「…むおーん…」

低迷アクション

「むおーん・・・」

「…むおーん…」


不動産業を営む友人が、担当物件に残されていた録音機器の音声を紹介します。これは

まるで“聞いてくれ”と言わんばかりに、部屋の“目立つ場所”に置いてあったそうです。以下の文章がその内容となります。


(多少のノイズと舌打ちとイラつきを抑えれない怒声が始まり、そこから焦りながらも、

何処か半笑いな、男の声が流れる。)



ええっと、これを聞いてくれている人、あー、もう鬱陶しいな。何だ?この虫


(頭を乱暴に掻きむしるような音と、自嘲気味の笑い声があがる。)


まぁ、いいや。もう、あんま関係ねぇし。誰かわからないけど、始めに謝っておきたい事は


「すいません。」


という事です。ただ、もう本当に聞いてほしくて。俺だけじゃ…


(低い嗚咽とすすり泣きの声が入り、ヤケクソ気味の笑い声が混じる。)


限界なんです。何処に行っても、どんな時でも、駄目だ。お祓いもしましたし、お札も貼った。それでも駄目だ。


ネットで似たような話あるのか調べたけど、全然わからない。もう、憑かれました。いや、発音が違うな。疲れました。とにかく聞いて下さい。今は、まだ大丈夫な内に…


始まりはあれです。てか、あれしかないな。絶対にそうだ。先輩達と行った

心霊スポット巡りです。俺達の地元に“夜泣き岩”って言う場所がありました。


何でも昔、非業の死を遂げた女の想いが石に宿り、すすり泣く声が聞こえるって言うんです。

県道を外れた林の中に、その場所があるって言うんで、俺と先輩2人は、

そこに向かいました。


夏だって言うのに、妙に涼しい夜でした。正直言って、俺達は夜泣き岩の噂なんか

信じていませんでした。ここら辺は有名なアオカンスポット、今は使わねぇか?

この言葉。野外で愛し合う男女の、“あの時の声”…


くらいに考えてたんです。あわよくば、その現場を覗けんじゃないか?なんて、

アホな事、期待したりしてね…


そうこうする内に、現場に着きました。林の中に入りましたが、案の定…というか、

ほぼ予想通り何も聞こえません。


まぁ、噂話なんて、だいたいこんなもん。夏の夜の暇つぶし。良い話のネタが出来たな?

なんて、皆で笑いあっていました。


そんな時に、俺の耳に蚊の鳴くような小さな声で、


「…むおーん…」


って聞こえたんです。


(その時を思い出したのか、男の声が一瞬止まり、衣類の上から体を掻きむしるような音が

聞こえてくる。何とか震えを抑えようとしている様子だ。)


最初はよくわかりませんでした。えっ?空耳?何、今の?なんて思いました。

よくよく見れば、周りの先輩方も同じような面して、顔を見合わせています。


俺、思わず聞きました。


「今、何か聞こえましたよね?」


頷く二人の先輩に、何だかシーンとなっちゃってですね。

気味が悪くなったんですよ。その日はそれで解散となりました。


でも、すぐにわかりました。

俺達は“ナニか”連れ帰ったんです…



次の日の事です。都内に出る用事があったので、駅のホームに立っていました。

電車が到着し、ドアが開き、降りてくる人を待って、横に退いた俺の耳に…


「…むおーん…」


林で聞いた声と同じモノが聞こえました。思わず“ウオッ”って後ずさりましたよ。

周りにいた人の訝し気な視線に、どうやら自分だけが聞こえる音と理解しました。


また、その次の日、仕事が終わり、自宅でくつろいでいると、


「…むおーん…」


翌日は仕事先で


「…むおーん…」


あの蚊の鳴くような声が、毎日1回は聞こえるんです。1日1回の声ですから、

その内、慣れるのでは?なんて思いますよね?


無理でした。1日に1回と言っても、そのタイミングはバラバラです。仕事中に

聞こえる事もある。家に帰ってくつろいでる時、恋人と会っている時…


いつ来るか?いつ来るか?と身構えていても疲れる。逆に楽しい事や、それを忘れていた時にあの声が聞こえると、気分は一気に台無し。

やがて、それを待っている自分に気づきました。


聞こえるのは1回ですから、それが終わってしまえば、今日1日は大丈夫。もう安心なんて思い始めちゃって…ホント、可笑しいですよね?


そんな小さな声に、大の大人が怯えるんですよ?もう、ホント、勘弁!

だんだん、イライラしてきました。


だから…声を出してる奴の顔を拝んでやろうと思ったんですよ。だけど…

それが大きな間違いでした…



 (男のため息が混じり…少しの無言状態が続いた後、会話が再開される。)


始めは正直言って、楽しんでいました。何となく、声の主を見ちまえば、

問題が解決するなんて、勝手に思っていたんです。


だから、音が聞こえた瞬間に辺りを見回し、相手を探しす事を始めました。周りから見れば、

異様ですね。商談とか雑談で喋ってる奴の会話がいきなり止まって、サッと立ち上がる、

そして血走った目で、狂ったように、四方へ頭を動かすんですよ?


完全にイカレてます。友人や同僚にも、色々言われました。ですが、こっちは声の相手を

探すのに夢中ですから、一向に気になりません。


そうして、とうとう見つけました。帰宅途中の道で、声が聞こえ、咄嗟に振り向いたら、

いたんです。自分からかなり離れた…それこそ目をこらさないと、一瞬、気が付かない

距離…居酒屋とか飲食店が並ぶ、通りの角にある電柱の隙間からこっちを覗く黒い

“何か”を…


それは黒髪の女のようにも見えました。距離があるんでわかりませんが、目元はよく見えません。ただ、真っ黒い口ん中を限界まで開き、叫んだ感じで硬直している感じは、

ホントに不気味でした。


アイツはすぐに電柱の影に引っ込み、こちらが辿り着く時には、姿を消していました。

初めて異様な出来事に遭っている実感を持ちました。


次の日も見ました。職場に戻る時に、声が聞こえて、上を見上げたら、屋上の

手すりから、あの顔が覗いています。こんだけ、距離があるのに、声が聞こえる。


普通の人には到底出来ません。ようやく怖いと感じました。そして1週間が経った頃、

怖いという感じは、どうしようもない恐怖に変わりました。


アイツと俺の距離が縮んでいるんです。最初はわかりませんでした。しかし、あれの

着ているボロボロの衣服や土色に変色した肌といった全体像が認識できるようになった

時点で、もう手遅れでした。今はほぼ目の前に現れます。見かける回数も増えました。


同僚の机の本と本の間、馴染みの飲み屋の窓、自宅の棚と壁の隙間から、アイツの顔が

覗くんです。大口を開けたままの状態でこちらを見ている。いや、目元は見えないから、

見られていると言った方がいい。


ですが、どんなに姿を見るのが増えても、あの声…


「…むおーん…」


は1回のままです。大きさは変わらず、耳元に蚊の鳴くような、鬱陶しさと不気味さも

同じです。それが余計に怖いんです。


色々試しても、効果はない事をお伝えしました。先輩達とは連絡がとれません。恐らく

あの声が気になって、正体を確かめ、俺と同じ者を見たのでしょう。毎日聞こえる1回の声、

頻繁に姿を見せる声の主を毎日見て、聞いて、その後がどうなったのか…

正直考えたくありません…


だから“これ”を残しました。自分が体験している恐怖を感じてほしい。ただそれだけです。無責任なのは百も承知です。もう、どうでもいいんです。これを聞いている皆さん?

それとも貴方?何でもいいや。今から、俺を毎日悩ませているあの声を録音します。


今日はまだ1回も聞こえてないんです。(ヤケクソ気味な笑い声が音声に混じる)


もし、


「…むおーん…」


という、あの声が聞こえたら、気を付けて下さい。次の日からです。貴方が働いている時、

道を歩いている時、家でゆっくりしている時でもいい。朝も昼も夜も関係ない。1日1回

です。絶対に聞こえますから。


そこから気になって、声の主を探してもいいでしょう。必ず見つかります。いや、

アイツは見つけてもらいたがってる。俺達が心霊スポットに行った時から、

きっとそうだったんだ…


姿を見えたら、それでお終い。始めは遠く…段々と近く、通りの電柱、建物の影が、

ご近所の、庭の垣根沿いに変わり、最後は家の中…壁と棚の隙間、洗面台の下から、


大口面の顔が覗き、そして1日に1回


「…むおーん…」


と鳴きます。


「…むだーあー…」


とか、


「…むねーん…」


みたいに聞こえ方、捉え方は人によって違うかもしれない。俺はこの録音が成功したら、

色んな人に聞かすつもりでいます。皆で共有すれば、きっと、この


「…むおーん…」


だって、何か答えが…


「…むおーん…」


(男の発した「…むおーん…」とは違う、小さな、囁くような「…むおーん…」が

録音に入る。同時に、男が息を吞む様子が伝わってくる。)


「………聞こえました?ねぇ、聞こえましたよね?今のです。今の声、あれが俺を…」


「…むおーん…」


「…えっ?…」


(男の疑問に答えるように例の「…むおーん…」が再び録音に入る。男の驚愕する様子が

震える声音によってわかる。)


「な、何でっ?…いつもは1回なのに…どうして、今日は?」


「…むおーん…」


「わあああああああああああああっ、止せぇぇっ!止めろぉぉ!!嫌だぁああああっ!!」


「…むおーん…」


(この音声を最後に録音は終わっている。友人は連絡のとれない家主の安否を確認するため、大家と一緒に部屋へ入った際に、変わり果てた男が、入口に差し出すように


掲げら、硬直した手の中から、これを回収し、再生した流れとなる。以後、友人に

あの「…むおーん…」が聞こえたかどうかの確認はしていない。筆者自身にも何かあったかについての記載も一切控える物とする)…(終)








  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「…むおーん…」 低迷アクション @0516001a

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る