12枚目 「それってもしかして買い物デートってことですか?」

 目が覚めて、隣にユリがいることに安堵する自分に気がつく。

 早くパンツに戻れなんて思っていたのにな…と自分の安易な心変わりに苦笑いをしながら体を起こした。

 隣で寝ているユリを起こさないようにソファーを抜け出して、脱衣所へと向かう。

 早朝の冷えた空気で肺を満たして気持ちを切り替えながら、洗濯機の中へと衣類を放り込んでいく。


「…ああ、そういえば、洗濯の仕方は教えてないもんな」


 吐瀉物で汚れてしまっているユリの深緑のワンピースを手にとって、昨日のことを思い出す。

 一着しかないまともな服…にもかかわらず、彼女は俺が吐きそうになっても避ける素振りすら見せなかった。

 所詮すぐに恩返しを終えてパンツに戻る生き物だから、私物なんて必要ないと思っていた。というよりも考えないようにしていたに近いのかもしれない。

 元々、他人の私物が家に増えていくことを気持ち悪いと思っていた。そんな俺が、ユリがこの家にいることを許してもう一週間になる。

 彼女を見ていると、感情もあって、泣いたり笑ったりして、排泄をしない部分以外は人間と変わりない。

 恩返しを終えるまで…いつになるかわからない期間、ずっと家に閉じ込めておくのは…ユリにとってつらいくないのか?

 考えないようにしていた当たり前のことに気が付いて、洗濯機に洗剤を投入する手が止まる。


「…とりあえず、服と…日用品を買い足すか。また母さんが来た時に同じ服で応対させるのも困るし」


 自分に言い聞かせるように独り言を言って、洗濯機の蓋を閉めて脱衣所を出た。ドア越しに聞こえる洗濯機の音を聞きながら、パントリーに向かう。

 昨日は色々あってパンツたちを放置してしまった。取り込んで、新しいパンツを飾らなければ。


「…え?」


 パントリーの扉を開くとひんやりとした空気が頬を撫でる。

 乾燥機の電源が切れているなんておかしい…と慌てて部屋の中へ入ると、干したはずのパンツが一枚もない。

 慌てて趣味部屋へと向かう。昨日干していたパンツがきちんとあるか確認するために引き出しに手をかけた。


「直久さん早起きですね」


 その瞬間、ユリの声が聞こえた。


「パンツなら、昨日取り込んでしまっておきました」


 のんきな声で挨拶をした後、振り向いた俺は、彼女が言った言葉に自分の耳を疑う。

 返事をする余裕もないまま引き出しを開けて確認をすると、完璧な状態でパンツが収納してある。

 キチンと掃除機を使用して密閉式ビニールが真空状態に保たれていた。

 それどころか、もうパンツが飾ってある。


「本当だ…それに…パンツ…」


「あ…。なんとなくこれがいいかなって飾ったんですけどダメでした?勝手なことしてごめんなさい」


頭を抱えた俺を見て、ユリは申し訳なさそうな顔をしながら首を竦めた。

 

「ちがう…」


 絞り出したように言った俺の一言に、ユリは不思議そうな顔をして首をかしげた。


「完璧だ…」


 そうとしか言えなかった。

 今日の気分にドンピシャとしか言えない配置…。青系統と淡い緑で統一されたローライズのパンツたちが美しく並んでいる様子はまるでランジェリーショップのようだった。

 しかも、きちんとブランドごとにまとめられて陳列されているところなんて完璧だ。

 ランジェリーショップでも大型スーパーの片隅にあるものなどはブランドや、コンセプトのこだわりが感じられない陳列をされているというのに。


 興奮と感激のあまり、ユリを抱きしめていたことに気が付いて、目を丸くして驚いている彼女から慌てて身体を離す。


「その…コホン…。パンツの件はひとまず素晴らしいということで…。いや、そうじゃなくて、ユリに提案があるんだ」


 やけに緊張して言葉が詰まる。ただ、生活に必要なものを買うだけだ。なんの緊張をする必要もない。

 咳払いをして、俺の顔を覗き込むユリから目を逸らしながら言葉を選ぶ。


「へ?そんなに改まってどうかしました?」


「その…恩返しにもまだ時間がかかりそうだということでだな…君がこの家で使うものを買いに行こうと思うんだ。服も一着しかなくて不便だろう?」


「あう…本当に…時間がかかっちゃってごめんなさい…」


 しょんぼりとした顔で、肩を落とすユリに内心慌てる。ちがう、謝らせたいわけではない。

 気が付いたら、俺の手は、彼女の頭に伸びていた。

 綺麗に整えられている髪型を崩さないようにそっと触れて、すぐに手を離す。

 少し頭に手を触れるだけで、ユリが嬉しそうな顔をするものだから、調子が狂う。


「すぐに恩返しが終わらないということは、卵を爆発させた時に薄々気が付いていたので気にするな。さぁ、買い物に行く準備をしてくれ」


「あの…それってもしかして買い物デートってことですか?」


「違う。単なる生活用品の買い出しだ」


「はぁーい」


 俺の言葉を聞いた彼女は、嬉しそうな声で返事をすると、くるりと背中を向けて脱衣所へと向かった。

 昨日の一件があってからどうしても調子が狂う。ユリの一挙手一投足でいちいち感情が乱される自分が信じられない。


 小さく溜め息を付いた俺は寝室へ向かった。

 彼女のワンピースは残念ながら今洗濯機の中だ。外出のために彼女が着られる服がないか探さなければならない。

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