森で殺したアイツとバーサス
低迷アクション
森こで殺したアイツとバーサス
森で殺したアイツとバーサス
キッカケはほんの偶然だった。私が収容されている監獄の食堂で、目の前を歩く囚人が、
足元に転がったスプーンを拾い上げ、そのまま靴の中に滑り込ませた。
明らかな違反行為であり、看守に言えば、即座に懲罰確定の出来事だ。しかし、私自身、
この町の行政部の汚職の身代わりとされ、収容された身。
今更、役人共に媚びへつらう道理もなかったので、その場を歩き去った。所定のテーブルに着き、木の実入りの不味いスープをかき混ぜる自身の前に、先程の囚人が座る。
顔を上げれば、角ばった顔に一本の刀傷が入った強面。その岩石みたいな顔についた
二つの眼がこちらをじっと見据えている。だが、世の中、何もかもに憔悴しきった私には
関わりになる必要も、揉め事も起こす気もない。黙ってスープを腹に詰めると、看守を呼び、
自分の獄舎に戻った。
すきっ腹を抱え、藁の毛布にくるまっていると、看守が先程の男を連れて、牢屋の鍵を
開けた。監獄特有の“私刑ゲーム”の対象にでもされたか?と少し身構える私に、
男は黙って、手に持った黒パンを二つにちぎり、こちらに差し出す。貴重な食事を惜しげもなく寄越す所を見ると敵意は無いらしい。そして看守を従える所を見ると、監獄内での
男の影響力の高さを計り知れる。
パンを受け取り、貪るように食べる私に、男は“何故捕まったか?”を聞き、先程の自分の
行為を見逃した理由を尋ねた。ありきたりな回答を答える私に、満足したのか?
男は少し笑い、荒っぽいが、よく通る声で話かけてきた。
「つまり、あんたは元役人さんかぃ?面白いな、先生。俺は“バーンズ”先に言っとくが、
さっきのスプーンは脱走用じゃねぇ。ここは知・り・合・いが多いから、その必要はねぇ。」
そう言って、パンを口に放り込む彼と私の交流が始まった。
バーンズは無骨で陰険な印象を持つが、話せば、それなりの学や、他者に対し、配慮のある姿勢を多く見せ、監獄内での世話役のような役職を担っている事も納得できた。
元軍役という実力を活かし、政治犯や強面が大挙する監獄内を
しっかりとまとめ上げ、囚人達はおろか、看守達でさえ、一目置いている様子。
そのおかげで一緒に行動する私にも恩恵に近い、監獄内での、生活改善が設けられた。
バーンズが隠したスプーンの件は、疑問こそ残ったが、特に尋ねる事はしなかった。
向こうからも見返りや要求、指示を求められる事もなく、良好な関係が続いた。
いや、正確には一つだけあった。
ある日の事、獄舎で彼が仕入れた書物を読む私に彼が現れ、いつもながらの低い声で
尋ねた。
「先生はよ?塀の外の元同僚さん達は付き合いがあるのかぃ?」
「ああ、まぁな。時々、面会に来る奴が1人、二人いるくらいだが。」
一瞬、嫌な予感がしたが、続く言葉に安心する。
「そうかぃ…あのよ、いや出来たらで全然構わねぇんだがよ。ある人の暮らしっつーか、
生活状況を調べてほしいんだよ。勿論、違法って事はわかってるけどな。」
長い戦乱が終わり、あらゆる勢力が共存する社会。法が整備され、安定した情勢とはいえ、
魔術を使った呪法や詐欺、最悪の場合、殺人に繋がるケースも、今だにある昨今。
どんな事件に繋がるかわからないため、市民登録された者の個人情報は国が管理し、
一般人が閲覧や確認をする事は禁止されている。
そして私が所属していた部署はそれを管理する所であり、同僚達に確認すれば、
すぐに知る事が出来た。
少し考えたが、バーンズの真剣な様子に押され、私は承諾する。彼への恩義を返すためも
あった。
調査対象は“シェアリー”という未亡人の女性、夫は事故で無くなっており、今は2人の
子と町外れの一軒家に暮らしている。
戦乱が終わり、福利制度もしっかりとしてきた昨今だが、女1人で子供二人を養うのは
難しいが、彼女は務めにも出ず、慎ましく暮らし、幼い子供達の育児に専念している様子。
友人の報告では、夫が残した財産が相当ある様子だが、国に治める税法には該当しない
モノであり、取り立てを強硬する事も出来ないので、今後も安定した暮らしを送れるだろうとの見解だった。
以上を報告するとバーンズの表情に、一瞬、安らぎのような表情が浮かび、彼と関係のある
女性なのかという疑念を抱かせたが、敢えて尋ねる事はしなかった。
3日が経った頃、再び彼が獄舎に尋ねてきた。私は何か予感めいたモノを感じる。
そして、それは現実のものとなった…
「先生には世話になった。お礼って程じゃないんだが、署長に特赦をお願いしておいた。
模範囚だから、半年で出られる。後はアンタ次第だ。」
この男は一体、どれだけの力を持っているのだろう?
礼を言うのも忘れ、呆然とする私に、バーンズは言葉を続ける。
「ここまで言えば、わかると思うが、俺は罪を犯して、ここに入った訳じゃねぇ。
しいて言うなら、戦うための準備のためって所だ。それがようやく整った。
だから、最後に、アンタに聞いてほしい。俺の話をな。」
ぶっきらぼうな様子で、バーンズは語り出す。それは驚くべき内容のモノだった…以下に記すのは、彼の体験だ…
監獄に入る前、バーンズは“防人”として、この国の周辺地域の警備隊長を務めていた。
異種族や国家間の戦乱で腕を磨いた彼の戦歴だからこその役職だが、
争いが終わった平和な時代、戦に精通する武人は社会にとって、無用な存在であり、給与や待遇はますます悪くなる一方だった。国お抱えの騎士団でさえ、財政難から、解体を余儀なくされる昨今…彼等のような兵卒上がりでは、待遇なんてもの、無きにしもあらずだ。
そんな中でも、バーンズは部下達の面倒をしっかりと見て、かつての戦友達の職業の斡旋や仕事の開拓に尽力してきた。この辺りが、監獄内での彼の影響力に関係しているのだろう。
バーンズ本人としては出世に興味はなく、あくまで“現場の仲間達を支える”存在で満足だった。異変が起きたのは半年前の事だ…
「バーンズ団長、すいません、俺、防人を辞めようと思って。」
重い様子で切り出したのは、彼の隊の中で、一番若く、唯一の既婚者である“アーサー”だ。
“金か…”
彼の言葉を聞いた時、バーンズはすぐに察しがついた。彼女の妻、シェアリーは病弱な上に、子を身ごもっている。隊の家族構成全てを把握している。そして防人の給与では、治療費に
養育費の工面など付く筈もない。
アーサーには何度も話していた事だが、こちらの予想通りの結果となったようだ。
バーンズは言葉を選び、諭すように話をする。
「金はどうする?こういうのも何だが、辞める奴に渡す程の金は用意できねぇぞ?」
「わかっています…ですが、妻が子供を授かりまして、アイツもそんなに調子が良くないですし…防人の給料じゃぁ、とても。とても…」
「騎士団に入隊する手もある。お前の剣技なら、あっという間に団長だ。推薦もしてやる。」
バーンズの言葉に、アーサーが目を見開く。喜びではない、怒りでだ。
これは彼自身もわかっていた。わかっていたがあえて
聞いた。続く、アーサーの絞り出すような言葉は、確実な“現実”だ。
「騎士団?ご冗談を!平民で捨て駒、一兵卒止まり、団長だって、同じでしょう?そんな奴が騎士団に入れるとでも?魔法に常人離れの剣技、力、それらと真っ先に対峙し、戦ってきたのは
俺達現場の兵士です。なのに、恩賞も、栄誉もなく、家柄だけで選ばれたパーティと演説、女を口説くのが上手いような、でくの坊どもより低い扱い。
こんな最前線の捨て駒ポジ。変わりはしません!結局、何にも、低下層は、低下層のまま。
一生、一笑に付されて生きるんでしょう?」
捲し立てるように喋った彼は、しばらしくした後に「すいません」と小さな声で謝った。
普段のアーサーなら、考えられない言動だ。それほど追い詰められているのだろう。
「だから“盗賊”でもやろうってのか?防人の名誉を傷つけないために退団までして?」
「ええ、そうです。腕に覚えはあります。何処かの義賊団に入るか?1人でもいい。
妻と子供のためなら、なんだってやるつもりです。」
「どんな選択をしようが、お前の自由だ。俺に止める権利はねぇ。だがな、
今時の義賊なんてのは、儲け主義の連中、お前の正義心が許さないだろうよ。
更に言えば、1人で何かをやるにしたって、もし失敗して、捕まった時はどうする?
お前は死んで、本望かもしれんが、残された家族に待っているのは、
情け容赦ない尋問と拷問。
若い女なら、もッと最悪だな。どんな目に遭うかはお前自身、見てきたし、想像がつくだろう?」
「じゃぁ、どうしろと言うんですかっ!?」
「俺に考えがある。」…
それから2日後、バーンズとアーサーは3人の防人を率い“カテランの森”に向かった。
大戦中は、この森を通る物資の輸送隊や通称隊が、森の魔物や異種族に襲われ、
多くの命を落とし、荷物や物資もそのままになっているモノが多くある。
「戦中の話ですから、時間はだいぶ経っていますが、レオニード卿の馬車隊が、卿自らと、
奴さん所の全財産を積んだままで、この森に眠っている筈です。
そん時の護衛隊の生き残りである俺が言うんだから、間違いありませんや。」
得意そうに鼻を動めかすのは、防人の1人である“スレイニー”だ。
団長であるバーンズに、何度もこの“儲け話”を提案し、今は停戦したとは言え、
今だに危険が多く伴う森に部隊を派遣する危険性を説かれ、実行できなかった事が
ようやく行える段階になり、嬉々としている様子だ。
「卿の財産と言えば、相当もんだな。金に宝石、アーサーのカミさんだけじゃなく、
俺達の生活も潤う。ありがたい。そしたら、俺は隊舎を出て、家でも建てるかな?」
「あまり、期待はするな。既に略奪されているかもしれないし、それに、この森は
呪われている…」
「また“エルジン”の妄想狂が始まったよ。これから、その森に入るんだから、
くだらねぇ与太話は無しにしようや。」
“伊達男”のあだ名で、常に香水を体に付けている“モーリス”が軽口を叩き、その隣で
信心深い兵士、エルジンが窘める。
アーサーは彼等の様子を申し訳なさそうに見ながらも、自身の生活を救う手立てとしての
財宝のため、真剣な眼差しを進む森に向け、歩を進めていく。
今回の探索において、バーンズの人選に狂いはない。信頼のおける部下達であるし、
小人数で事を進める案件だけに、森での戦いに経験豊富で、腕の立つ者達を揃えた。
彼は無言で部下達を見渡すと、森への進軍を開始する。
戦後、恐らく誰も人が入っていない森に男達は踏み込んでいく。
鬱蒼とした木々の隙間から覗く光が彼等の鎧を反射し、
その度に異種族の攻撃を意識してしまう。時折聞こえる、大きなモノの動く音や
獣の咆哮がこだまし、彼等の緊張は否が応でも高まっていく。そうして、森を進む事数時間、
スレイニーが前方を興奮した様子で指さす。
そこには、かつては一級品の馬車の残骸が植物や苔に覆われた状態で鎮座していた。
流行る気持ちを抑え、恐らく、護衛隊と卿の死体であろう、衣服を着た白骨体を慎重に避け、
馬車に歩み寄った彼等は、ボロボロのドアを開ける。
「スゲェッ…」
スレイニーの目が大きく開かれる。馬車の中に大量の木箱が積まれており、一部壊れた
箱からは光り輝く金と宝石が覗いていた。それらを手づかみで掴み、皆に手渡し、
子供のようにはしゃぎ、喜びの声を上げる男達の中で、
バーンズだけが冷静に馬車の中身を確認していた。実際、奥の木箱は無事で、
手前の木箱のほとんどは壊されている。誰かが横取りした?その人物は、続くエルジンの
叫びで特定するに至った。
「女がいるぞ!」
彼の言葉に全員の目が血走ったように、エルジンと同じ方向に向く。彼等の立つ残骸跡から数メートル先の木々の間を、異民族の衣装で固めた少女が走っていく。
「見られたっ!?」
スレイニーが怯えたように叫ぶ。大戦中なら、彼女達は敵だった。しかし、今は交流のある存在。国お抱えの防人達が、私欲を肥やすために財宝の略奪を行った事が露見すれば、
全てがお終いだ。
「畜生っ、くそうっ。」
頭を抱えるアーサーの隣で、指揮官であるバーンズは覚悟を決めた。
モーリスの背中に吊るされた弩(クロスボウ)を引っ手繰り、
可憐な背中を見せる少女に向け、矢を放つ。
「アアッ」
彼女の短い悲鳴が上がり、その場に倒れ、動かなくなる。4人の部下達の視線を無視し、
バーンズは死亡の確認を促し、先頭に立ち、少女に近づく。
「まだ子供だ…」
うつ伏せの彼女を仰向けに横たえ、蒼白の表情でアーサーが呟く。その少女の閉じた瞳が
突然開き、見下ろす男達を見て、悲鳴を上げようとする。
その口をとっさに抑えるスレイニー。
静かな森の中で、抵抗しようともがく少女と、彼女を囲む男達が、無言の視線を交わす。
「どうする?」
スレイニーの声は、モーリス、エルジン、アーサーを介し、バーンズの元に届く。
彼は静かに剣を抜き、答えを示す。
「しっかり抑えておけ。」
短く指示を出し、素早く彼女の腹部を一突きにする。驚愕と苦痛に目を見開き、
動かなくなった少女を確認し、抜いた剣に着いた血を拭き取る。死体の傍にあった背嚢を
拾い、宝石の詰まった中身を男達に見せた。
「この子が財宝を持っていった。だから殺した。
俺達の生活のためには必要な犠牲だ。わかるな?」
バーンズの言葉に全員が、躊躇いがちに頷く。
指揮官である自分が迷えば、計画全てが水泡に消え、部下達が露頭に迷う。それだけは
回避しなければいけない。そのために非情な手段を取る事は
止む終えないと自分を、部下達を納得させる必要があった。
「俺達は迅速に事を進める必要がある。まずは死体を解体する。この子の仲間達が
死体を発見しにくくするためだ。手足を切って、胴は二分して埋めろ。手足は俺達が
森の出口まで、持って行き、そこで埋葬する。すぐに準備にかかれ。」
呆気にとられていた部下達も彼の言葉で兵士本来の忠誠と闘争の姿勢を思い出し、
無言で事を進めていく。
静かな森の中で、男達の荒い息づかいと肉を切りわける音、草木に血が飛ぶ、小さな音が
こだましていく。
アーサーとスレイニーが左足と右手を持ち、エルジンとバーンズが左手と右足を
鎧に吊るした背嚢にしまい込んだ。伊達男のプライドが許さないのか?
何も持たないモーリスは、鎧についた血を丹念に拭い、血まみれの手足をしまう仲間達の
様子を見ていたが、諦めたように肩を竦めると、少女の両目に短刀を入れ、
二つの眼を繰り抜いた。
「記念だよ。異民族の目は、闇で高く売れるしね。」
キザったい感じで弁解し、香水の瓶を自身に振りかける彼に答えず、バーンズ達は
自分のしてきた事を早く忘れる必要性に駆られ、少女の残骸を土に埋めていく。
やがて、全ての工程を終え、馬車から木箱の中身を取り出していく男達を、
監督するバーンズの耳は、気になるエルジンの呟きをしっかりと捉えていた。
「あの娘の腕にあった入れ墨…杞憂で終わればいいが…」…
「何か聞こえないか?」
夜のとばりが迫る森の道を急ぐバーンズ達の一行で、先頭を行くモーリスが呟き、
皆を振り返った。
「音?…何も聞こえないよ?」
片耳に手を当てたアーサーが答え、「そうか。」と返すモーリスの首に、前触れもなく
“何か”が噛り付いた。
「あ…ああ、あっ」
途切れ、途切れに呻く彼の無防備な首筋から、鮮血が吹き上がり、倒れる。
「ウワアアアアア」
叫ぶスレイニーが剣を振り回すが、それは素早くモーリスの首から移動し、彼の剣先
をはじき、そのまま覆いかぶさった。
「ギャァァァアア」
スレイニーの絶叫にバーンズ達が武器を繰り出した時には、それは森の茂みに素早く飛び去り、後には、失血死したモーリスと顔半分を引き千切られたスレイニーの死体が残った。
「敵を見たか?エルジン、アーサー。」
バーンズの言葉にエルジンは首を振り、アーサーは全身を震わし、絞り出すように呟く。
「あの子でした…俺達が埋めた、泥だらけの…何で…」
「馬鹿な、心臓は止まっていたぞ?」
驚きを含んだ彼の言葉に、エルジンが先程の呟きの詳細を言葉として返す。
「やはり、あの入れ墨、間違いない。バーンズ団長、俺達は不味い民族を殺しちまったらしい。」
「説明しろ。」
「カテランの森に住む“ウードゥ”の一族。森の死を司る連中です。温厚な民族ですが、
不慮な死や、この世に未練があった場合、自身の体にかけた呪文を発動させ…」
「蘇る?」
「そうです。あの子の場合は憎しみでしょう。多分、俺達全員を殺し、奪われた体のパーツを取り戻そうとしている。」
「あ、あり得ないよ、エルジン…」
「平和ボケで戦場を忘れたかアーサー?俺達が戦ってきたのは、そーゆう“あり得ない”
奴等だったろ?」
「で…でも、何でモーリスが?」
「あの子は目がない。だが、モーリスの香水で居場所がわかった。だから、殺られた。
そして死体を見ろ。モーリスとスレイニーの背嚢が見当たらない。」
「つまり、アイツは目と片腕を取り戻したって訳だ。」
バーンズが呟くと同時に、全員が剣を抜き、先を急いだ…
「やっぱり、俺達が間違ってたのかな…」
完全に夜となった森で、恰好の的にはなると知りつつも、
松明を掲げるしかないバーンズ達の中で、アーサーが独り言のように呟く。
「森で死んだ卿の遺体も、所有物も全て、死の管理を担う、彼等のモノだ。それを奪い、
あまつさえ、彼等の少女を殺した俺達の全てが悪いのかもしれない。」
バーンズは無言でアーサーの胸倉を掴み、勢いよく張り飛ばす。驚き、駆け寄るエルジンを手で止め、蹲る若者に言葉を放つ。
「なら、お前の家族はどうする?俺達の生活はどうなる?文無しで腹は膨れねぇぞ?
お前は言っていたな?アーサー、防人なんてのは安月給、将来なしの平民で
捨て駒、一兵卒止まりの低下層。
そんな俺達だからこそ、危険と知りつつ、森へ入った。どんな犠牲を払ってでも
事を成すためにな。今更、後悔したって遅い。選択肢はなかった。今は生きて、
ここから出る事だけを考えろ!」
「団長…」
その声は決して、バーンズの言葉に納得している響きではない。素早く後ろを振り返るのと
首を裂かれたエルジンが地面に転がったのは、ほぼ同時だ。
「残りは足か…」
エルジンの死体を飛び越えた足無の彼女がこちらに這い進んでくる。それを見ながら、
背嚢を地面に降ろしたバーンズは、アーサーに同様の指示を出し、持っていた松明で
火をつける。
「死体は火葬が一番ってな!」
自身の体が燃やされる事に絶叫した彼女が、泥だらけの全身を震わせ、
バーンズに飛びかかる。
エルジンと自身の剣を構え、眼前まで迫ったそれの全身を二つに切り分ける。
驚くべき程に伸びた爪が首に迫るが、口でそれを受け止め、剣を奮い続けた。
全身をなます切りにされた彼女が、バーンズの、後ろで燃える地面に転がった音が響く。
戦果を確認しようと、振り向く彼の目が驚愕に見開かれる。
「アーサー…」
怪物となった少女は地面に転がる寸前に、その鋭い爪でアーサーの首を貫いていた。
肩の力が一気に抜け、脱力するバーンズに、最早、虫の息のアーサーが
途切れ途切れの言葉で話す。
「いいんです…団長…これでいい。妻と…シェアリーと生まれてくる子供を頼みます。」
最後の部分をしっかりと伝えた彼は、そのまま息絶える。部下全てを失い、呆然自失の
自分を何とか、奮い立たせ、バーンズが少女の死体を丹念に焼き、財宝を持てるだけ持ち、
その場を去ったのは言う間でもなかった…
「森を抜けた俺は、その後、アーサーの家と防人の団体に財宝を換金した金を渡し、
ここに入った。どうして、自分のために使わなかったのか?って、簡単さ。
森を抜け出る最後の瞬間、俺は最初に殺られたモーリスと同じで“音”に気が付き、
振り返った。そこに立っていたのは、全身焼かれて黒焦げになった、あの子だ。
アイツはまだ俺達を許しちゃいない。命を狙って何処までも追ってくるんだ。
だから、脱走防止用に魔術結界が張られたこの監獄に入った。
でも無駄だった。アイツは何処までも追ってくる。何をしたって防げない。
俺とアイツの戦いはまだ終わっていない。」
そう話すバーンズは、私の前に先がナイフのように尖らせたスプーンを出す。
「アンタにコイツを見られた時はヒヤッとしたよ。いくら自由な獄舎内でも
刃物はタブーだからな。しかし、どうせ殺られるなら一矢は報いたい。
そのための得物も準備できたし、何よりアンタのおかげで、アーサーのカミさんの
無事も確認できた。感謝してるよ。先生。」
驚きに言葉を返せない私を見ながら、バーンズは、何かに気づいたように監房の外を覗き、
こちらに笑いかけた後、おもむろに立が上がる。
「そろそろ時間だ。世話になったな、先生。あばよ。」
そう言い、ゆっくりと廊下を歩いていくバーンズの後を、裸足の音を響かせた“何か”が
追いかけていくのを、見ないように、私は震えながら目を閉じた…(終)
森で殺したアイツとバーサス 低迷アクション @0516001a
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