどり着くとベンチに腰掛け、祖母は誰もいないことを確認してから言った。
「陽介、正直に言って私の命は長くないのだろう」
僕ははっとした。しばらく黙っていたが、家族に約束していたことを破る。
「そうだよ」
もとから僕は嘘をつくのが下手くそだった。勘の鈍い友人に見破れるくらいに。だから、嘘を突き通せる気がしなかった。
「私のことを考えて嘘をつくようにしたんだろうけど、気にしなくていい。私だって自分のことぐらい分かるさ。だから陽介、今から言うことをしっかり聞いておくんだよ」
祖母の言葉に僕は小さく頷いた。これから言うことは祖母の遺言に違いないと感じたからだ。
「陽介も私が今もやっている相談屋については知っているだろう」
相談屋。僕が小さい頃、祖母に聞いた仕事だ。
「ああ、知ってるよ。相談者の内容に一番答えれそうな人物に紹介状を送る、いわゆる仲介者ってことでしょ」
仕事といっても、仲介料を取ることはない。簡潔に言えば、無料相談所だ。
「相談者の受け取り方法は覚えているかい?」
「確かおばあちゃんの家の前にある2つの牛乳箱のうちの赤の牛乳箱に、夜の12時までに相談事を書いた手紙を入れてもらえれば、翌日の夜には青の牛乳箱に回答が書かれた手紙が置いてあるんでしょ」
「相談者から手紙をもらったらすることは?」
「二階の部屋の大きな棚にあるノートからその相談に合った回答者を選んで、電話で『あなたに助けが来ています。すぐに準備を』と話して電話を切る。えーっとその後は・・・」
「あらかじめ回答者が指定されている場所と時間、注意事項がノートに書かれているから、手紙にその場所と時間、注意事項を書いておくこと。これじゃあ任せられんねえ」
僕は目を見開いた。
「まさか、僕にその仕事をさせるの?」
祖母は鷹揚に頷いた。
「家族の中で一番真面目にやれそうなのは陽介くらいだ。あとは適当にやりそうな気がして心配だからなあ」
「僕がやらないという考えはないの?」
「ならば最初の依頼が来てから考えなさい。元々相談屋はインターネットがない時代、図書館の本や近所の人でも解決できない悩みを解決することを目的に作ったからね。今ではインターネットですぐに解決できてしまうから、存在意義がなくなったよ」
でも、と祖母は続けた。
「それでも何故か毎年数件くらい相談者が来る。その人を無下にするわけにはいかん。だから私は続けてきたが、私はあと少しであの世に行く。あの世に行っては相談に答えることはできない。陽介、あとのことは頼んだよ」
そう言うと、祖母はベンチから立ち上がり去って行った。
「お疲れさまでした」
僕はバイトの店員に声をかけて店を出た。そして暗い夜に息をすっと深呼吸をした。今から亡くなった祖母の家に行かなければならないからだ。正直言って億劫だった。だから深呼吸をして気持ちを切り替えようとした。けれど、気持ちに変化はなかった。これまで何回かサボることも考えたが、相談がきてから考えるように言われたので、きっちりと守っている。
そうこうしているうちに祖母の家に着いた。玄関前にある赤の牛乳箱を開ける。
すると、そこには封筒があった。僕は一瞬、手を止めた。
ついに相談が来たのだ。ここまで待っていた甲斐があった。
バックの中にある祖母の家の鍵を開けて中に入る。あれから数カ月しかたっていないが、家の中はあまり埃が舞っていない。祖母がきちんと掃除をしていたからだろうと私は推測する。
二階の奥の部屋を開けると、そこには4つの大きな棚があり、全部ぎっしりとノートが詰められている。明かりをつけると、僕は手紙を読んだ。
『初めてご相談いたします。
私は最近一児の母になりました。しかし、夜中になっても赤ちゃんの泣き声が止まなくて不安です。どうすればよいのでしょうか?
一児の母より 』
「なんじゃそりゃ」
僕の気持ちは言葉に出ていた。そんな相談は今どきGoogleや知恵袋で解決できる内容だ。正直必要ないのではと思った。
しかし何か事情があるのだろう。僕は仕方なく棚から育児に該当する回答者を探すことにした。何ページか開いていてふと手を止めた。
そこに書かれている
僕は今すぐ祖母に聞きたかった。いつどこで袴田と知り合ったのか。年齢も40くらい違うのに。
そう考えつつも僕は袴田に選んだ。有名人でもあるし、何よりこれまで袴田が紹介してきた方法で助かった人がいることを僕は知っていたからだ。
スマホで連絡しようとしたが、後で連絡されることを考え公衆電話にかけることにした。幸い祖母の家のすぐ近くに公衆電話があったのでラッキーだ。公衆電話に着くと、10円硬貨を数枚入れてノートを見つつダイアルをプッシュする。電話はすぐに繋いだ。
「もしもし、袴田です」
その言葉に改めてビックリした。やはり祖母は袴田とつながりがあったのだ。僕は唇を濡らすと、冷静に言葉を発する。
「あなたに助けが来ています。すぐに準備を」
「えっ」
僕はすぐに電話を切った。心臓がバクバクと鼓動が鳴っている。興奮を鎮めるためにしばらく窓に寄りかかることにした。
それから一カ月も経たないうちに知らせが届いた。
知らせといっても手紙でない。テレビでだ。僕はその時一人でのんびりとテレビを見ていたら、この町の都市伝説という内容に変わった。その内容は赤い牛乳箱に相談内容を入れると、青の牛乳箱に答えが返ってくるというのだ。
僕ははっとした。その言葉に聞き覚えがあるからだ。
番組は検証として、赤と青の牛乳箱のある家を探してみると、なんと一件だけその家があった。試しに赤の牛乳箱に入れると、二日後青の牛乳箱を開けると場所と時間が書かれており、行ってみるとなんとあの有名なH氏がいたのだ。H氏に尋ねると回答者であることを明かし、相談に乗ったとのことだった。
僕はしばらくの間茫然とした。
だけど、続けてみるのも悪くないと思った。
再び始まる相談屋 燕谷 智則 @tubatanitomonori
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