「緊急ブザー」 

低迷アクション

「緊急ブザー」 

「緊急ブザー」



 「先輩、S地区の“鈴木さん”緊急一件です。」


後輩がPCモニターに映った光点を指さし、報告をしてきます。超高齢化社会が危惧される

昨今、地域福祉包括支援センター業務の中には、独居の後期高齢者支援の一環として、


それぞれの居宅を訪問、調査し、“見守りブザー”なる端末を渡しています。

これは防犯ブザーと同じ使い方で、自宅や外を歩く際に、お持ちになって頂き、


高齢者の身に何かあった際に鳴らしてもらい、通信機能を使ってもらっての

連絡など、迅速な対応が出来るように支援できるモノです。


過疎化が進む村、いや、今は地方も、都会も同じですね。人口減が進む近社会…

日中でも、夜でも、外を歩く人は皆無の現状では、この支援の重要性が増していくと

思います。


特に今年の夏は異様で、夜になっても暑い始末。夕涼み?夜涼みに出歩いた高齢者の方が

脱水症状で朝まで放置、最悪の場合は死に繋がるなんて、ザラにある話です。


ですから、私達の業務も、忙しさを増し、日中勤務のみのセンター業務を、交代制の

夜11時までに延長し(場合によっては朝5時までにもなります)待機業務を行っています。


そのおかげで、早急な救急支援など、多くの利点を生み出しているのも事実です。

ですが、このブザー、なかなか“良くない点”もありましてね…


「先輩、鈴木さんのブザー、元気に移動してます。これ…明らか走ってますよね?

どうします?」


後輩が“またかよ”って言った顔でこちらを見ます。待機業務は3人、私の隣に座る主任が苦笑いのような表情になりました。勿論、私も同じ顔です。


ブザーには簡単な通信機能とGPS機能がついています。緊急支援を求める人が、自身の

居場所を連絡できない場合でも、位置を特定できる優れものです。今、後輩のモニターに

映っている鈴木さんの光点はゆっくりと動いています。


急な体調不良、熱中症など、体の自由が効かなくなる“緊急事態”とは違うようです。

時間を確認します。夜の10時40分、時間的にだいたいの察しがつきました。


私は、ゆっくりとため息を、一つした後、後輩に指示を出しました。


「連絡してみて。」


彼は渋々といった感じでPCを操作し、回線を開きます。


「わかりました…もしもし、鈴木さん?鈴木さーん?どうされました?」


少しの沈黙の後、怯えた老人の声がセンター内に響き渡りました。


「助けてくれぇぇぇっ、婆さんが、婆さんが追っかけてきよる。助けて…」


「…はいはい、少々お待ち下さい。」


保留状態にした後輩がこちらを向き、指示を求めます。私も同じように、主任に

視線を向け、彼の指に示された×マークを確認し、同じ動作を後輩に見せます。


頷いた彼は保留状態を解除し“いつもと同じ返答”を鈴木さんにお伝えしました。


「…はい、お待たせしました。鈴木さん、あのですね。鈴木さんの奥様、お婆さんは

2年前に亡くなられています。ですから、今見ているのは幻か、熱中症かもしれません。

だからですね。早くお家に帰って、たくさん水分を…」


「本当におるんじゃ…」


「ああ、ハイ、もし、仮にですね。お婆さんが見えていたとしてもですね。こちらが出来る支援は特にありません。該当外です。ハイ、では、お気をつけて。お休みなさーい。」


会話を一方的に終わらせた後輩がこちらを向きます。私は“それでいい”と言った風に

頷きました。鈴木さんに痴呆や認知症の疾病面はありません。とても元気な方です。


ですので、幻覚を見ているとは思えません。きっと鈴木さんが見ているモノは…


「ふ、福祉が出来る支援じゃないよ。該当外…坊さんを呼ぶんだな。」


そう考える私の隣で、主任がどうしようもないと言った風に頭を振って、呟きます。

彼の腕には鳥肌が立っていますし、私も、きっと後輩も、背筋が寒くなっている事でしょう。


今後は、こういう話が増えていく。そんな気がしました…(終)



 

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