目を合わせられない僕が君にすべきこと。
西藤有染
照れ屋
僕と君の交際記念日に、乾杯!
……その、なんていうか、今更だけど、ごめんね。
やっぱり全然慣れなくて。
付き合って2年経つのに、未だに恥ずかしくて目も合わせられないなんておかしいよね。
デートでレストランに行く時も向かい合わせじゃなくて隣の席でしか座れないし、キスだって見つめ合ってできない。ベッドの上のあれだって、こっちから電気消してって頼んじゃう。こんな彼氏でほんとごめんね。
うん、やっぱりまだ怖いんだ。自分だともう克服したつもりなんだけど、頭の奥底にまだあの記憶が染み付いてるみたい。
母親に殺されそうになったときの記憶、まだ引きずってるんだろうね。
前も話したけど、父親は長い間浮気してたんだ。母親が気づいた頃にはもう手遅れで、結局家庭を捨てるような形で離婚して、すぐに浮気相手と再婚しやがった。
当然、母親は自分を捨てた父親を恨んだ。怒りで家中を荒らし回ってたよ。学校から帰るといつも、家中が泥棒に入られたかのように荒らされて、母親は暴れ疲れて赤ん坊みたいに泣きじゃくってたよ。そんな日がしばらく続いたんだ。
ある日、いつものように学校から帰って玄関を開けた途端、母親にいきなり押し倒された。そのままのしかかられて思いっきり首を絞められたよ。
当時中学生だった俺は成長期に入ってきて、顔つきや体つきが少しずつ大人びてきてた。それが父親と重なって見えたのかな。恨みを込めて思いっきり押さえつけられて、全く振り解けなかったよ。ストレスから拒食気味でやせ細ってた体のどこからこんな力が出てるのか、不思議なくらいだった。
息ができなくて薄れてく意識のなかで聞こえてくる「許さない、許さない」っていう呟きと、薄暗い夕闇の中に浮かぶこっちを見つめる瞳が、今でも忘れられないんだ。恨みを晴らそうと血走った目が、薄暗闇の中で爛々と光ってて、殺されかけているのにおかしいと思うかもしれないけど、綺麗だって、そう思ったんだ。
結局、騒ぎを聞きつけたお隣さんが警察を呼んで駆けつけてくれたおかげで、僕は助かった。警察に連行されながら、こっちを睨み続ける目は、爛々と光ったままだった。母親は殺人未遂で刑務所行き、僕は児童養護施設行きになった。
そこで君に出会ったんだよね。
1つ年下だった君は、両親から虐待されてたとは思えないほど、自信に溢れた強い人だった。僕と同じ時期に来たのに、すぐに皆に慕われて、お姉さんみたいな存在になってたよね。
その頃の僕は、母親に首を締められたのがトラウマで、人と目を合わせられなくなってた。それどころか、目を連想させるものや、綺麗に光るものや赤いものでも、あの情景がフラッシュバックしてた。それを避けようと、自室に引き篭もりがちだった僕を、君は気にかけてくれてたんだよね。
「大丈夫、怖くないから、ドアを開けてこっちへおいでよ」
そう言われて扉を開けた先に、泥塗れで目を瞑った君がいた時は驚いたけど。
あの後、服と部屋を汚したせいで施設の職員に大目玉喰らってたよね。
でも、あれのおかげで、僕のトラウマは軽くなったんだ。
それから、少しずつ外に出られるようになって、目は合わせられないけど、人と会話できるようにもなってきた。ただ、君が隣にいないと、不安に襲われるようになった。だからあの頃、僕はいつも君の後ろに引っ付いてたよね。今となっては少し恥ずかしいや。
でもそのおかげで、一緒に過ごす時間が施設の仲間の中で一番長くなって、今こうして付き合えてるんだよね。
あれから、高校卒業してすぐに就職して、施設を出て同棲を始て、それから1年経ってるのか。時間が過ぎるのって早いね。
それなのに、未だに目を合わせられなくてごめんね。「いつになったら見つめ合ってキスできるの」って笑いながら言ってくれる君に、いつもありがたいって気持ちと申し訳ないって気持ちでいっぱいになっちゃう。
でも、それも今日で終わりだよ。
いい事思いついたんだ。
君の目が別のとこにあればいいんだよ。
例えば、君の後ろにある棚の上に置いているのを想像してみて。その状態で君とキスしよう。そうしたら僕は君を見つめてキスができるし、君は君自身の後ろから僕の様子を見つめることができる。
良い案だと思わない?
どうしたの?
大丈夫、怖がらないで。
ほら、眠くなって来たでしょ? 君の飲み物に睡眠薬混ぜておいたんだ。眠ってる間に全部終わるから。大丈夫、心配しないで。
愛してるよ。
目を合わせられない僕が君にすべきこと。 西藤有染 @Argentina_saito
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